幼女神は大統領に売られた

春槻航真

真っ白な世界

 私はずっとひとりぼっちだった。


 朝起きて、歯を磨いて、送られてくるご飯を食べる。


 真っ白の部屋にいつも1人。誰もいない。部屋の中にはベットとモニターと監視カメラしかない。おもちゃも何もない。


 とある大人の言葉を借りると、私は神だという。でも神って何なのだろう。わからないから、言葉は空虚になる。


 たまにモニターで、学校の授業を流してくれる。その時だけが、私の生きがい。でもそれも、もう食傷。今は1人でぼーっと過ごす。そんな日々。


 ご飯は三食配膳された。その時も、機械が自動で置いてくれるから人と接する機会などない。

 何の刺激もない生活。


 部屋の中を歩き回ることしか運動ができない毎日。


 両親がいるかどうかもわからない。


 私は何のために生きているのだろう。


 無菌培養された私を、監視カメラの向こうではどう思っているのだろう。


 このまま、ずっと、外に出れないのかな。


 私は誰?誰?だ……


 どおおおおおおおおおんんんんんんんんんん!!!!!!!


 鳴り響いた爆音は、防音のはずの私の施設まで轟いていた。人生で聞いたことのないような轟音に、思わず私は飛び起きてしまった。こんな些細なことすら、私にとっては幸せだったのだ。


 暫くして音は消えていった。何だ気のせいだったのか。そう思った矢先だった。更に大きな音が鳴り響いた。私は音のする方へ近づき、そして耳を当てた。微かな音すらも、私には娯楽だった。しかしそれが悪い方に出てしまった。


 3度目の爆撃で、部屋の壁が爆破された。初めて感じる煙臭い匂いが、私の鼻を襲った。そして何より、爆風によって数メートルほど吹っ飛ばされてしまった。


「えーこちらシエンタ。敬愛する弟ハリアよ。兄貴は大罪を犯した。贖罪したい」

「大丈夫兄さんは既に取り返しのつかない罪を重ねてますし」

「ダイナマイトの置き方ミスって商品傷つけても、許してくれるのか?おおなんて寛大な……」

「氷柱で串刺しになってくださいバカ兄貴」

「昆虫口に詰めんぞ馬鹿スカベイビィ」


 そんなやりとりをしつつ、シエンタと名乗った男は私の手をギュッと掴んだ。初めて人に握られた感覚。それは大きくて、少し汚れていて、暖かみがあった。


「良かった生きてる。傷もついてねえ」

「良かったです。これで大統領に食われないで済みますね」

「他人《ひと》をカニバリズムにすんじゃねーよって……よっと」


 シエンタは荒っぽい声をしていたが、見た目は金髪で切れ目な細身の少年だった。私をぐいっと抱っこすると、勢いよく部屋の外、そして太陽の下へ飛び出した。


 人生初の陽光は、想像よりも眩しかった。目を閉じそうになったけれど、閉じたくなかった。砂の匂いだろうか、乾いた空気が嗅覚を刺激した。


 初めて見た空、初めて見た地面、初めて見た世界……私はシエンタの首にギュッと捕まりながら、推定高度数十メートルから落下していた。かかった重力で周りが風一色になった。


「いたいたいたー!!!!!!」


 いきなり大声を出したシエンタは、そのまま銃を取り出し地面に向けて発砲した。ぱああんという破裂音が響いた。かと思ったら、私とシエンタは高度5メートルほどで一旦停止したのだ。


 落下が急に止まったのには訳がある。振り返るとビル群の隙間に一台の屋根無しバギーが止まっていたいた。そしてそこに向かって、今度はゆっくりと身体が下降していった。コンベアのように機械的に、だ。


 バギーにはシルクハットを被った童顔男が運転席に座っていた。シエンタとよく似ていたが、目が丸いのと髪が黒いのが主な違いだった。これが、電話口で語っていたハリアだろうか。


「問題なし、ですか?」

「そりゃ完璧だぜハリア。後は客人に届けるだけだ」


 そう言いつつ、シエンタはバギーの後部座席を陣取った。そして私は……タオルをかぶせられ、小さい箱の中に入れられた。


「すまんな幼女。しばらくここでじっとしてろ。箱には穴が空いてるが空気が薄くなったら言え。後飲食は自由だ。欲しけりゃなんでも申し出るんだな」

「誘拐……?」


 私はループしていた映像を思い出して、似ていたシチュエーションを導き出した。しかしながら、2人からは苦笑をもらってしまった。


「そうだな。ある意味誘拐だな」

「金のために人をさらってるんだから、正しく誘拐犯ですよ」


 今度は弟のハリアも一緒になって笑っていた。運転席に座っていたから、声の響きが少し遠く感じた。


 ぶるるるるるると猛々しくエンジン音が響いた。私はわずかな景色を見ることしかできない箱の中で、じっとしていた。その後、今度は運転席側へ重力がかかった。どうやらバギーが出発したらしい。


