第一章 私、異世界転職しました! 第二話

《ユグドラシル・サーガ》は、ユグドラム大陸をたいに、主人公フォルテとその仲間たちが戦いをり広げるRPGだ。

 物語は、田舎いなかの村で暮らすフォルテが、はいした貴族の圧政に立ち向かうために、仲間と共に立ち上がるところから始まる。それが義勇軍の誕生であり、この時はまだ規模が小さいのだが、じよじよにそのかつやくいぎようは国内外に広まっていく。

 その後、若き王がそくしたばかりのエルバニア王国の内乱、そしてりんごくのシュヴァリエ王国との戦争、さらには悪魔族の復活……。

 義勇軍には、エルバニア王国の守護のかなめであるせい団や魔法師団、さらにはシュヴァリエ王国のレジスタンスなど、大陸を救いたいと思う者たちがつどい、心を一つに戦っていく。王道的なストーリーだが、差別問題や貴族制度への疑問、貧困問題など、重たいテーマも盛り込まれており、ファンの間では、そのじゆうこうな内容への評価が高い。もちろん清原しいなも、そのファンの一人だ。

 そして、現時点は、シュヴァリエ王国との戦争の真っ最中というところらしい。しいなは、面接後の、フォルテとクリスの会話から推察したのだ。

 現在、義勇軍がきよてんを置いているのが、エルバニア王国とシュヴァリエ王国の国境にある、キャワベとりでで、先日仲間として加入したのがランスロットという聖騎士だ。

 どうやら、おおむねゲームと同じシナリオが進行しているようである。ならば、しいな最愛のしキャラであるヴァルドロイは、このしばらく後、シュヴァリエ王国にしんこうした際に加入するはずだ。

「ということは、今は十八章、【聖なるちかい】の直後ね!」

 しいなは心の中で言ったつもりだったが、口に出ていたらしい。フォルテが不思議そうな顔をして、こちらを見ていた。

「えっと、そのぅ……」

 しまった! と、しいなは心の中で慌てた。どこまでメタ発言が許されるのか分からず、言葉をにごすしかなかった。そして、いつしゆん考えて、「ストーリーを乱すような異分子にはなりたくない、順応しよう!」という結論に至った。

 大好きな《ユグドラシル・サーガ》の世界を、異世界から来た自分が、必要以上にらしたくはなかったのだ。

「い、今のは、私の故郷の格言です」

「へぇ! そうなんだ! 十八章が【聖なる誓い】なら、格言はいったい何章まであるんだい?」

「序章から終章までで、全三十二章。私の人生の縮図と言っても過言ではないかもしれないですね!」

 取りつくろった笑顔で、しいなはゲームの章数を答えた。もちろん、すべての章のタイトルを空で言うことは可能だったが、細かい意味を聞かれるとネタバレになってしまう可能性がある。

 しいなが、「勇者様、あまりり下げないでください!」とヒヤヒヤしていたところ、クリスが助け船を出した。

「これ、フォルテ。せっかくシイナが働くと言ってくれたんだ。拠点の案内くらいせい」

 しいなは助かったと思う一方で、いつの間にか、おばあちゃんが自分のことを「シイナ」と名前だけで呼んでいることに気が付いた。彼女は偉い魔女様のようだし、こちらも「クリス様」と呼び方を変えた方がいいのだろうかと思った時──。

 しいなが何気なくてんじようを見やると、何やら白くき通った小画面が、頭上にいているではないか。

「な、なにこれ?」

 と、しいなは思わず裏返った声をあげた。よく見ると、フォルテとクリスの頭上にも同じような画面があるではないか。

「何って、メニュガメじゃないか! 君の故郷にはないのかい?」

 フォルテは右の人差し指で、白い小画面を引っ張り下ろす動作をした。まるで、タッチスクリーンを操作する動作であり、彼のむなもとまで降りてきた小画面には、【フォルテ 勇者Lv.50 HP3000/3000 MP800/800】という文字が表示されていた。

「メニュガメ……」

 つまり、ゲームでよく見るメニュー画面だ。キャラクターのステータスや装備品、スキルの習得などをかくにんする画面だ。まさか、この世界では、こんな見え方をするとはおどろきだが、ゲームっぽくておもしろい。そして、これがどういった原理でできているかは、まったく見当がつかないが、これがあれば相手の名前と顔がいつしなくて困る、ということはなさそうだ。

 その一方、クリスのメニュガメは【クリス 導きの魔女】で、しいなは【シイナ 商人隊マネジャー】となっていた。レベルや体力の表示がないのは、NPCあつかいか、それともせんとうキャラクターということだろうか。

「あの、私の商人隊マネジャーって、どんなジョブなんですか?」

 シイナが自分のメニュガメをタッチしてみても、商人隊マネジャーの説明は出てこなかった。入っている情報といえば、装備品がブラウスとスラックスであることだけで、興味深いことに、それらは装備品扱いのようだった。

「わたしは、用度課だと思うとるよ。義勇軍の商人隊を、より効率的に、より能率的に動かす仕事だよ。ただ、メニュガメに説明がないということは、自由かいしやくの部分もあるだろうね」

