女子高生が最強の霊能力者と呼ばれる理由

釧路太郎

第1話 鵜崎美春と温泉旅館

 お姉ちゃんが亡くなってから私がその仕事を引き継いだりもしていたんだけど、高校生の身としては全てを請け負う事は無理なので週末だけの特別勤務になっている。平日は他の方にお願いしているのだけど、私に回ってくる仕事はそれの尻拭いが多い。

 他の人がダメだったり能力が無いわけじゃなくて、単純にお姉ちゃんが凄かったという事がお客さんにはわからないからなのか、私の代わりにやってくれている人達に対して申し訳ない気持ちになってしまう事が多い。

 中には本当に未熟で能力が足りていない人もいるのだけれど、そういう人は一人で仕事に向かう事は無いので失敗する確率はかなり低かったりする。一番失敗しやすい人はと言うと、仕事を一人で任されだして三回目くらいの人が多いみたいだ。

 一人になって最初のうちは用心に用心を重ねているのだけれど、慣れてくると油断してしまうのか些細なミスで窮地に陥る事がある。私も何度かそんな場面に遭遇したことはあるのだけれど、そんな時は迷わずに助けを求めてもらえるとこちらも動きやすい。

 そんな事が一か月くらい続いた後に、久しぶりに完全に新規の仕事が私のもとに舞い込んできた。


 依頼としては良くある話なのだが、得体のしれない化け物の駆除をお願いしたい。との事だ。私の専門は幽霊系なのだけれど、よほど相性が悪くない限りは妖怪相手でもなんとかなるのだ。私の手に負えない妖怪だとしたら、妖怪関連の専門家に頼るしかないのだけれど、私にはそんな知り合いはいないし、私の祖母にもそんな知り合いはいないらしい。

 早朝発の飛行機に乗って最寄りの空港に降り立ち、そこから電車とバスを乗り継いで依頼人の待つ村まで着いた時には辺りは暗くなっていた。一人だったらもう少し道に迷っていたかもしれないけれど、今回は経理担当の不動さんと記録担当の森さんに同行してもらっているので無事にたどり着くことが出来たのだ。

 早速、依頼人の待つ役場に出向いたのだけれど、担当者が外出しているらしく少しの間応接室で待たされることとなった。せっかくなので、この村の歴史がわかる資料を貸していただき歴史を学ぶ事にした。その土地の歴史を学ぶことで土地の霊と対峙する時の参考になる事が多かったりするのだ。資料からわかったことは、この村は漁業と林業が盛んだったのだが、いつしか高齢化社会の波に飲み込まれてしまい、林業は徐々に衰退していったようだ。漁業は何とか若い人が盛り立てようとしているのだけれど、不漁が続くことも増えてきてしまい、村自体の活気もだんだんと薄れていいるとの事だ。私が今回依頼されている事は化け物の駆除であるが、多くの村人が化け物を駆除すれば以前のように港にも活気が戻ってくると信じている。是非ともそうなって欲しいものだ。


 担当の方が戻ってきたのかはわからないけれど、窓から見える駐車場に車が何台か入ってきたのが見えた。その中の一人は先ほどの資料にも写真が載っていた村長のようだ。車から降りた人達は忙しそうにしているのだけれど、先ほど案内してくれた人が走って近付いて行き何かを告げていた。どうやら、この応接室を見ているようなのだが、私と目が合った何人かが慌てた様子で役場に向かって走り出していた。

 それから一分と経たずにこの応接室に入ってきたのだけれど、その中には村長さんもいた。そんなに焦らなくてもいいのにと思っていたのだけれど、それだけ事態は深刻なのかもしれないと感じた。


「こちらからお呼び立ていたしましたのにお待たせしてしまい申し訳ございません。私、今回の件の担当をさせていただきます山下と申します。こちらは当村の村長の富岡でございます。草薙様の御高名はかねがね伺っておりますので、今回の件もよろしくお願い申し上げます」

「いえいえ、こちらもお約束のお時間より早めに着きましたのでそう畏まらなくて結構ですよ。空いた時間でこの村の資料を拝見させていただけましたので、こちらとしても有意義な時間を過ごせたと思います。申し遅れましたが、私は経理担当の不動と申します。こちらのカメラを持っているのが記録担当の森でして、こちらの若い娘が草薙家の次期党首で有られます鵜崎でございます」