「さあ嬢ちゃん。たった1時間の小旅行だ気を抜かずに行こうや」

「小旅行笑笑」

「あの……貴方達は?」


 私の質問に、シエンタは簡潔な答えを示した。


「ただの運び屋さ」

 そうかっこつけた瞬間に、銃声が鳴り響いた。どうやら街中に出たようで、警察らしい人たちから相当追われていた。後ろから止まれだろ、返せだの、死刑にしてやるだの口汚い言葉が聞こえてきた。私は蹲って、銃の音が聞こえなくなるまでじっとしていたのだった。これまでと違い外は物騒だ。







「レディ♪お目覚めになられます?」


 数十分ほど経っただろうか。私はじっと1人で息を潜めていたが、この言葉を聞いてようやく顔を出した。


「あーガチで起きたの?別に寝ててもいいっちゃいいけど、とりあえず敵は撒いたから」


 にこやかに話しかけるシエンタは、右腕の太腿から血が出ていた。運転席に座るハリアは、帽子に数個穴が開いていた。


「商品は怪我してないですか?」

「ほんとお前は傷物にならないかしか興味がないな」

「プロフェッショナルと言ってください」


 どうやら私を引き渡す時怪我をしていたらと思い、それを嫌がっているようだった。


「私は……どこに行くの?」

「さあ、どこだろうね」


 くくっとシエンタは笑った。


「嫌味じゃないんですよ。本当に知らないんですよ」

「隣のウォルクス共和国に届けてくれって願いがクソ大統領から来てな。それでお前を攫ったんだ」


 なるほど、私は売られるのか。


「そもそもさ、なんであのクソジジイがこんな幼女に執着してるのかすら知らねえんだけど。ハリアは知ってる?」

「知らないですねえ」

「そもそもこいつ誰?」

「知らないですねえ」

「何も知らねえのな」

「うるさいですね……貴方もでしょ?」


 ハリアは心底馬鹿にした顔で応対していた。


「それじゃあ、囚われの姫」


 後シエンタはいい加減私の言い方を一つに纏めて欲しかった。レディなのか姫なのか幼女なのか……


「自分の身の上について聞かせてもらえる?どこ住み?血液型は?今日はどうやってここに?」

「最後は攫ったからでしょ?ってかそれ兄ちゃんがいつも呼んでいるホテヘルに聞いてる事でしょ?」

「ホテ……ヘル?」


 授業映像には出てこなかった単語だ。私は思わず聞き返してしまった。


「知らなくていいってか、ハリア!!お前年端もいかねえ女の前でなんて事言ってんだよ!!」

「別にいいでしょ?すぐに別れるその辺の幼女なんですから。因みにホテヘルってのは……」

「あーもう!!お前マジそういうところ直した方が良いって!!俺達はクールでラブリーな運び屋兄弟で名が売れてんだよ!!イメージダウン必至だっての」

「何がクールでラブリーですかスチューピッドでフーリッシュですよね」


 知らない言葉の羅列。一から説明して欲しかった。そんな事運び屋に求める方がおかしいのだろうが。


「つうか、まずは俺らの話をしないとダメじゃ?」

「確かにそうだね。コミュニケーションの基本だね。なってないなあ兄さんは」

「てめーもだろ!!ったく、俺の名はシエンタ。シエンタワーゲンルーク。こいつは弟のハリアワーゲンルーク。どっちもゼネラル王国出身の運び屋よ」


 私は首を傾げた。


「ゼネラル王国がわかんねえのか?お前がいたところだぞ?」

「ゼネラルの1番大きな塔のてっぺんに居たんだよねー。もしかして、物心ついた頃から隔離されてたとか?」


 私はうんと頷いた。ハリアは恐らくその顔をバックミラーで見たのだろう。


「あー適当言ったんですけどねえ」

「当たっちまったな」


 おかしな事、なんだろうな。薄々勘付いてはいたものの、そう露骨に驚かれたならこちらも少し悲しくなった。


「名前はなんていうんだ?」


 私は首を振った。名前なんて、聞いたこともない。


「おいおいネームレスとか、スラブ街でもそんなやつ滅多に……」


 でも一度だけ、呼ばれた称号がある。それが自分の正しい名前なのかは知らないけれど、名前を何も言わないと困ってしまうかもしれない。私はそう思って、その言葉をぶつけた。