 クリスに言われ、「自由解釈って、そんなのアリ?」と、シイナは首をかしげずにはいられなかった。つまり、自分で仕事を見つけて、組み立てていく必要があるということだろうか。

 そして、こんわくするシイナを置き去りに、クリスは「外に行こうか」と、天幕の入り口の布をまくり上げた。

「うわぁ! てき!」

 天幕を出ると、空のあおと草原の緑がまぶしかった。「れいだなぁ」と、思わずため息が出てしまう。

「私、ほんとに《ユグドラシル・サーガ》の世界に来たんだ……」

 太陽の光が暖かい。さわやかな風が気持ちいい。しゃがみこんで地面にれれば、湿しめった土が手に付くし、辺り一帯には、武器や防具の鉄のにおいも感じられる。

 今、自分が見て感じている世界は、日本ではない。ましてや、画面しのゲームでもVRでもない。

 非現実的でありながら、まさしく現実。ここが、新しくシイナが生きる場所であると思うと、自然と心がはずんでしまう。

 うれしい! こんな夢みたいなことってあるっ?

「外に出ただけで、こんなに嬉しそうにするなんて。シイナって不思議だね。もしかして、今までの職場は、地下ていこくみたいな場所だった?」

 フォルテは、しゃがんで草を撫でていたシイナに手を差しべ、立たせてくれた。

 その手は温かく、やはりリアルなのだとシイナに実感させた。

「ここが、憧れの場所だったので……。前の職場は、地下帝国ではなかったけど、生きたここはしてなかったです」

「そっか。大変だったんだね。ここでは、何か困ったことや、分からないことがあったら、すぐに相談してくれたらいいから」

 なんてい上司なの! と、シイナは打ちふるえた。

 かつての上司とちがい、フォルテになら、ふとした疑問や、他愛たわいい会話も聞いてもらえそうだ。

「天幕って、こんなにたくさん張るんですね。それだけでも大変そう、ですね」

 さっそく見たままの景色についての話をしたシイナに、フォルテは宣言通りかんようだった。

「敬語はいいよ。僕はこだわらないから。……義勇軍も、人数が増えてきたからね。数日前からは、エルバニア王国の聖騎士団の一隊も加わってくれたし」

 シイナはフォルテの言葉になつとくしつつ、草原にいくつも並ぶ天幕を見ていると、モンゴルの遊牧民にも似ているのでは、と思えた。ゲーム内では確か、「キャワベ砦は戦闘がいが大きく、きする拠点にはできない状態」、というテキストがあった。だから、砦前に天幕を張るほかないのかもしれない。

 そんなことを考えていると、シイナはふと、一つだけ異様に目立っている天幕を見つけた。

「ねぇ、あの天幕だけ作りが違うみたいだけど?」

 天幕群の中に、ゆいいつ赤い布で張られた天幕があった。サイズもほかの天幕の四倍ほど大きく、ひときわ目を引くものだった。そして何より、その天幕の前で、何人かの男女がめていることが、最も目立っている要因だった。

「あれは、なにごと?」

「シイナよ、あれはまさしく商人隊と、商人隊に対するクレーマーさ! まったく、何回揉めたら気が済むんだい」

「うーん、今日だけで三回目かな」

 と、クリスはあきれ顔、フォルテは苦笑いを浮かべながら言った。

 その一方で、シイナは驚きをかくせない。ゲームの中での商人とのかかわりといえば、表示されているアイテム内から、欲しいものをボタン一つでせんたくする……、だけだった。いったいこの異世界では何を揉めているというのか。

「おーい! 今度はどうしたんだい? また回復薬が売り切れた? それとも、武器の値段が法外かい?」

 フォルテは爽やかに、にこやかに、揉めている中心へと割って入っていった。そのダッシュ力は、さすが主人公といったスピードであり、シイナとクリスは、彼におくれて小走りで続いた。

「ちょ~! フォルテっち! 店に矢がにゆうされてないの! あたしにどうやって戦えって言うわけ?」

「オレはグローブのれんせいたのんだら、下位かんに錬成されたんだぜ? なのに、金はらえとか、おかしいだろ!」

 天幕の前で、ピンク色のかみの少女と、オレンジの髪の青年が、いつしようけんめいに不満をうつたえていた。

 この二人は義勇軍の戦闘員である、きゆうしやのレオナと、格闘家のアストールだ。両者共に日本にいたら非常に目立つであろう髪色をしているのがとくちよう的だ。

 きゃあーっ! 二人とも尊い!

