第10話 邂逅

 帰宅後、俺は食事も摂らずに自室のベッドに飛び込んだ。


「Hey Sally 」


 自室の机に置いてある人工知能デバイスを音声起動。


「おかえりなさいませ、本日はどうしますか」


 無機質で冷たい女性の声。

 お帰りという言葉、この人工知能以外からはもう何年も聞いていないな。


「検索、<DAWN>、意識不明」


「<DAWN>、意識不明、で検索ですね。画面に表示します」


 眼鏡型のバイザーから網膜投影された映像が目の前に移される。

 昨日と変わらない検索結果。

 <DAWN>だけではなくダイブ型ゲーム全般に関するニュースのみ。

 ダイブ型ゲームの長時間プレイによる危険性。

 栄養失調による一時的な意識消失、死亡事故。

 ダイブ型ゲームからログアウト後、身長の感覚が違うことにより転倒し、意識不明の重体になったなどの間抜けな記事もある。

 だが、俺の求めている情報はこれではない。

 

「検索、<DAWN>、バグネーム」


「<DAWN>、バグネームで検索ですね。画面に表示します」


 先ほどと全く同じトーンで繰り返される問答。

 噂によれば、5年前に亡くなった加賀美紗枝と呼ばれる人工知能の権威が作り出したAIは、人とほとんど変わらない知能を持っていたとされている。

 だが、うちのSallyは人間とは程遠いポンコツだ。


 こっちの検索も変わりなしか……。

 

 宙に浮いているように見えるウィンドウを、指でスクロールしながら考える。


 俺は3年間に渡り、毎日同じ事を検索し続けている。

 きっかけは3年前、<DAWN>で名前表示の狂ったモンスター、バグネームに襲われた事だ。


 当時から<DAWN>にはバグネームに殺されると、リアルでも死ぬ、という噂があった。

 だが、ゲームで死ねばリアルで死ぬ、なんて話はそれこそアニメやゲームの中だけの話であり、俺も友達の隆文も信じてはいなかった。

 だから実際にバグネームに遭遇した時も、逃げよう、と伝えはしたがそこまで強く止めることはなかった。

 結果として、それは間違いだった。


 バグネームにより隆文が殺された直後、俺の目の前からそいつは姿を消した。

 その後ゲーム内で彼と連絡が取れず、いやな予感がした俺はリアルでも彼に連絡を取った。

 だが、彼が電話に応答することはなく、俺は彼の自宅へ直行した。

 彼はヘッドセットを着用したまま意識を失っていた。


 大手大学病院による検査の結果は、原因の分からない意識不明。

 隆文は今もその病院の一室で植物状態となりながら延命を受けている。


 別に俺のせいでこうなったと責任を感じているわけではない。

 だが、俺は隆文ともう一度遊びたい、ただそれだけ。

 病院は原因不明だと言っているが、俺にははっきりと分かっている。

 <DAWN>だ。

 今では毎日のようにバグネームの情報を漁り、どうにか彼を回復させる方法がないかと模索している。


「ん……?」


 初めて見る情報、これはバグネームのようだが、少し違う。


「名前表記のおかしいNPCか」


 関係性はわからない、だが行ってみる価値はあるか。

 

 協力者が必要だな。

 そう思いながら眼鏡型のバイザーを外し、ヘッドセットを着用した。



……



『Welcome to the the <DAWN>』



 何1つアイテムの置かれていないギルドホームに降り立つ。

 ここは隆文と作ったギルドだ、結成後すぐに彼は意識を失い、それ以降一度もログイン出来ていない。

 彼と共にギルドを盛り上げると誓った、だからここにはまだ手を付けるわけにはいかない。


 まずは協力者を確保しなければ。


 フレンドリストを確認し、1人の名前を見つけ出す。

 

 ラティス:デニス今いいか?

