第49話 魔女と元王子は、平穏な日々を望む

 私のスピード死に戻りや、おばあちゃんとのお別れがあった日から一か月。

 聖樹の森に、年に一度の”氾濫の日”がやってきた。


 淡いグリーンに光る大粒の雫が森に溢れ、私が聖樹の根元に描いた魔法陣が渦を巻いてそれらを吸収していく。


「初めて見るが、美しいな。とても世界を飲み込むようなおそろしいものには思えない」


「でしょう?」


 ログハウスの屋根の上。

 私はウィル様と一緒に、氾濫の日が終わっていくのを眺めていた。


 あれからアストロン王国では色々あった。

 カリヴェルは意識を取り戻したが心身喪失状態で、「病による療養」が公表された。おそらく、今後彼が意志をもって活動することはないらしい。


 もちろん、手を下したのは私のおばあちゃんだ。

 呪術の一種だろうけれど、詳しいことは私にもわからない。


 トーリア妃にはすべてを話し、彼女はそれでもカリヴェルを支えると話したという。最後までウィル様の正体については明かさなかったが、おそらく気づいていただろう。


 彼女は何も聞かず、ただ夫を受け入れ、支える道を選んだ。そこには、私が見た儚げな王妃の姿はない。

 二人は王都から離れ、公爵領で療養することになった。




 今回、カリヴェルが一命を取り留めたのは、シュゼア殿下が薬を開発し、兄の病を治すことができたからだということになっている。

 キマイラ出現事件で一躍人気者になったシュゼア殿下は、これから王太子として国を背負っていくに十分な人望を得ているから問題ない。


 兄二人が病に倒れたことになっているので、彼にかかる期待は大きいけれど、ゾグラフ侯爵らが後ろ盾となりしっかり支えてくれることに期待しよう。


 もちろん、ゾグラフ侯爵には真実を包み隠さず伝えてある。だいたいの筋書きは彼が考えてくれたもので、議会の貴族や文官、騎士らのことをうまくまとめてくれると約束してくれた。




 例の塔は、シュゼア殿下によって取り壊された。

かかわっていた魔導士や薬師は処分され、秘密を知る者は私がもの忘れのまじないをかけて記憶を消した。これからは、知識や能力をまっとうなことに使ってもらいたい。


それから、フェイをはじめ害のない魔物は私が聖樹の森に連れ帰ってきた。ハリネズミが七匹、耳の長い犬型の魔物が二匹、骨だけのトンボが一匹。森の仲間が増えたと思えばこれもまた日常だろう。


フェイは今日も元気に、私の周りを走り回っている。


「キュルキュルきゅー!!」


 フェイは同じハリネズミの恋人を見つけ、仲睦まじく暮らしている。

 かわいいのコラボレーションに、私は毎日悶えていて仕事の手が止まることも多い。


 色々あったけれど、聖樹の森にはかわいい仲間が増えて、平穏な日々が戻ってきたのだった。





「ユズ、戻ったら渡そうと思っていたんだ」


 隣に座るウィル様が、そう言って菫色の石のついた指輪を取り出した。ひし形にカットされた菫色の石がたくさん連なっていて、指輪から魔力を感じる。


「きれい」


「リクアが土台を作ってくれたんだ。さすがに遠慮したんだが、あいつが『俺より腕のいい錬金術師がいると思ってるのか?』って言うから」


「それでウィル様は何て答えたの?」


「おまえの師匠がいるだろう、って」


 正直者!

