第2話 故郷
開いて頂いた事に感謝いたします。
楽しんでもらえたら幸いでございます。
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一通りの回想を巡らし、胸に手を置いて深い深呼吸をしてみる。
願掛けでもあり、落ち着こうとする行為に他ならない。
詩集に目を移し、自分が好きな詩に思いを置いてみる。
「道」という詩だ、作者がどんな人なのか、何処で書かれ、誰に送ったのかは分からない。
それでも、なんとなく気に入っているのだ。
本の事を考えていると自然と熱が冷める。
本が好きだからだろう、平常に戻るまでの時間は、そんなにかからなかった。
そろそろ広場に向かおう……。
必要最小限の物しかない、そんな自室を名残惜しそうに見渡す。
フワフワの寝床と勉強する場所、それと本棚が寂しそうに佇んでいる。
昨晩、しっかりと準備した旅の荷物。
それだけが、そぞろ神に取りつかれ、ソワソワと期待に満ちていた。
まるで、早く旅に出たいと輝きを放っているようにも見える。
物心ついた時から、もしかするとその前から世話になっている、自分だけの部屋。
苦しい時も、悲しい時も、嬉しい時だって、この部屋はずっと見守ってくれていのだ。
――ありがとう。
ドアノブに手を掛けながら、感謝の心を発してみる。
友人との別れでもないのに、とても侘しい心持ちだった。
おかしなものだと思いつつ、世話になったその場所に、お礼の言葉くらいは伝えたかったのだ。
またあとで戻って来るよ……。
ゆっくりしている時間はないだろうけどね……。
…………。
そりゃ、何も言わないよな。
当たり前のことだが返事は返って来なかった。
古ぼけた扉の年輪は、シミと同化していて見分けがつかない、まるで模様のように浮かび上がっている。
音も出ないほどゆっくりノブを回す。
ギィ――――…………。
その音だけが、別れを惜しんでいるかのように、寂しそうに泣いていた。
リビングにも誰一人いなかった。
暖炉は灰色の粉をそのままにして、静かに眠っている。
熟成したワイン色のソファーは、哀愁を漂わしていた。
父さんと勇者ごっこをした時の傷が、白くはっきりと残っている。
家族四人で囲んだテーブルも薄寂しい。
でも一つだけ、テカテカと光沢を放つ物がある。
毛皮のカーペットだ、この場所には似つかわしくない。まるで一人遊びを楽しんでいるようだ。
その異色を横目に、玄関扉の前で「いってきます……。」と小声で独り言を漏らし、ベルの音を残して外に出る。
チカチカした明るみが、街壁の向こうから、加速度を上げて広がりだしていた。
少し眩しいな……と片手でひさしを作ってみる。
ひさしを避けながら爽やかな朝風が、少し肩を落としていた肌を元気づけるように、コショコショくすぐってくれている。
通り過ぎていく風に感謝しながら、見えない背中を送る。その目が自宅をしっかりと捉えた。
幼いころから慣れ親しんだ家。
その様相が急に、それも鮮明に醸し出される。
引っ越していくのだから、余計にそう見えるのだろう。
二階建ての木造りで、石作りが主なこの街では、とても珍しい建物だ。
玄関の周りには、プランターがいくつも置いてあって、色とりどりの花がひかえめに咲いている。
玄関ドアも、様々な色合いの濁りガラスと、木材を組み合わせた素敵な扉だ。
チリィン、チリィンと物柔らかな音色が流れ、客人を出迎える、そして送るのだ。
当然、家族にもそうしてくれていた。
雨戸、窓ガラス、網戸なんかは当たり前に完備されている。
壁には石レンガを断熱材として、外壁と内壁とで挟んでいるらしい、夏は涼しく、冬は暖かいのだと、話で聞いていた。
屋根は湾曲していない真直ぐな瓦で作られ、夕日に焼かれたような、鮮やかな赤色で塗られている。
所謂(いわゆる)ストレート瓦だ。
とても軽い建材で、安価なのが最大のメリットと言われている。
職人にとっても施工しやすいのだが、頑丈さには欠けることが欠点らしい。
「また割っちまった‼」と、剣を振り回していた父さんの声が懐かしい。
何も屋根の上でやらなくてもいいのでは?
