日本の会社は会議が多いと聞きましたが、そうなんですか?

ちびまるフォイ

読みにケーション

「それではみなさん。これから会議をはじめます」


会議室に集められた全員は手元の紙を見る。

まっしろだった。


「議長、本日の議題は?」


「それをこれから決めるんです」


「はい?」


「こうして全員顔を合わせることもないでしょう。

 だから、この機会を使って遠慮なくコミュニケーションしてください!」


「ええ……?」


私を含めて参加者は気まずそうな顔を見比べあった。

「なにか面白いことしてよ」と振られたときのお笑い芸人のリアクション。


すると、固まった空気を脱すべく、会社で一番の若手が手を上げた。


「よろしいでしょうか。僕は常々この会社のありかたについて

 リノベーションしたいと思っておりました。

 その理由といたしましては、PDCAサイクルを使ってフィードバックのーー」


私は彼の言葉をうんうんと頷きながら手元の紙にメモを取る。

そうしないと会議に呼ばれた観葉植物と同じだからだ。


メモ書きには「なんかめっちゃしゃべってる」とだけ何度も書かれた。


「……以上です。なにか意見は?」


「はい」

「どうぞ」


「会議の時間大幅に過ぎちゃってるんですけど……」


議長は時間を確認して「あっ」と声をもらした。


「えーーでは、今回の会議の結論といたしまして

 みんなこれからも頑張ろうということで!」


「「「 お、おおーー 」」」


これどこかで見たことあるなあと思ったら、

高校球児の選手宣誓だったことを思い出した。


デスクに戻ると後輩が気を使ってくれた。


「先輩、会議おつかれさまでした」


「もう疲れたよぉ~~。なんでうちの会社こんなに会議多いの?」


「それ後輩に聞きますか? あ、チョコどうぞ」

「ありがとう~~」


糖分を補給すると不満が薄らぐのがわかった。

私の感情というのはカカオでどうこうなるくらい安いものだった。


「そういえば、会社にご意見ボックスができたみたいですよ?」


「そうなの? 会議減らしてくださいって書いてみようかなぁ~~」


私はふざけ半分で会議で時間が取られている不満を投書した。

まさかそれが投書第一号として会社で晒されるとは思いもしなかった。


「ええーー、みなさん。昨日設置した意見箱に投書がありました。

 最初の投書は無駄な会議が多いということです!

 我々社員の第一解決すべきものはこれとします!!」


社長はよほど投書が嬉しかったのか紙を高く掲げた。


「あれ先輩の字ですよね」

「こっち見ないで……」


社長は熱く演説を続ける。


「私は考えた。なぜ会議が無駄だと感じるのか!

 それは会議の本来の目的である意見交流ができていないからだ!

 

 形式的なやりとり、メールで済む情報共有、時間のかかる名刺交換。

 アイデアを出す場にそんな堅苦しいことは不要だ!!」


その後も社長はいろいろ話していたが、

私は今日のお昼に何を食べるかで脳内が専有されていた。


今後の会議をどうするかを決める会議が終わると、

私はさっさとランチ支度を整えていた。


「おい、坂口。ランチか?」


「あ、部長。そうです、駅前に新しい店できたんです」


「俺も行く」

「え、女性向けの店ですよ?」


「お前らもいくよな?」

「応ッ」


店につくと部長と同僚でテーブルを囲むこととなった。

背広の男性は異物感がすさまじい。


「えーー、というわけでランチミーティングをはじめる」


「ミーティングって……ここでですか?」


「そうだ。会社の方針で会議を減らすことになった。

 会議室もなくなった。そこでランチを利用して会議をする」


「私、普通に食べたいんですけど……」


「ランチミーティングのほうが緊張がなくなって

 フランクに意見交流ができるだろう?」


「それ以前に食事の楽しみもなくなってます」


本当はパスタを頼みたかったが会議で話せるように軽食へと注文を変えた。

ランチを取ったはずなのに消化不良感が残る謎の状況。


それでも会議残業よりはまだマシかと自分を納得させた。


「はぁ~~! 今日の仕事おわりっ」


「坂口。ちょっといいか?」


「はい? なんでしょう」


「このあと飲み会ミーティングするぞ」

「え゛っ」


「露骨に嫌そうな顔するな。

 これもコミュニケーションのひとつだ」


「コミュニケーションって、

 お互いが話したいときにするものじゃないですかね……」


「ビジネスと日常会話を一緒にするな」


私は赤ちょうちんがぶら下がる居酒屋へと誘導された。


「それでは、会議をはじめまーーす! かんぱーーい!!」


「かんぱい……」


お酒も回って「飲み会議」は深夜まで及んだ。


「でわ! 本日の会議ら、これれ終わりとしまぁす!!