 不動さんが私達の紹介をしてくれたのだけれど、全員の視線が私に集中しているのが辛かった。なぜか森さんも私の事をガン見していた。


「余りにもお若いので見習の方かと思っていましたが、これは重ね重ね失礼いたしました。我々の様な小さな村に草薙家の方が直接いらっしゃって下さるとは思ってもいませんでしたので、いささか驚いておりますが、今回の件は安心してお願いできるというものですな」

「村長さんの期待には全力で応えたいと思うところですが、なにぶん初めての鵜崎も土地ですので下調べは念入りにさせていただいてから着手いたしますので。ですが、お約束の期限までには何とか解決出来るように全力を尽くさせますので、そのようにお考えいただいても問題ないかと思います」


 不動さんは経理担当だけれど、それなりに戦う事も出来るし状況判断能力も高いレベルだと思う。森さんも記録係みたいな感じだけれど、私がいなくてもこの二人なら何とか出来る依頼は多そうだと思えるくらいの実力はある。私にお姉ちゃんが憑いていなければ、私よりも戦う力があるのではないかと思えるほどでもあるのだけれど。


「では、遠いところお疲れでしょうから、今回泊っていただく宿にご案内させていただきますね。詳しい話は移動の疲れが取れた明日の朝でいかがでしょうか?」

「お心遣い感謝いたします。鵜崎は若いので平気だと思いますが、私と森は少し移動で疲れてしまいましたので、横になりたいと思っていました」

「それでは、村の公用車になりますがお宿まで案内させていただきます。村唯一の温泉宿となっておりますので、ごゆっくり疲れをいやしてくださいませ。村唯一の温泉ですので、村民の多くも利用するとは思いますが、深夜でしたら貸し切りにもできますので何なりとお申し付けくださいませ」


 山下さんの運転する車に揺られて着いた宿は想像していた和風の建物ではなく、有名なデザイナーが設計したかのような造りの外観だった。中に一歩入ると、それなりに装飾品はあるのだけれど華美過ぎず落ち着いた雰囲気も感じられる、リラックスしたいときにはうってつけの場所だと思えた。

 部屋はそれぞれ個室が割り当てられているらしく、私の部屋を挟んで不動さんと森さんがそれぞれの部屋に泊まる事になった。

 荷物を置いてゆっくりしていると、不動さんと森さんがやってきて温泉に誘われたのだけれど、私は少し気になる事があったので誘いは断ってしまった。


「そっか、お嬢とお風呂に入れるのを楽しみにしてたんだけど、森ちゃんと二人で楽しんでくるね。明日は一緒に入ろうね」

「私も美春と久しぶりにお風呂入りたかったけど、夏子で我慢しとくよ」

「二人ともごめんね。ちょっとだけ気になる場所があるだけだからさ、そんなに遅くならないと思うけど、待たせるようだったら先に寝てていいからね」


 二人はそのまま温泉に向かっていったのだけれど、私は宿から出て三差路を山側に入っていき、村と港を一望できる神社の側へとたどり着いた。

 神社の境内には入らずに、外から様子をうかがっているのだけれど、特に変わった様子は見受けられなかった。私は幽霊はハッキリ見えるけれど、妖怪や妖精は見えない時もあるし、神様に至っては向こうから出てきてくれないと存在すら感じ取ることが出来ないのだ。いつか、自分の力で全てが見えるようになるといいのだけれど。


 今回、私が行うべきことはいくつかあるみたいだけれど、そのうちのいくつかは一つ解決した段階で連鎖的に問題が解消していくと思う。順番を間違えなければ明後日には全て終わっていると思うのだけれど、順番を間違えるともう少し時間がかかるかもしれない。

 さすがにこの時間に船は出ていないのだろうと思っていたのだけれど、海上にやたらと眩しい光があったので、漁船が漁をしているのだとわかった。漁船のライトは煌煌と照らされているのだが、時々ライトの前を影が通り過ぎていた。不漁が続いている原因かもしれないので覚えておくことにしよう。

 その後は宿の奥に広がる住宅街を見ていたのだけれど、特に変わった様子もなく、出歩いている人もほとんどいなかった。

 その時、私の背後から砂利を踏む音が聞こえてきて、思わず身構えてしまった。そこに立っていたのは、明らかに今の時代の人ではない服装の男だった。


「あの、あなたは私の姿が見えていますよね?」

「はい、見えているけど誰ですか?」

「良かった。申し訳ないけど、私は何も覚えていないんで名前はわからないんですけど、この村の危機を救っていただけないかと思ってきました。本当は役場に入る前に伝えたかったんですけど、車に乗って行っちゃったからこんな時間になっちゃいました。ところで、ここで何してたんですか?」