 デニス:どうしたラティス、別に構わんが。

 ラティス:手伝ってもらいたいことがあるんだ。

 ラティス:とりあえず直接話したい。

 デニス:OK

 デニス:いつもの場所にいるぜ。


 あそこだな、デニスのいる場所は決まっている。


 ビギンの村に移動してすぐなデニスは見つかった。

 ワープポイントが一望出来る位置が彼の指定席、転移してすぐに向こうから話しかけてきたからだ。


「おう、直接会うのは久々だなラティス」


「時間を取らせて悪いな」 


 彼と出会ったのは俺が直接プレイヤーからバグネームの噂を集めていた時だ。

 話を聞いていたプレイヤーの1人から『俺は知らないけど顔が広い友達が知ってるかもな』との事で紹介された。

 噂に関しての進展はなかったものの、話の合う奴だったので今では良きフレンドだ。


「んで、なんの話なんだ?」


 単刀直入なのもデニスの良い所。


「あぁ、俺が前からバグネームについての噂を集めてるのは覚えてるだろ?」


「もちろんさ、それがきっかけで知り合ったんだから……あ」


 デニスがはっ、と何かに気づいたような表情になる。


「もしかして、名前のおかしいNPCの事か?」


「お、あんまり広まってなさそうな噂だったんだが知ってたのか。その話だよ」


 今回はついてる。

 デニスとフレンドになっておいて助かった。


「いやぁ、知ってるも何も昨日見てきたんだわ」


「何だと? それでそのNPCには会えたのか!」


「いやぁ、それがちらっとは見えたんだが、そいつの前にとんでも無く強いモンスターがいてなぁ」


 デニスはすぐ負けちまった、と戯けた態度を見せる。


 そうか、噂は本当なのか……。

 行くしかない。


「詳しい場所とか教えてもらえるか?」


「そりゃぁ構わねぇが、1人で行く気か?」


「デニスが手伝ってくれればそうならなくて済むんだが」


 ダメ元で話を振ってみる。


「あー、そうだな。ちょっと待ってろ」


 そういって彼は何も無い中空で指を振り出す。

 <DAWN>でのメニューウィンドウは他人からはみる事ができない決まりだ。


 それから少し経ちデニスは口を開く。


「へへ、いいぜ。頼もしいスケットを2人確保した」


「まじか。それでこそデニス! 助かった!」



……



「はいどーも、呼ばれてきましたなつめです!」


「コイルです、よろしくお願いします」


「はじめまして、ラティスです。よろしく」


 デニスの求めに応じて集まったのは2人。

 1人は白髪で黒衣を纏った少女のプレイヤー。

 もう1人は黒髪に大きな茶色のバッグを背負った小柄な少年のプレイヤー。

 双方ともに先日、噂のNPCの元へ向かった仲間だそうだ。


「2人とも今日はわざわざありがとう」


「いえいえ、ガチの黒魔さんと組むのは初めてなので楽しみです!」


 そう発したのはなつめさん。

 眼線は俺が背負う武器、赤い宝石を先端に嵌めた禍々しく黒い両手杖。

 どうやら戦闘好きか。

 好奇心を煽るため、デニスはガチの黒魔道士として俺を紹介しているらしい。


「あんまり道中に派手な魔法は撃たないで下さいよ?