 結論として、これからも、みんられがんばろぉ~~!!」


飲み会議は一本締めで終わった。

今回の会議の結論もなぜかデジャブを感じた。


きっと私は時空の何度も行き来する能力があって

同じ日常を何度も繰り返しているとかなんだろう。


それから社内での会議は、社外へとシフトしていった。


ランチミーティングは毎日あるし、飲み会議も行われる。

休日は「ディナー会議」や「モーニング会議」「BBQ会議」「釣り会議」などが行われる。


「みなさん、本日のゴルフ会議へ参加ありがとう。

 実は大事なお知らせがあります」


ついに会議撤廃かと私は期待したが。


「先日の飲み会議で出たアイデアが商品化され

 非常に多くのリピートをいただいています!! 拍手!!」


酔った勢いで採用されたアイデアがまさかのヒット。

蝶の羽ばたき台風になる可能性だってあるという、カオス理論を勉強しようと思った。


「これも日頃の会議の成果です。

 人間、肩の力を抜いたときに真のアイデアが浮かぶのです。

 これからもどんどん会議して、いいものを作っていきましょう!!」


「おおーー!」


私だけ「ええ!?」と言ってしまったので、

このあと「お菓子会議」でめっちゃ怒られた。


たとえラッキーパンチだとしても、

会議の功績と信じた会社はますますアクセルを踏んだ。


「みなさん、それではトイレ会議をはじめます」


『なんでトイレ中にリモートで接続する必要があるんですか』


「トイレなら用を足したらすぐに出なくちゃいけない。

 つまり必要以上に時間をかけることなくまとまるんだよ」


『では本日の議題は、

 この会議のせいで外でトイレ待たされている

 トイレ難民を救うために早く終わらせましょう』


「いやそれよりも新商品の提案だ!」


いいアイデアはトイレで生まれる。

そんな言葉をどこかで聞いた気がする。


会議を終えると、飲み会議回避のために早退という強硬策を使う。


「それじゃあ、お先に~~……」


「坂口、帰りか?」


「そ、そうです。今日は早退しようかなって」


「家は?」

「え?」


「送っていく。移動会議するぞ」


私の家まで会議をしながら歩くことになった。

通勤会議や帰宅会議までもほぼ日常になってしまう。


家に還って鍵をしめると、やっと一安心。


「はぁ……もう会議が多すぎるよ……」


ベッドに倒れ込むとスマホが鳴った。


『坂口か?』


「ああ、部長……さっきぶりです」


『今は?』

「ベッドですけど」


『よし、パジャマ会議するぞ』


「女子か!!」


寝間着に着替えてのパジャマ会議。

お風呂に入るときにはスマホを外においてお風呂会議。


もはやどこまでが仕事なのかわからなくなっていった。



「もう会議なんてまっぴら!!

 たまにはひとりにしてーー!!!」



私が夜空に放った魂の叫びと同時に流れ星がきらめいた。

願いが叶ったのか、翌日の朝礼では社長が珍しい切り口で話しだした。


「みなさん、以前から会議削減を行っていましたが

 ラジオネーム坂口さんという一部の社員から

 ご意見が追加で投書されていました」


普段は昨日見たニュースの感想を言うだけの朝礼も今日はちがった。


「社外会議が多くなり、社員も非常にストレスを感じているとのことです。

 たしかに気を使う上司や同僚と四六時中会議の名目で一緒だと

 それは非常にストレスがかかることでしょう」


「社長……!」


私は社長の頭部から後光が差し込むように見えた。



「これ以降、社外での会議は禁止します」



わっと拍手が巻き起こった。

みんな本当は辛かったに違いない。


私も仕事奴隷から解放されたと思うと心が軽くなった。

すると、どこからか声が聞こえてきた。



"……聞こえるか、この声が聞こえるか……?"




"それでは、社外会議の代わりとして

 これからは脳内会議をはじめるぞ……"

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