 シイナは、フォルテに会った時もそうだったが、不思議なげんかくを見ているようなこうようかんに包まれていた。ゲームで散々世話になったキャラクターが、見たことのない表情をしている。というか、クレームをつけている。可愛かわいがっていた我が子の、新たな一面を見つけた気分で、とも写真に収めたくなってしまう。

「二人の言いたいことは分かった! 今回は仕入れと錬成についてだから、モンドとマートンだね? 理由を聞いていいかい?」

 と、フォルテは慣れた様子で、商人隊に話をった。しかし、名前を呼ばれたモンドとマートンは、如何いかにもてつていこうせんの姿勢という様子で、フォルテまでにらみつけていた。

「おめぇらは、このご時世の武器調達の苦労を知らねぇんだ! 矢の一本だって、貴重なんだぞ! レオナ、おめぇ、もっと燃費のいい武器にしろ」

「僕は仕事したさ! アストールが適当に頼む、って言ったから、オーダー通りさ! 文句を言われる筋合いはないさ」

 中年の商人モンドは、大声でえ、若いマートンは、大人気なくねている。そんな彼らの反応を見て、レオナとアストールは「ふざけんな!」と声をそろえてさけんだ。

 レオナたちの不満はもっともだろう。こんな説明では、客は納得できるわけがない。「この商人隊は、なかなかくせがありそうな部署かもしれないな」、とシイナは軽い頭痛を感じた。

 そんなシイナの存在に、揉めている当人たちもようやく気付いたらしい。一同の視線がシイナに、そしてシイナのメニュガメに注がれたのが分かった。

「お姉さん、初めて見るね。シイナっち、っていうんだね。あたしと名前似てるから、親近感だな~。よろしくね!」

 レオナは、さきほどまではムッとした表情だったが、一変してひとなつっこいみをシイナに向けた。

 彼女は、話し方こそギャルっぽいが、出身は田舎いなかの村という田舎コンプレックスをかかえている女の子だ。ちなみに、人一倍お洒落しやれであり、ダサいと判断した仲間に対しては、徹底的に指導をしていくというイベントがあった。

「はい! シイナです。栗栖おば……、クリス様のしようかいで来ました。今日から働かせていただきます! よろしくお願いします!」

 シイナはつい、「いつもお世話になってます!」と言いたくなったが、その言葉は心に留めておいた。一方、アストールは何も言わなかったが、軽くしやくをしてくれた。もしかして、初対面だからだろうか。ゲームでは、彼は陽気でノリのいい性格であるため、なんだか可愛いところを見てしまった気分だ。

 対して、苦情を寄せられていた商人と鍛冶師は、シイナのジョブ名を指差している。

「アンタ、ジョブが商人隊マネジャーって……」

 シイナは、モンドのけんしわが寄ったのを見て、とうされるのかとヒヤリとした。如何にも、「こんなむすめが生意気に!」と言い出しそうなふんだったのだ。しかし──。

「商人隊ってことは、俺たち側の新入りってことか! ははは! じよ様も、たまにはいきなことしてくれるな」

「そうだよね。せんとう員ばっかり増えて、裏方は定数だからさ。手伝ってくれるなら、嬉しいさ」

 意外にも、モンドもマートンも好反応を示してくれたため、シイナはホッとした。二人とも、先程までの険悪な表情がうそのように、笑みをかべている。

 思い出すと、ゲーム内では、義勇軍がほんの数名の時から、大軍勢にふくらんだ時も、商人の数は一定だった。まさか人手不足など、ゲームをしている時は考えもしなかったのだが、単純に、この商人たちが雑な仕事をしているというわけではないのかもしれない。

 これは業務の見直しがありそうだと、シイナは仕事に対して久々に燃えた。商人たちも、せっかくかんげいしてくれているのだから、期待にこたえたい。

「モンドさん、マートンさん。お力になれるようにがんりますね!」

「おうよ! まぁ、おたがい頑張ろうや」

「せいぜい、僕に楽させてよね」

 モンドとマートンは、話してみるといい人そうな印象だ。職場の仲間としては、うまくやっていけそうで、まずまず安心だ。

 そんなシイナの心中を読み取ってか、クリスは満足そうに微笑ほほえんでいた。

「では、今回の揉め事は、いつたんシイナに預けるとしようかのぅ。フォルテたちもそれで良いか?」

「僕は構わないけれど、レオナとアストールはどうだい?」

「クリス様が言うなら、りようかいっしょ!」

「オレも、いいぜ。その代わり、次はきっちり頼むぜ」

 レオナとアストールもうなずき、クレームさわぎはひとまず収まった。しかし、当のシイナには、さっそく取り組むべき課題が課せられたわけである。これは、早急に解決したい。

「シイナよ、わたしは一度国王の元へ帰るが、また顔を出す。それまでみんなと仲良くの」

「えっ! おばあ……クリス様、もう行っちゃうの? 私、お礼も何もできてないのに……」

「礼なら、仕事の結果ということにしようかね。なぁに、楽しくやってくれたらいいよ」

 こうしてシイナは、難のありそうな商人隊のマネジャーとして、勤めることとなった。もちろん、やるからにはけんじつに、誠実に、全力だ。そして同時に、シイナはもう一つの目標をかかげた。

 いとしのヴァルドロイが加入するまでに、みんなのニーズに応えることができる商人隊にしてみせよう! そして、ヴァルドロイにめてもらえるような、有能な商人隊マネジャーになろう!

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