 ウィル様は苦笑しつつ、そのときの話をしてくれた。


「魔石だけは自分で取りに行こうと思って、クリスタルの迷宮に行ったんだが、意外にこの色がなくて驚いたよ。中層階の魔物は、緑や赤の魔石が多いんだな」


「そうですね、これだけの菫色を探すって……まさか」


 嫌な予感がする。

 そういえば、ここに戻ってきてからすぐに迷宮に潜ってしまって、五日以上戻ってこなかったのだ。


「ハクにも来てもらって、ボス部屋まで行って根こそぎ魔物を狩ってきた」


「何やってるんですか!?命大事に、安全第一で行きましょうって言ったでしょう!」


 ウィル様は「すまない」と言って微笑むと、私の左手の薬指に指輪をはめてくれた。


「ユズの母親が、似たような指輪をしていたらしい。ハクからそれを聞いて、次にきちんと求婚するときには指輪を贈ろうと思っていたんだ。こればかりは譲れなかった」


「何となく覚えています。確かお父さんがくれたって聞いたような」


 左手に輝く指輪は、石の色こそ違うけれど懐かしい感じがした。


 私の手を指先だけ握りそっと甲に口づけたウィル様は、優しい声で言った。


「ユズ。俺の生涯をかけて大切にする。だから、一緒に生きていってほしい」


 求婚は二度目になるけれど、やっぱり心臓はドキドキと速く鳴り出す。

 白夜の淡い光が指輪の石を煌めかせ、まるで夢のようだと思った。


「私も、ウィル様と一緒に生きたい。大好きです」


 指を絡ませた手は、ほんの少し熱を持っている。

 微笑み合うと、どちらからともなく抱き合って、そっと唇が重なった。


 ウィル様の手が私の後頭部の髪に潜り込み、呼吸まで飲まれるようなキスを繰り返す。


「あの……ちょっとこれ以上は……」


「どうして?」


 どうしても何も、どれだけ苦難を乗り越えても、私の恋愛スキルが上がるわけではなかった。

 こればかりは一足飛びにレベルアップというわけにいかないらしい。


 からかうような目で見つめてくるウィル様に、私は恨みがましい目で抵抗する。


「ま、まずは普通のデートからで」


 そう。私たちは未だに街へのおでかけデートを実現できていないのだ。


「普通のデート?」


「はい、普通のデート」


「クリスタルの迷宮でコカトリスの羽が採取できる場所を見つけたんだが」


「行きましょう!普通のデートはまた後日で」


 クスクスと笑ったウィル様は、私を抱き締めて「嘘だよ」と耳元で囁いた。


「嘘!?ウィル様が嘘!?」


 白い魂の人が嘘を吐くようになるなんて。驚きだ。


「採取できるのはコカトリスの羽じゃなくて卵だ」


「それって嘘になるんですか?」


「どうかな。あぁ、街でデートしてから迷宮に行けばいい」


「そうですね。あ、ハクも一緒に連れて行っていいですか?」


「いいけれど、お母さん同伴でデートか?」


 そういえばそうだな。

 私としたことが……反省していると、一階の窓からハクの声が聞こえてきた。


「誰がお母さんだ!いいかげん、降りておいで!蒸しパンができたから!」


 あら、全部聞こえていたみたい。

 私たちは目を見合わせて苦笑いした。


 ウィル様は私の頬や目元にキスをして、最後に唇にもそっと触れた。


「魔女のしきたりはわからないが、今日をもってユズは俺の妻ということでいいんだろうか?」


「え?どうなんでしょう?そもそも結婚制度の枠内にいないんですよね、魔女私たちって」


 自己申告?

 いいのかな、今日から私はウィル様の妻ってことで。


「降りてから、ハクに聞いてみるか」


「そうですね。ハクに聞いてみましょう」


「何だか俺たちは、いつまでもハク離れできないな」


「いいんじゃないですか?お母さんなので」


 また怒られそうである。

 でもいいのだ。これが私たちの三人暮らしの形なのだから。


「ユズ」


 屋根の上に立ち、スッと右手を差し出すウィル様。

 私はそれを取り、同じく立ち上がる。


 こんな風に平穏な日々がずっと続けばいい。

 淡い光に満ちた聖樹の森を見下ろしながら、私は愛する王子様を見て微笑んだ。



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魔女は初恋の王子様を生き返らせて幸せになります! 柊 一葉 @ichihahiiragi

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