第3話 女は怖い?
三話目も開いてくださってありがとうございます。
是非楽しんで言っていただければと思います。
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雲すらない澄み切った空は、とても清々しい。
指でなぞればツルン、と滑ってしまいそうだ。
眼前には、群がるように人だかりができている。
その場所は町に住まう人達にとって憩いの広場だった。
町の中央にあるその場所を、住民は親しみを込めて「中央広場」と呼んでいる。
綺麗な円を描く様に広がる、その場所の周りは、“なんでも揃う商店街〟となっていた。
家々の軒先には、様々な物が陳列台や陳列棚に、所狭しと並んでいる。
野菜や魚といった食品、羊皮紙やペン、包丁などの文房具と生活雑貨、家具なんて物もあった。
簡素な武器や防具も陳列されている。
なんでも揃うといっても、一般市民レベルの話だ。
しかし、この街に住む人々にとっては、なくてはならない商店街だ。
なにせジャハレーで買い物ができる店は、中央広場に集中していて、他にはないからである。
今日も威勢の良いおじさんが、手を叩きながら大声でお客さんを呼び込んでいた。
「よう! 婆さん……ノルムも買い物かい? 野菜も魚も今日は安いよ‼」
「今日は買い物じゃないんだ、ごめんよ」
隣では穏やかそうな笑顔のおばさんが、店に訪れた人と話している。
町一番の美女と噂される花屋のべラ姉さんを口説こうと、若い男たちは花屋に押し寄せていた。
「ベラさん‼ どんな花が今日のおすすめですか?」
「そうねぇ……ローゼとかいかがかしら?
ピンクのローゼがとてもきれいなの‼今日一番のおすすめよ」
「確かに美しい‼ 一輪いただけませんか?」
「ありがとうございます、5ミルになります」
男性は、ありえない程ビシッと決めた服のポケットから、財布を取り出し小銭をベラ姉さんに渡した。
「ふふ、いい買い物しちゃったな。でも、これが似合うのは僕じゃない。ローゼが霞んで見える程に美しいあなただ。だから…はい。僕からのプレゼントです」
クッさ‼
よく、あんな歯が浮きそうなセリフが言えるな!
しかもベラ姉さん営業スマイルのままだし……。
あの男はアウトオブ眼中と言うことか……。
かわいそうに……。
子供たちの、楽しそうな声も聞こえてくる。
リュンゴという赤い果実をかじりながら、広場を闊歩していた。
今日も一日――平和だと、声に出したいくらいの風景だ。
広場の中心を見れば、大小様々な花の彫刻を、これ見よがしに施した噴水が設置されている。
少し高い位置にある噴水口。
そこからはシャー、シャーと、美しい音色を奏ながら
水が勢いよく飛んでいて、石の池へと降り注いでいた。
まるで青空に扇を描いているようだ。
池を作り出している石の囲い、そこにも模様が彫られていて、どことなく風流さを感じさせる。
豪華さには欠ける噴水だが、道行く旅人も振り返り、見事な物だと感心するのが常だった。
それがここ、セントラル噴水広場だ。
立派な名称ではあるのだが、少し長い名称なので、そう呼ばれることは少ない。
なんとも残念な話である。
そんな穏やかな憩いの広場に、なんとも似つかわしくない声が響きわたっている。
その声は、掌で顔を覆いながら泣き崩れる声であったり、両手を天に広げて発する雄叫びであったり、友人と手を取り合い、その思いを分かち合う声もあったりと、様々な様相を呈していた。
はたから見れば考えられないような光景だ。
ここ〝ジャハレー〟ではこの様な騒ぎが月に一回必ず起こっている。
毎月1の日に王都ティアレスから、数多くの御触れが張り出されるからだ。
この国の色々なできごとを記した、ニュースリーフ。
それが配布され、チラシが宙を舞う。
その中には誰もが愕然とし、うなだれ、ヘナヘナと心折れるものもあれば、ワナワナと震えだし、ニンマりしながら鼻息が荒くなるようなのもある。
人々の喜怒哀楽が入り混じり、商店街の賑やかさと相まって、やかましいとさえ感じる。
まったく、この日だけはうるせぇッ‼ と叫びたいよ。
あ――叫んだら俺もやかましいの仲間入りか……。
「ノルムちゃん、イザリーのお触れあったわよぉ」
「あ! 本当だ! 今年はフロイライン将官が主催か⁉」
王宮直属の女隊長が主催のバトルフェス……。
その参加者を募集する御触れが張り出されている。
それが原因なのは間違いないだろう。
フロイライン将官と言えば、最近若くして将官へと選出された女性だ。
老若男女問わず、誰もが振り向く美しい外見。
その外見とは裏腹に、凍てつくような眼光。
効率を優先し、どんな些細なミスも許さない、きっちりとした性格。
闘技場では、赤子の手をひねるくらい簡単に勝利を収めてしまう。
超一流の冒険者を相手に……だ。
他人に厳しく、自分にはとことん厳しい、そんな人らしい。
その性格と外見、そして闘技場での成績が相まって、いたるところから噂が聞こえてくる。
そんじょそこらの武器では傷一つ付けられない、鋼鉄鎧大蜘蛛(アーマースパイダー)の外殻をデコピン一発で破壊したとか、
風よりも早く動けるといわれる、疾走魔狼(ウインドウルフ)よりも速く走ったとか、
鉄をも砕く超怪力の鉄砕大熊(パワードグリズリー)を片手で押し倒した等々
嘘のような、信じられない話ばかりだ。
まさに冷酷不思議美少女(クール&ミステリービューティー)。
「俺がフロイラインと結婚する男だ――――――‼」
どっかの酔っぱらいの奇声が聞こえる。
――なんとも命知らずな発言だ。
確かに絶世の美女らしいから、気持ちがわからなくもないが、あんな噂がある女性と結婚?