「でもこう言われたことがある。神だって」


 一瞬静まり返った車内。しかしその直後、シエンタもハリアも大笑いし始めた。笑いで地面が鳴動したのかと間違えるくらいの笑いっぷりだった。


「神!?!?あの神!?!?本当ですか!?!?」

「いやあこの幼女さん冗談きついぜ全く!!神とかいるわけねえじゃん」


 と、ここでシエンタは私がはてなマークを浮かべていたのに気付いたようだった。


「まあ、何も知らない神様の為に説明しておくか。50年前だっけか?人間は神と戦争をして、これまで黄泉の国から人間界まで支配していた神の統治範囲を黄泉の国のみに追いやった」

「もうちょっと大人になったら詳しく学びますよ」

「神ってのは中々不届きな奴らで、人間を食いもんにしてたって話だ。でもそれも、昔の話。今はそんな奴らも消えて……まあ、神が統治してた時以上に荒れてるけどな」


 車はどんどんと進んで、前方に街が見え始めた。あれが言っていた、ウォルクス共和国なのだろうか。


「今人間界は5つの国に分かれて戦争しまくっている。その国がウォルクス共和国であり、ゼネラル王国ってわけ。今は人対人の闘い、神なんて人間界に居ないんだってこと」

「何かの比喩なのかもしれないけどね、まさか本物の神なんてあり得ないですし……」


 そう言いつつブレーキを踏むハリア。前方には年老いた爺さんが杖をついて立っていた。


「それじゃあよ、神とやら。あの爺さんが依頼主だ。何されるから知らねえけど、頑張って生きろよ」


 そう言いつつ、シエンタの瞳には心配の色が濃く出ていた。そして私の頭を撫でた。優しい手つきだった。


「うちもよ、両親は気づいたら死んじまって、俺とあいつで泥水啜って生きてきた。その結果が、金さえ払えば何でもする運び屋ってわけ。まあそんな、孤独の先輩として一つ言えるのは……」


 近くで見ると、大統領という男が本当に醜く見えた。


「困った時こそ自分の腹の底に聞いてみろ。そしたら大概、やりたいことが見えてくる」


 この時ばかりはハリアも茶化さずに黙々と車を止めた。


「それじゃあ、達者で生きろよ神を名乗る幼女」


 シエンタは私をまた抱っこして、大統領の前で丁寧に下ろした。


「流石じゃな!!お主らに頼んでよかったわい!!戦争で取り戻すにはちと血が流れすぎるからの」

「そりゃどーも。んじゃこれで」

 そしてシエンタとハリア、2人して軽く手を振った。名残惜しかった。


「ついに……遂に手に入れたぞ……」


 腹の底に聞いてみることにした。これからどうするべきか。


「これで世界は……儂のものになったも同ぜ……」


 返ってきた答えに従い、私は丸呑みした。何をって?大統領をだ。そのまま口、やがて胃を使ってぐちゃぐちゃに消化した。それをどうやら、シエンタとハリアも見ていたようだ。


「なあ兄さん……あれ……」

「じじい丸呑みしたぞ!?マジかよ……」

「どういうこと……?どういう原理でああなるんですか?」

「俺も知らねえよ……カニバってる幼女とか聞いたことねえし。しかも丸呑み」


 まだ車に乗っていなかったことが嬉しくて、私はつい振り返って微笑んでしまった。口からは血がちろりと流れていた。


「もしかして……」

「ガチの神、とか?」


 ハリアは一瞬でエンジンを入れた。シエンタも速攻でバギーに乗り込んだ。それを見ていたから、私はすっと車へ近づき乗り込んだ。


「こいつ……瞬間移動でもしやがったのか……」

「シエンタさん、ハリアさん」


 私は腹の底で聞いて、そして決断した。


「もう少しだけ、一緒に旅をして良いですか?」


 何故か2人とも心底嫌そうな顔をしていたけれど、私は彼らについていくことを決めたのだった。こうしてこの日をもって、運び屋兄弟には人間を食いものにする神様が同伴し始めたのだった。


 めでたし、めでたし?

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