母と二人で再三言い続けてきたのだが、その都度、
「まぁ~まぁ~、良いじゃねぇか、屋根の上は平行感覚を鍛えるのにちょうどいいんだからよ!」
と言い放つのが恒例で、母さんは修理費を捻出するために、いつも家計簿とにらめっこをしていた。
自分のこだわりが詰まった家だ、何としても直したかったんだろう。
毎回毎回じゃ、流石に家計も火の車だったろうに……。
母さんと違って父さんは場所にこだわったらしい、だからなのか何なのかわからないが、家が壊れてもヒョウヒョウとしていた。
いまさらながら母さんがかわいそうだ……。
どうやら父さんがわがままを言って、北門の目と鼻の先で、家を建てることにしたらしい。
ここからなら王都に向かうのにも、父さんの狩場……
もとい、修行場に行くのにも利便性が良い、というのが理由だったようだ。
母さんは広場の近くがいい、と言っていたらしい。
買い物がとてもしやすい場所だからだ。
父さんはおかまいなしに、無理やり押し通してここに家を建てたのだった。
「ノルムちゃん、おはよう」
しわがれてはいるが、まだまだ現役、とでも言っていそうな、やんわりとした元気な声が、背後から聞こえる。
隣向かいに住んでいるパララ婆さんだ。
幼いころから遊んでもらったり、食事を作ってもらったりと、何かと世話を焼いてくれる優しい老婆だ。
とても早くに旦那さんを亡くしたらしく、子供も授からなかったそうだ。
今でも亡き夫を愛しているのだろう、左手の薬指はキラリと光っていた。
「おはようございます、パララ婆さん」
杖をコツコツいわせながら、こちらに向かってくる老婆の姿は、まだ肌寒いと見える。
桃の花を敷き詰めた色合いのストールを肩に引っかけ、森林を思わせる厚手の服が動きに合わせてユラユラしていた。
肌から湧き出てくる匂いはとても古臭いのだが、嫌な臭いではなく優しくどこか懐かしい、落ち葉が焼ける匂いをかもし出している。
「今年もいよいよイザリーの季節だねぇ」
「はい……いよいよですね」
「そうかい……ならまず広場にいくんだろぅ?
これから広場に向かうけど一緒に行くかぇ?」
にこやかに言った老婆の言葉に素直に頷いた、ちょうど広場に行こうとしていたのだから断る理由もない。
石畳を敷き詰めた道は、まだ人の通りが少ない。
パララ婆さんと共だって、チラチラと辺りを見渡しながらゆっくりと歩く。
「ノルムちゃん、しっかり目に焼き付けておくんだよ、
簡単には帰って来られないかもしれないからねぇ」
パララ婆さんがうつむき加減にそう言った、気持ちを汲んでくれたのであろうことは、すぐにわかった。
ありがとうを込めてニコリと微笑み、食い入るように町の景色に視線を戻す。
周りには、石を四角く切り出して、それを積み上げた頑丈な家が立ち並んでいる、もちろん屋根も石作りだ。
ところどころ空いた穴には、雨戸の役割も果たす木戸が両脇についている。
その穴の前には木工の台が付き出していて、鉢植えの花や観葉植物が風に吹かれ、スッキリした香りを振りまいていた。
二階の小窓からは、道を挟んで家と家とをロープで繋いである。おばさんが滑車をカラカラと回しては洗濯物を干していた。
洗濯物は、お祭りで飾るロープ旗のようになびき、日の光にてらされて、とても気持ちよさそうだ。
その下を歩く人々も次第に数を増してきている、広場が近い証拠でもあった。
はやる気持ちを抑えつつも、杖を突いてゆっくり歩く老婆に寄り添いながら歩く。
カツン、トン、トンのリズムが少しもどかしかった。
しかし一人でスタスタと歩いて行けるほど、非情にはなれない、血のせいもあるのだろうけど……。
そんな自分を褒めつつ、道の先を垣間見れば、広場はもう目の前にせまっていた。
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ここまで読んで頂きありがとうございます。
動き出すのが遅く、読むのが大変だろうと思います。
できますればレビューを書いていただけると助かります。
よろしくお願いいたします。
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