 僕は探索スキルが中心なのでモンスターが集まったら隠れますからね?」


 こっちはソロの探索者だと聞いている。

 若干嫌味な発言だが子供の外見だと許せるから不思議なもんだ。


「ご期待に添えるかは分からんが、精々暴れさせて貰うよ」


 俺は黒いとんがり帽子を目深に被り直しながらそう言った。


「さっきも説明したが目的地はコイルさんの簡易拠点から目指す、そっからもそこそこ遠いから話しながら行こうぜ」



……



「《ブラックホール》」


 発生と共に宙に現れたのは穴。

 ブラックホールという名が示すように、光すらも飲み込む漆黒の穴が範囲内のモンスターと共に音もなく消え去った。


「便利ですね、その魔法。僕もそれだけ取得しようかな」


 感想を述べたのはコイルさん。

 でも、振り直しのアイテムが…などと呟きながら顎に手を当てている。


「一定レベル以下の範囲内のモンスターを無条件で消滅させる魔法で、MP消費も少ないし便利だよ。

 攻撃魔力を上げる必要がないのもコイルさんに向いてるかもしれない。

 実際のブラックホールと違って吸い込まないけどね」


「実際にブラックホールが発動したら世界ごと消滅ですよ」


「たしかに」


「もっと派手な魔法はないんですか!」


 目を輝かせながら聞いてくるのはなつめさん。


「あるけど使うとモンスターが集まるからなぁ」


「ラティスさんに余計なこと言うのやめてください」


 こんな下らない雑談をしつつも、目的地までの進行は順調だ。


 コイルさんの危険察知能力は高いし、なつめさんの近接技能は神がかっている。

 遠距離の敵は俺が始末し、近距離はなつめさん。

 痒いところに手が届くサポーターとしてデニスも優秀。

 これと言った苦もなく目的地まではあと僅か。


 だが、問題はその後だろう。

 智天使ケルビム、超越者。

 

「それにしても、2日連続で来ることになるとはなぁ」


「悪いな、付き合ってもらって」


「いえいえ! 鉄は熱いうち打てと言うじゃないですか! 昨日負けてから私は燃えていますからね、倒すまで何度でも行っても良いくらいですよ!」


「僕は今日もソロで行くつもりでしたからね、気にしないでください」

 

「なつめはそう言いながらさっきまでPK殺してたじゃねぇか」


「PK狩りは私にとって息をするようなものですからね」


「物騒な女だなぁ」


「みなさん、そろそろですよ。ほら」


 4人は足を止める。

 コイルが指差す方向には、不自然に切断された木々。

 その隙間からは遺跡の一部が顔を見せていた。


「む、みなさん隠れて、人がいます」


 指示に従い巨大な樹木の影に隠れる。


 コイルの言葉通り、耳を澄ませば誰かの会話が聞こえてくる。


「立派な寺院ですねー、クラウドにも見せたかったなぁ」


「体調を崩したんだろ? なら仕方ないさ」


「それなのにログインして来たので無理やり寝かせつけましたよ! もぅ」


「Lenathちゃんは優しいにゃ。うちが風邪ひいた時なんかハイドに無理やり遅くまでレベル上げに付き合わされたにゃ」


「逆だろ、ミミが暇だからって深夜まで寝かせてくれなかったんだろが」


 木々の影から見えるのは長身の鎧の男と猫耳の少女のみ、声から察するに4人ほどか。


 そう逡巡していた時、少女の猫耳のがぴくりと動いた。


「む、そこに誰かいるにゃ!」


 あの耳、アクセサリーでは無く聴力強化装備なのか。


「俺が出るぜ」


 そう言ってデニスは両手をあげつつ木々の影から姿を現す。


「敵じゃない! こっちも警戒してたんだ」


「こちらも争うつもりはない、我々はギルド《自由落下》、とフレンド1名だ、そちらは?」


 問いかけて来たのは鎧の男。


「俺はデニス、こっちは4人PTだ!」


 デニスは手振りでこちらに指示を出す。

 木々の影より姿を晒したことにより、お互いの姿を確認する。


 先の2人以外は杖を手に持つ金髪の少女。

そして武器を持たず、濃い青に竜の刺繍が施された着物を着た黒髪の男。


 相手も4人か。


「なぁ鎧の旦那ぁ! あんたがそっちの代表か?」


「そうだ、真希さんと呼んでくれ」


「それじゃぁ真希さん、ちょっと提案があるんだが、話をする気はないか?」


 そう言ってデニスは俺たちにウインクをした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

<DAWN> @zou_kin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