「ここでですか? 村の様子を確認しようかと思ってここに登っていました」

「ここからなら村の様子がわかりますもんね。ちょうどいいんで説明しますけど、港とあっちの住宅地の奥にある祠に悪い霊が憑りついてしまっているんです。その霊自体はたいしたこと無いと思うんですけど、やっつけたところで他の霊が順番待ちしてるんで意味ないと思うんですよ。そこで、何か御神体になるようなモノありませんかね?」

「そう言われても、私が持ってるモノで御神体になれるような物なんかないですよ」

「普通はそうですよね。でもね、お姉さんのモノじゃなくてもお姉さんが思いを込めたものなら何でもいいと思うんだよ。それさえあれば向こう百年は安泰だと思うんだけどな」


 急に現れてて私にお願いしている人が誰なのか気になるけど、思わぬところで今回の以来の解決策が見つかった。さっそく戻って何か探してみようと思ったのだけれど、これと言ってよさそうなものはなかった。

 宿に併設されている売店を覗いてみると、村の特産物である檜を使った操り人形が置いてあった。

 操り人形は少し大きいけれど、この村の特産品を使って作られているのだから問題ないだろう。御神体になれるようにしたいのだけれど、私にはその方法がわからないので困ってしまった。

 困ってしまったけれど、操り人形を買うか迷っていたところ、売店の方が奥から木彫りの少女人形を持ってきてくれた。大きさは操り人形よりは小さいのだけれど、それでもニ十センチくらいはありそうだ。瞳がガラスで出来ている以外はこの村でとれる檜を使っているらしく、少しリラックスできそうな良い匂いがしていた。

 私はその人形を二体買うと、不動さんと森さんの部屋にそれぞれ一体ずつ置いて、翌朝まで一緒に過ごしてもらう事にした。あの二人もそれなりに霊感があるんだし、私より適任だと思うのでお願いして損はないだろう。


 翌朝になって人形を回収すると、二人はいつもより肌も髪もツヤが出て若々しくなっていた。この村の空気も食事も美味しいし、温泉も気持ちよかったのが良かったのだろうか。都会の毒が抜けて綺麗になったのかもしれないが、たった一晩でこれほど買われるのなら、これを売りにすればもっと活気が出るのではないかと思ってしまった。


 私は昨日の夜にあった事を二人に話すと、意外な事に二人とも私に文句を言ってきた。


「お嬢は自分勝手すぎる。頼まれたのがお嬢なら、この人形もお嬢の部屋にいるべきだったんじゃないかな」

「そうだね、美春は私たちの気持ちを少しは考えた方が良いかもしれないね。そんなんだから好きな人も出来ないんじゃないかな」

「お嬢に恋人が出来たらそれはそれで問題だろうけどね」

「そんな事をおっしゃる二人には恋人いるんですか?」


 私の言葉で二人は完全に止まってしまったのだけれど、この流れだと私が悪いように思えてしまうから不思議だ。

 迎えに来てくれた山下さんにお願いして、役場に向かう前に港と住宅街の祠に向かう事にした。


 位置的に住宅街の祠が近いとの事で、そこに向かうと立派な祠がしっかりと手入れされた状態で祀られていた。昨日着いてから思っていたのだけれど、この村の人達は何に対しても丁寧な態度で接しているのだと思う。わずか半日ほどしか村の様子を見ていないけれど、ガードレールや標識はもちろん、空き家と思われるような建物までしっかりと手入れされているようだった。


 私は祠を開けて中を覗いてみたのだけれど、そこには何もなくガランとした空洞になっていた。


「祠の中って空洞なもんなんですか?」

「いや、私はなかを見たことが無いんですけど、空洞ってことは無いと思うんですよね。もしかしたら、入れ忘れたんでしょうかね?」

「わからないですけど、この村の檜を使った人形を入れてみますね」


 私が祠の中に人形を入れると、少し生暖かい湿った風が吹いていた。一緒についてきてくれている山下さんもそれを感じたらしく、辺りをキョロキョロと見回していた。不動さんは少し嬉しそうに私を見ているのだけれど、森さんはいつも通りカメラを回していた。