命が幾つ有っても足らなそうだ。
きっちりしているのは本当の話らしいので、
家事、炊事でのちょっとしたミスが許されない、そんな地獄の様な生活が待っているのは想像するに難くない。
それにフロイライン将官がいるのは大都会だ、
ジャハレーの男たちに靡くとは、どうしても思えない。
そんな事を考えながら、その大都会に思いを馳せる。
メルガンティア王国の中心地、王都・ティアレス。
美しき水の都とも呼ばれ、観光地としても有名だ。
ティアレスでは毎年この時期になると、王国直属の部隊長が、バトルフェス〝イザリー〟を開く。
イザリーは、王都に住まう人々はもちろんのこと、
その支配下にある23の街や集落に住まう人々にとっても大事な年間行事だ。
主催する隊長によって、ルールが変わるのも人気の一つだろう。
実力が左右される一対一の決闘ルールだったり、
魔物をかき集めて、倒した数と種族によってポイントが加算されていく、そんなルールだったりする。
今回のイザリーは、効率優先のフロイライン将官らしく、実力は勿論のこと、各々の戦術や状況判断能力が問われる、バトルロワイアルでのルールだった。
天を仰ぎながら夢見心地で考えていると、
「ノルムちゃんは確か――イザリーに出るために、お稽古頑張っていたのよねぇ?」
パララ婆さんの言葉で現実に引き戻されてしまった、それでも元気よく返事をしようとしたのだが、
「ダメダメッ、ノルムは剣の才能も平凡中の平凡なんだから‼」
いつの間にやら隣に立っていた髭もじゃの中年が、丸々とした腹をたたきながら、話の腰を折るように割って入ってきた。
大音量の濁声が耳に不快感を与えてくる。
足首辺りを袋にしたダボダボのズボンが、今にも地面につきそうである。
地下足袋は泥にまみれ、汗でびっしょり濡れた白いシャツは、大人の腐った匂いがしそうだ。
彼はバスクおじさん。
嫌味ばっかり言うわりに目がぱっちりとした優しい顔つきのクソジ……コホン‼
「別にいいだろ! 平凡でも! この祭りはどんな人でも参加出来るんだから!」
言い返してみたものの、真ん丸な顔には意地の悪いニヤニヤ笑いが浮かんでいる。
「16歳以上っていう条件があるけどな!」
「ちゃんと16歳になってからの参加なんだから文句はないはずだ‼」
「おーおー! お前さん16になったんか‼ まーだ8歳のガキだと思ってたわ‼ ガ――ハハハハハ‼」
「このクソジジイ……⁉」
言葉を続けようとしたのだが、とある女性が風に流された金色の髪を軽く整えながら、カツッ、カツッ、と美しく響く音と共に、ゆったりとした微笑みで近づいてくるのが見えた。
淡い春の空をイメージさせる服が、フルリフルリと男達を誘惑しているかのようだ。
実際に男どもはかわるがわる挨拶をしている。
澄み切ったアメジストを想像させる瞳と、しわの一つもない純白の笑顔にノックアウトされて、顔じゅうから湯気が立ち上りそうな勢いで、だらしないヘラヘラ顔を見せている。
一通り挨拶をすませた瞳は、思っていることを見透かすように直視してきていた。
その視線にあてられて背中にゾクリとした悪寒が走る。
その瞳の持ち主は、母親のイリア=ジャルダンだ。
困っている人に、損得関係なく手を差し伸べる女性で、ある意味最強……。
この街では結構有名な話で、俺の父親が唯一勝てないと断定した人物だ。
実の息子でも母さんは美人だと思えるが、天使の笑顔の内側にいる悪魔を知っていたならば、結婚したいなどとは愚の骨頂だろう。
よく父さんは結婚したな……。
母さんといい、フロイライン将官といい、女は怖い……。
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よろしくお願いいたします。
シェルノグリア 雪月花・寛 @hiro0303
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