第9話 超越者

 扉の先には開けた空間。

 周囲の壁を埋め尽くすのは絵。

 扉に装飾されていた女神のような物を中心に数多くの絵画が描かれている。

 そして奥には噂のNPC、魔法のような壁に囲まれている。

 だが、最も目を引く物はそれらでは無い。

 

 翼だ。


「おいおい、まじかよ……」


 部屋の中央に鎮座するのは異形。

 2対4枚の翼を持ち、能面のような無表情な顔。

 そしてその顔の周りには獅子、牛、鷲の顔が存在しており、いずれもが氷のように冷たい無機質な瞳。

 腕は4本、そしてそのうちの1つには炎を纏った剣。


「これが、悪魔ですか……?」


「いや、こんななりだが、あの純白の翼だぜ。悪魔の真逆、天使だ」

 

 そして、天使ってことは……。

 すぐさま異形の天使の名前を確認する。


 《Lv:116 智天使ケルビム》


「やっぱりこいつぁ、超越者だ!」


 静観していた天使は音もなく動き出し、炎の剣を振り下ろす。

 早い、俺じゃぁ目に追うのだけがやっとの凄まじい速度。

 だがな、うちのなつめも早いぜ。


「超越者ってなんですか!」


 なつめは双剣を交差し、炎の剣を受け弾き返す。

 それを皮切りに幾度となく高速でぶつかり合う剣、その様はまるで舞踊。

 

 この<DAWN>で過去に目撃された天使はたったの2体。

 どちらも碑文の守護者としてプレイヤー達の立ちはだかる壁だったらしい。

 そしてその2体にのみ共通する点、それがプレイヤーのレベル上限である100を超えたレベルを持っていたことだった。

 それゆえに超越者。


「簡単にいやぁ超強いって事だよ!」


 スキル《剛弓》を発動し、なつめを援護する。

 風を切り裂くようにして迫る矢はたしかに天使に突き刺さる、だがHPゲージは微かにしか減ることはない。

 しかし、天使の怒りのボルテージは上がったらしい。


 剣戟では使わない余った手のひらをこちらに向ける。

 意図は明確、魔法攻撃。

 向けられた手のひらからは、魔法陣が展開、そこから俺の身長を優に超えるほどの火球が打ち出される。


 詠唱時間もなく魔法を使うな!


 内心で文句を言いながらも全力疾走、ギリギリのところで火球を躱す。

 

「ちっ、なつめ! 俺たちの目的は時間稼ぎだ!」


「わかってますけど! 楽しいですこいつ、盛り上がっちゃいます!」


 なつめは天使から距離をとり、武器を変える。

 手にする武器は槍。

 先の双剣での打ち合いの際、なつめは攻撃を受けていないにも関わらずHPが減少していた。

 恐らく原因はあの炎に包まれた剣、大分離れている俺の位置からでもその熱気は伝わってくる。


「わかってねぇだろ全然!」


 とにかくなつめは生命線だ、あいつが死んだら俺は秒殺。

 継続的に飛んでくる火球を避けつつ、なつめに回復薬を投げる。


「おら! お前が死んだら俺も死ぬ、気張れなつめ!」


「あははっ、ありがとうございます! これでまだ斬りあえます!」


 槍はなつめのテンションの向上と共にさらに加速。

 さしもの天使も捌ききることは出来ず、その身には裂傷が刻まれていく。


 おいおい、これいけるんじゃねぇの。


 だが、そう思ったのもつかの間、天使は翼を羽ばたかせ距離をとる。

 そして次の瞬間、手に現れるのは新たな2本の剣。


「一筋縄ではいかないですね!」


 絶望的な状況なのに、なつめは満面の笑みを浮かべていた。



……



 相手は私よりも遅い。

 問題は手数、そして炎によるスリップダメージ。


 スリップダメージを避けるため、距離をとって戦える槍を選択した。

 だが手数が増えた今、槍では捌ききることは出来ない。

 否応なしに手数の多い双剣を選択することになるのだが、リーチの短い双剣ではスリップダメージを喰らってしまう。


「あは、ほんとに強い!」


 言葉とは裏腹に口元からは笑みが溢れる。


 状況はかなり不利。

 おじさんからの回復がなければ物の数分も持たないだろう。

 だがそんなおじさんは魔法を避けるのに手一杯で回復の頻度が下がっている。


 このままはでは押し切られる。

 で、あれば手数を減らさせる他ない。


 <DAWN>には多種多様な状態異常が存在している。

 その中の一つ、部位欠損を狙う。

 部位欠損は特定の部位に一定のダメージを与えることで発動する。

 