「この辺だけ空気がおかしくないですか?」

「そうですね、私が人形を置いたので、この祠に溜まっていた悪霊が私達に対して怒りをぶつけようとしてるんじゃないですかね」

「それって大丈夫なんですか?」

「この程度だったら問題ないですよ。せっかく集まってきているみたいなんで、このまま様子を見ていいころで殲滅しましょう」


 少し待ってみたのだけれど、思っていたよりも悪霊は集まっていないようだった。どうやって倒してみようかと迷っていると、隣にいる山下さんがその場に座り込んでしまった。


「これって何ですか? 私は夢を見てる途中なんですか?」

「これはこの辺に漂っていた悪い霊ですね。きっと、海の祠の近くもこうなってると思いますけど、ご神体を入れて毎日お詣りしていればこうはならないと思いますよ。こうなったらまた呼んでくれればいいだけですけどね」


 そろそろ頃合いかなと思って悪霊の群れに向かって私が出来る一番簡単な強制的に除霊する呪文を唱えると、そこに漂っていた霊は順番を待って一体ずつ天に召されていった。その様子を見ている山下さんはなぜか泣いていた。


 そのまま海にある祠に向かいたかったのだけれど、一度役場に出向いてから向かう事になった。

 山下さんは車に乗る前に誰かに電話をしていたようなのだが、山下さんの口から聞こえてきた言葉を整理してみると、海の祠の除霊は何人かで見学をするようだった。


 案の定、役場につくと昨日よりも多くの人が私達を出迎えてくれた。集まって貰ったのは嬉しい事ではあるのだけれど、今は一刻も早く海にある祠に向かうべきだと思って、不動さんに今から向かうように説得してもらう事にした。

 説得は成功したのだけれど、海にある祠の周りには多くの人が集まってちょっとしたお祭りがやっているのではないかと錯覚してしまった。


 先ほどと同じように空洞の祠に人形を入れると、祠の周りだけ明らかに空気が変化していた。周りで見ている人達もそれを感じたらしく、少しざわついていたのだけれど、その原因は空気が変わった事ではなかった。祠の上に牛の顔をした悪魔の様なものが浮いていた。

 悪魔だとしたら戦ったことが無いのでどうなるのかわからないけれど、悪霊的な要素があればなんとかなるだろう。そんな事を思っていると、見学に集まっていた人が何人か走って逃げてしまった。この悪魔は走る人に興味が無いようで、私の方をじっと見ているように見えた。


「お前は誰だ? なぜ私の邪魔をする?」


 悪魔はそう問いかけてきたのだけれど、私は悪魔に答えるつもりはないので、それなりに強い呪文を唱えてみる事にした。

 私が思っていたよりも効果があったようで、宙に浮いていた悪魔が地面にたたきつけられるように落下すると、そのまま痙攣を繰り返していた。


「お嬢の呪文ってあんな感じのやつにも効くんですね」

「それよりも、何か言いかけていたのは最後まで聞いた方がいいと思いますよ」

「うん、私も話を聞くつもりはあったんだけど、あそこまで効果があるとは思わなかったんだよね」

「こいつが何なのかは後で調べるとして、今はその人形をちゃんと中に入れちゃいましょう」


 三人で出した結論は、とりあえず得体のしれないものは無視して本来の目的を達成するために人形を祀る事にした。

 周りで見学していた村人から拍手が起こっていたのだけれど、最終的には物凄い歓声と拍手の音が響き渡っていた。


 この悪魔はどうしたらいいのだろうと思っていたところ、森さんが小さな瓶を取り出してその瓶の口を悪魔の頭に押し付けると、悪魔の体はその小さな瓶に吸い込まれていった。


「これで一通りの記録とサンプルの回収も終わりましたね。こいつの正体は戻ってからゆっくり調べてもらいましょうね」


 最終的に良いところは森さんが持っていったような気もしているけれど、悪魔が消えたのがわかると、周りで見ていた村人たちが一斉に私達のもとへと駆け寄ってきた。

 村人の熱烈な握手攻めは一時間くらい続いたんじゃないかと思えるくらいで、正直な話だと、悪霊や悪魔と戦っている時の方が疲れを感じないように思えてしまった。


 これで住宅地と海の祠に憑りついていた悪霊たちはいなくなったと思うので一安心だと思っていると、神社の高台で昨日見た男の人が近付いてきていた。


「お前さんは私が思っていたよりも少しばかり強かったみたいだね。お陰でこの村に巣くっていた悪いやつらも排除できたね。これからは二度とこのようなことが無いように村人にも伝えておいてくれると嬉しいね。元あったご神体を盗んだ輩もあの悪魔たちと同じような目に遭ってると思うし、天罰に遭わないように真面目に生きていく事だね」


