Ep.IF ありえた幸福。乃ち空ろ。
私の夫は、幼馴染の死をずっと悼んでいる。
その夫は私を自動車事故からかばって、一年もの間、意識不明の重体だった。
その手には、幼馴染の遺した方位磁石が握られている。
夫曰く、私は幼馴染と似ているらしい。
いつも、幼馴染のことを話すと辛そうに、悲しそうに笑っていた。
そんな彼が、ようやく意識を取り戻したと思った。
そうしたら、顔を撫でて「愛している。今から君のもとに向かうよ。」と言って、立ち上がった。
そして、察した。
私を幼馴染と勘違いした。だからこそ、向かうよと。
止めてもそれを振り払い・・・柵を登って・・・
・・・屋上から落下した。
その下にはバラが栽培されていた……
足は折れて、腕もありえない方向へ曲がっていたけど、屋上から落ちたのに命に関わりそうな外傷はなかった。きっとバラのおかげだろう。だけど、その胸の動脈には方位磁石の針が深く刺さっており、それを今動かすと出血多量で死ぬかもしれない。そう判断した医師による、緊急のオペが始まった。幸い、下にガーデンがあったおかげで、出血以外はひどくないらしい。
私はオペ室の外からこう言い続けた。
「行っちゃダメ!お願い!いかないで!」
そう、オペ室の中に、彼に届くと信じて。
しばらく経って。
彼が川の前で船に乗らずにこちらに来る姿を幻視した。
ランプが消え医師が戻ってきた。
「無事に完了しました!一命はとりとめました!もう大丈夫です!」
あまりの嬉しさに涙が出た。
「ありがとうございます!」
その後彼は一週間で意識を取り戻し、
「私は・・・離婚していないんだな?君は私の妻だよな?」
と言った。
きっと壮絶な体験をしたのだろう。
彼を強く、強く抱きしめて
「私は・・・あなたの妻です・・・」
そう言った。
彼の胸に埋まっていた方位磁石の針は、彼の中に消えていったらしい。
不思議なことがあるものだ。
それでも、今いるこの幸せは・・・きっとあの方位磁石のおかげなのだろう。
そこに入っていた幼馴染が彼をきっと引き戻してくれたのだろう。
花瓶には青いバラが堂々と咲き誇っていた。
面影の中に『空』を見る 子月豕 @kobuta090225
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