「職業:事務」の異世界転職! ~冴えない推しキャラを最強にします~

ゆちば/角川ビーンズ文庫

人物紹介/プロローグ

◆◆◆人物紹介◆◆◆


清原きよはらしいな(シイナ)

元・病院の事務職。

隣人の栗栖おばあちゃんに導かれ、《ユグドラシル・サーガ》の世界に転職!


□ヴァルドロイ

しいなの最推しである魔法剣士。

微妙なジョブと途中で仲間入りする設定のため、世間では半端キャラ扱い。

通称:ゲーティアアーマーさん。


□モネ

盗賊。色っぽいお姉さん。


□アストール

格闘家。陽気でノリのいい性格。


□ランスロット

聖騎士。堅物。


□レオナ

弓射士。人懐っこく、お洒落に気を遣っている。


□マートン

鍛冶師。素材を組み合わせてアイテムを創る。


□モンド

商人。武器や道具の仕入れを行っている。


□フォルテ

義勇軍のリーダーであり勇者。


□キャンディ

アクセサリー職人。特殊な効果を持つ装飾品を作る。



◆◆◆


 小さな教会のひかえ室に、一組の男女がいた。

 男性は、せた赤いちようはつ、グリーンのひとみ、その眼光をよりするどく見せる眼鏡めがねをかけている。いつもならば、せんとう着にけんというで立ちをしているのだが、この時はかみを片方に寄せ、ゆるくリボンでまとめていた。さらに、身にまとっているのは、シックなダークチョコレート色のタキシードで、い赤色のネクタイがれいえていた。

「あれはどこにいった? ……そうか、お前が持っていてくれたのだな」

 男性が女性から受け取ったものは、白い花で作られたブートニアだった。そして、男性はそのブートニアを胸ポケットに差し込むと、おだやかなみをかべ、女性に手を差し出した。

「っと! お前はいつも転びそうになるな」

 男性に手を引かれ、女性はつまずきそうになりながらも立ち上がる。

 女性の顔は見えなかったが、後ろ姿だけはかくにんすることができた。彼女は、セミロングの黒髪をハーフアップにし、編み込み部分には男性のブートニアと同じ白い花がちりばめられていた。そして、しようは純白のウエディングドレスだ。

「もう泣いているのか? 気の早いやつだ。……いきなりはなよめを泣かすようなをしたら、俺がみなにどやされるんだが」

 男性が女性の目元を軽くぬぐってやると、女性は照れくさそうに男性にうでからめた。二人の間には幸せそうな空気が満ちてあふれそうだ。

「ああ。お前には笑っていてほしい。……分かった分かった。今日は俺も笑顔に努めよう。せっかくの晴れの日だからな」

 赤髪の男性は、眼鏡を押し上げながら、いとおし気に女性を見つめた。

 ちがいない。二人はしんろう新婦であり、今まさに、けつこん式が始まろうとしているのだ。

 ゴォォォンとそうごんかねの音がひびき、新郎新婦をむかえる温かいはくしゆが聞こえてきた。

「行こう。皆が待っている」

 愛し合う二人が歩き出し、教会のとびらが開く──。


    ◇◇◇


「待って! ヴァルド様! その女の人、だれ?」

 きよはらしいなは男性に向かって大声でさけび、手をばしたしゆんかん、目を覚ました。少し暑くなってきた春物のかけとん身体からだに絡みついており、身動きが取れずにもがもがしてしまう。

 もしかしなくても、今いる場所は自分のベッドであり、自分の部屋である。つまり、夢オチというやつだ。

「うわ……。入社式の朝から、なんて夢見てるの。私」

 清原しいな、二十二歳には、高校生のころから大好きな人──いなしキャラクターがいる。それは、RPGゲーム《ユグドラシル・サーガ》のキャラクター、ヴァルドロイだ。

 しいなにとってははつこいであり、理想の人だ。《ユグドラシル・サーガ》をプレイし終わった後も、友人のすすめでイケメン武将や美男子アイドルのおとゲームに手を出してみたが、好きになるのはクールな長髪キャラや眼鏡キャラばかり。そうであれば、やはりヴァルドロイが一番かっこいい! と、しいなは再び《ユグドラシル・サーガ》にもどってくるのだ。

 幸い、ゲーム内課金システムや、ドラマCDやしよせき、フィギュアなどの派生グッズはかくてき少なく、しいなのさいは守られているじようきようである。

 ゆいいつ、しいなが予約こうにゆうしたものといえば、数年しに発売されたファン待望の設定資料集だ。これは、大学に合格した自分へのごほうとして購入し、イラストやテキストがまぶたの裏に焼き付くほど、何度も何度も読み返した。

 とくに、ヴァルドロイの初期デザインや、服の構造、身長や体重のしようさいな設定には、興奮せずにはいられず……。

 あぁ……。こんな調子だから、れんあいができないんだろうなぁ。

 しいなは、さきほどまで見ていた夢の内容をり返りながら、重たいため息をついた。

 きようれつにとまでは言わないが、恋人が欲しいと思うことも、結婚をしたいと思うことも、もちろんある。しかし、夢に出てくる理想の男性がゲームのキャラクターというのも、むなしい話だ。そのうえ、最愛のヴァルドロイの相手役が、どこの誰とも分からない女性であり、彼をられたくないという気持ちが全開になってしまったのだ。

「う~ん。でも、タキシードヴァルド様ってば、最高にかっこよかった! われながらナイスな想像力」

 られ感が半分あるものの、総合的に見ると、悪くない夢だったかもしれないなと、しいなは独り言をつぶやきながら、ベッドから身を起こした。

 きっとこれは、「仕事をがんれ」というヴァルド様からのメッセージに違いない。新社会人としての初日の朝に、大好きなキャラクターがゆめまくらに立ってくれるなんて、心底幸せなことだ。愛する推しキャラは、不安やきんちようき飛ばしてくれるから、ありがたい。

 そして、しいなは掛布団をポーンッと投げ出すと、立ち上がって出掛けるたくを始めた。

 今日は、しいなの初めての出勤日。ゆうせいかいやまかわ病院という総合病院の事務職に採用され、入社式とオリエンテーションが控えているのだ。

 しいなは初めての仕事に、期待と不安の入り混じった気持ちをいだきながらも、気合い十分に身支度を整える。仕事用に新しく購入したしよう品、すっきりと見える黒髪のショートボブ、下ろしたてのビジネススーツ……。

 やってやる! ヴァルド様みたいに、戦いくんだから!

 しいなは就職活動の面接で、「目標としている人物は誰か」と聞かれれば、心の中ではヴァルドロイのことを思い浮かべていた。彼は、しいなのあこがれであり、目指している人物像でもあった。

 ヴァルドロイは決してゲーム内で目立つキャラクターではない。主人公でも、その宿敵でもなければ、強力な武器やスキルを持っているわけでもない。いわゆる、主人公の仲間の一人。しかも彼は、登場時期もおそいため、仲間その十くらいの立ち位置にいる。

 しかし、しいなはそれでも構わなかった。目立たなくても、誰かの力になろうとする。そして、自分の信念だけは絶対に曲げない。

「たとえ国からにくまれようとも、俺は、俺の国のために戦う! 俺の、信念をつらぬく!」

 というヴァルドロイの台詞せりふは、もはやしいなの座右のめいだ。

「いってきます、ヴァルド様!」

 しいなは、ほんだなに立てかけてある《ユグドラシル・サーガ》のゲームパッケージに向かって敬礼すると、元気よく家を飛び出していった。

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