 この男の人の事は誰も見えなかったらしく、不動さんも森さんも私が誰かと話している様子に疑問を感じていたと後から教えられた。


 男の人から言われた言葉を私なりにまとめて村長さんに伝えると、さっそく今日から祠のお世話を毎日行ってくれることになった。


 昼過ぎに出向した船が夕方に戻ってきたのだけれど、出向時よりも船体が海に沈んでいるように見えて、その船首には派手な大漁旗が大きくなびいていた。どの船も今までの不漁が嘘だったかのように魚を一杯に積んでいるようだった。


「お嬢様が倒したモノですが、おそらく低位か中位の悪魔だと思われます。写真と動画でしか見ていないため確実な事はお伝え出来ませんが、今のお嬢様の力で倒せた結果から判断いたしましてもその程度の悪魔だったと思いますね。不漁が続いていた原因も、その悪魔の力か影響が漁場の魚にも伝わっていたのでしょう。その悪魔の力なり痕跡がついている船から魚は逃げるでしょうし、そうなってしまえば魚が獲れなくても仕方ないと思いますね。しばらくの間は魚にとって大きな力に感じた悪魔の影響もなくなるので漁は安定していくと思いますが、取りすぎない方がよろしいかとお伝えくださいませ。では、私はお嬢様のお帰りを心からお待ちいたしておりますので」


 電話の向こうの星野はいつも通り私に一言もしゃべらせずに一方的に情報をくれると、そのまま電話を切ってしまった。私は星野から聞いた事を村長さんに伝えると、あまり獲りすぎないようにしてくれると言ってくれた。


 もう一晩宿にお世話になったのだけれど、今晩戻ってきた船も不漁ではなく大漁だったらしい。

 私は人が多い早い時間の温泉には入らずに、日付が変わって人のいなくなった温泉にゆっくりと浸かる事にした。

 不動さんと森さんも何度目かわからないくらい温泉に入っていたのだけれど、私が一人でゆっくりしたいというのを感じていたのか、一緒に入ってくることは無かった。


 お風呂にゆっくり浸かるのはいつ以来だろうと思いながらも、幸せな気分で廊下を歩いていると、不動さんと森さんとすれ違った。


「あれ、お嬢もお風呂に入っていたの?」

「ええ、ゆっくりお湯につかったのは久しぶりだったけど気持ちよかったよ」

「私達も温泉に入っていたけど、美春の姿はなかったよね?」

「うん、お嬢がいたら見逃すわけないよね」

「え? 私の他に誰もいなかったよ」

「おかしいな、私らの他にも何人かおばちゃんがいたよね?」

「うん、おばちゃんらに美春の事を色々聞かれたからね」


 私が温泉に入っていたのは間違いない事だし、不動さんと森さんも間違いなく温泉に入っていただろう。その事が気になった私達は、お風呂から出てきた女性に聞いてみたのだけれど、温泉は男湯と女湯の二か所しかないとの事だった。

 みんなは私が男湯に入っていたと思っているようだけど、男湯は母屋ではなく離れにあるため間違いようがないだろう。


 宿の方が見回りをしていたのでその事を尋ねてみると、私達の疑問に丁寧に答えてくれた。


「そんな不思議な事があったのですね。この建物自体は新しいのですが、温泉自体は昔からありまして、もしかしたら、温泉の神様が村を救ってくれたお嬢さんにプレゼントをくれたのかもしれませんね。こんな小さな村の神様ですから、金銀財宝を差し上げることなどできず、その疲労を取る事でしか感謝の意を表せなかったのかもしれませんね」


 その方はそう言うと、私達に軽く頭を下げてから見回りの仕事に戻って行った。神様の事をもう少し聞いてみたいと思って後を追ってみたのだけれど、その方の姿を見つけることは出来なかった。

 そこは離れへと続く長い廊下なのだけれど、どこにも隠れる場所は無いのだった。


 私は自分の意志で神様を見ることは出来ないのだけれど、神様がご自身の意志で私の前に現れてくださったとしたら、その時はそのお姿を拝見できるのだと知っている。

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