 私のスキル構成は決して攻撃力の高いものではない。

 《変幻》と《換装》というスキルを中心に多種多様な武器を用いて戦うスタイルは、様々な相手に臨機応変に対応できる。

 ただしこれは、モンスターよりも耐久力の劣る対PK用に編み出した戦闘方法であり、火力は決して高くない。


 ゆえに、本来部位欠損を狙うのなら小さなダメージの蓄積で狙うべきなのだが、今回の場合はスリップダメージにより時間がかけられない。


「おじさん! ちょっと変わって!」


「あぁ!? いや、そういう事か手短に頼むぞ!」


 始めは戸惑うおじさんも、天使から距離を取って大剣に持ち替えた私を見て察した。


 おじさんは弓を短剣に持ち替え、飛来する炎の雨を掻い潜る。

 そして距離を取った私と天使の間に入り込む。


「《自動迎撃》」


 近距離武器装備時、自動で敵の近接攻撃を迎撃する防御スキル。

 だが、効果時間は発動からわずか10秒。


 いや、10秒もあれば十分だ。


「《変幻・重天斬》」

 大剣を上段に構えスキルを発動。

 このスキルは、上段に構えた時間が長いほどに威力が増加する。

 現在の私が出せる、最大威力の攻撃はこれだ。


 自動迎撃と炎の剣との激しい打ち合いが続く。

 スリップダメージによるHP減少はあるが、この減少量なら耐えられるはず……!


 だが、突如として剣撃は終わる。

 剣は投げ捨てられ中空に消えた。

 

「なにぃ!?」


 天使は、空いた2本の手を前に突き出す、展開されるのは巨大な魔法陣。


「おじさん逃げて!」


 甘かった、敵は馬鹿じゃない。

 近接攻撃が効かないと分かったとたんに魔法攻撃に切り替えた……!

 くそ、腕を切るにはまだ溜めが足りない……!

 このままでは、負ける。


「そのまま! そのまま貯め続けてください!」


「コイルさん!?」


 突如後方より聞こえるコイルさんの声。

 作戦と違う、魔法はどうする、様々な思考が入り乱れる。

 しかし、迷いは長くは続かない。

 興奮によるアドレナリンが脳の思考を加速させる。

 私はまだ戦いたい。

 即席ではあるがコイルさんはPTメンバー、だから彼を信じよう。


 魔法陣より現れるのは龍を象った巨大な炎。

 そして、その炎の前に大きな鞄を背負った小柄な少年が立ち、両手を突き出す。

 

「《マジックバリア》!」


 少年の前に展開されるのは七色に光る魔法の壁。

 炎の龍は壁を貫かんと叫びを上げながら猛進する。

 

 魔法同士の激突は視神経が焼けるかのような閃光と、吹き飛ばされんばかりの衝撃を伴う。


「今ですなつめさん!」


 未だ感じる視界の異常、だが仲間の声を信じる。


 スキル《縮地》を発動。

 天使との距離は瞬きの間に詰められる。


「どぉぉぉおりゃあぁぁぁぁあ!」


 私の渾身の一撃は天使の腕を切り飛ばした。



……



 はぁ……僕は何をしているんだろうか。

 ログインした時と同じ光景、光る苔の生えた洞窟の壁を茫然と見つめる。


 なつめ:2人でそっち飛びますねー


 メッセージ音の少し後、さきほど激しい共闘を行った2人が洞窟内に転移してくる。


「いやぁー燃えましたね!」


「2つの意味でな」


 結局、なつめさんが腕を切り落とした後、僕ら3人は天使討伐のために全力で戦った。

 そして善戦むなしく敗北。

 トドメは3人揃って炎の海で燃やされた。


「ていうかコイルさんは何してるんですかっ」


「そうだぜ、NPCが目的だったんだろ」


 2人の顔に浮かぶのは笑顔。


「いやぁ、お2人の戦いを見てたらつい……」


 本当に何してるんだろう。

 せっかくNPCに近づけるチャンスだったのに……。


「ま、入ってくれなきゃあそこで終わってたけどな」


「たしかに、あそこで入ってくれたおかげで腕を切り落とせましたよ! 超越者の腕を切った女ですよ私!」


「すごいんだか、微妙なんだかよくわかんねぇなそれ」


 後悔していないといえば嘘になるが、そういわれると悪い気はしない。

 

「そう言われれば参戦したかいもありますよ。

 正直、結構楽しかったです、あんなに本気で戦ったのは初めてかも」


 これは本音だ、楽しかった。

 今回はこれでいいさ、別にもうチャンスがないわけじゃないんだ、次がある。


「それに、NPCに会いに行くのは1人でもできますからね」


「えー、1人で行かないでくださいよ! また行きましょうコイルさん」


「そうだぜ、まぁ無理にとは言わねぇけどよ」


「いやいや、そこは無理にでも連れて来ましょうよ!」


「そこはコイルさんの意思を尊重してやれよ……。

 ま、とにかくフレンド飛ばすぜ」


 中空に開かれたウィンドウにはフレンド申請の文字。


「お2人とも……」


 この2人は、今までに会ったことのないタイプの人達だ。

 今まで、人の意見に肯くだけだった僕はPTプレイを楽しいと思ったことは無かった。

 でもこの2人となら、楽しめるかもしれない。


 許可ボタンに指をかける。


「僕は本来ソロなんです、だからお2人と遊ぶのはたまにですからね!」


 素直な気持ちは言葉にできなかった。

 しょうがないじゃないか。

 <DAWN>のソロプレイヤーは偏屈なんだから。


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