第一章 私、異世界転職しました! 第一話
「私を、こちらで働かせてください!」
黒髪のショートボブが、頭を下げると同時に彼女の顔にパラパラとかかった。この国──、エルバニア王国では
「私は、エルバニア王国だけでなく、シュヴァリエ王国も救いたい。このユグドラム大陸のために戦う、義勇軍の力になりたいんです。私にできることは……、事務仕事がメインになるかと……!」
「わ、そんな! 頭を上げて!」
「クリス様が連れて来たんだ、間違いないよ。それに、瞳を見たら分かるよ。君はいい人だ」
勇者フォルテは、
「これからよろしくね。えっと、名前は……」
「清原しいなです!」
清原しいなが新社会人となってから三年後──。しいなは異世界で、転職の採用面接を受けていた。エントリーしたのは、義勇軍の商人隊のマネジャー職だ。
エルバニア王国、シュヴァリエ王国、それらの大国を
しかも今、目の前には、
◇◇◇
元々、清原しいなは、小さな町の総合病院である優生会山川病院の事務員であり、用度課という、物品管理の部署に所属していた。新卒から勤務を続けて三年
しかしある日、予想外の出来事が起きた。
「当院は、
用度課の課長の言葉に、しいなは耳を疑った。
「え! うちの病院、なくなるんですか?」
「なくなるのではありません、吸収
だが、その努力もむなしく、山川病院は別の法人に経営を
「そう、ですよね。私たちが
その時のしいなは、
しかし、この課長はひと月の内に、
しいなは、なんだか捨てられたような気持ちと、早い者勝ちみたいに逃げて無責任だと
だからこそ、しいなは病院吸収後も、変わらず真面目に堅実に働こうとした。そうすれば、新しい
だが、新しい上司にとっては、そんなことは関係なかったようだった。
用度課の新しい課長は、天羽会病院の元総務課係長であり、物品管理に関しては完全に
「
しいなは、日々自分に言い聞かせながら、作り
そうして、心を
「最近、元気がないね。しいなちゃん、何かあったのかい?」
職場の
そして、
ヴァルドロイは、ゲームを始めた当時高校生だったしいなの
「えへへ。仕事が
と、しいなは明るいけれども、ぎこちない笑顔を栗栖おばあちゃんに返した。
しかし、正直に言うと、しいなはギリギリの状態だった。毎日毎日、
そんな
「清原さん。看護部からの物品
「えっ? 私、先週末に課長にお
「いや、知らないし。俺が、清原さんから受け取った覚えがないって言ってるんだから、ないんだよ」
「そんな……。私、たしかに……」
しいなは嫌な
「そうです!
「はぁ? あーりーまーせーんけど? ほら、君の言ってたファイルすらない」
しいなは、不自然に空になっているファイル
しいなは、そんな言葉を飲み込もうとしたが、課長のストレートな言葉だけは、耐えることができなかった。
「清原さん、責任の取り方はさすがに分かるよね? 君の馴染みの同僚も、先輩も辞めてるよ。君の代わりは
それはまさしく、山川病院出身者を退職に追い込みたい、という意図が
しいなには
「そんなこと分かってます! わざわざ言われなくったって!」
しいなは
もう、自分がいなくても、いや、むしろいない方が良かったのだ。自分にしかできない仕事なんてありはしない。機械や歯車のように仕事をしていたのだから、当然だろう。入社当初に
そして、次に
課長には
その一方で、自分でも、あのように
「《ユグドラシル・サーガ》みたいにはいかないなぁ」
ゲームのキャラクターは、誰かのためを思い、仲間と
そしてしいなが、
「おや、今日は帰りが早いね。早退かい?」
「栗栖おばあちゃん、ただいま。
無職になるんです、と力なく笑うしいなだった。が、栗栖おばあちゃんは逆に
「へぇ、しいなちゃん、あの病院辞めたのかい! 吸収されてから、評判悪かったしねぇ。そうだ。良かったら、わたしの知り合いに口をきこうか? 二十人そこそこの会社なんだけどね、物品の管理者を
「ぶ、物品の管理だったら、今までの仕事の経験を
ぐいぐい
どうせ転職先のアテがないのなら、信用できる人の
「ギユウグン株式会社さ。今ちょうど、わたしの家に責任者が来てるからね、会っていったらどうだい?」
「ギユウグン株式会社? 初めて聞く
「さぁ、しいなちゃん。入って入って」
せめて
「えぇ!
そこは、自分の部屋と間取りが違うというレベルではなかった。映画や歴史の資料集で見るような、布でできた天幕の中だったのだ。
「え、栗栖おばあちゃん、リフォームしてるの?」
「うそ? フォルテがいる!」
しいなは信じられない光景に、気絶する
どうして私の前に、二次元イケメンがいるの? 《ユグドラシル・サーガ》は、いつの間にVRゲームになったの? と、しいなは混乱せずにはいられない。
「あれ、これは
「僕が見る限り、幻術異常もないし、HPの減りもなさそうだけど……。
フォルテは栗栖おばあちゃんを、「魔女様」と呼んだ。そのことにしいなは驚いて、栗栖おばあちゃんを振り返った。
「びっくりさせちまったね。わたしは、ここいらじゃ、【導きの魔女クリス】、なんて呼ばれてるんだ。エルバニア王の相談役でね、義勇軍を助けるように命じられているよ」
「えぇぇぇぇっ?」
栗栖おばあちゃんが、魔女! ゲームには登場しなかったよねっ?
でも、
しいなは単純な情報しか
ここは夢の中ですか? ゲームの中ですか? それとも……。
「ここはユグドラム大陸のエルバニア王国。あんたにとっては、見知った異世界ってところさ! どうだい? 心機一転、義勇軍に住み込みで働いてみないかい?」
全力で
「異世界ぃっ? 働く?」
正直、訳が分からない。お
異世界って、トラックに引かれたり、
クリスから提示された就労条件は、勤務時間が八時三十分~十七時三十分、
そこでしいなは、ハッと
異世界転生? 違う、異世界転職だ!
「私を、こちらで働かせてください!」
しいなは、ガバッと頭を下げて叫んだ。ほとんど反射的なスピードだった。
「私は、エルバニア王国だけでなく、シュヴァリエ王国も救いたい。このユグドラム大陸のために戦う、義勇軍の力になりたいんです。私にできることは……、事務仕事がメインになるかと……!」
今度こそ、自分にしかできない仕事がしたい。代わりがいるなどと、言われたくないと、しいなは強い想いで転職を志願した。
そして、その熱意が伝わったのか、フォルテは力強く
「これからよろしくね。えっと、名前は……」
「清原しいなです!」
「そうか、シイナだね。危険な旅になるけど、僕たちが守るから後方
「無事に、面接
「ありがとうございます!」
フォルテとクリスの言葉に、しいなはホッと胸を
ヴァルドロイ。しいなの最愛の魔法剣士だ。
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