第4話

 目を覚ますと、楓は地獄にいました。

 何故すぐに地獄ってわかったかって?  それは楓が想像した通りの地獄だったからです。それなりの広さの部屋でしたが、壁はよく見ると骸骨を並べて作ってあり、どことなく赤茶けていました。焼けるように熱く、室外と思しき場所から溶岩の流れるような音がしました。

 ふと部屋の奥に閻魔大王が使ってそうな机と椅子が置かれていましたが、空席でした。おそらく閻魔大王がこれから来て自分を裁くのだな、と察しました。

 しかし、楓も人形の身で地獄に落ちるとは思っていませんでした。人と認められたのか、それとも地獄も信仰と言う名の観測から生まれる場所なので、機械人形と相性がいいということでしょか。

 何はともあれ裁かれるのを待ちましたが、閻魔大王はなかなか現れません。

 しびれを切らして、いらいらとし始めたころ、頭の中に声が響きました。

「何をやっている? 席につかないと始めらないぞ」

 その声は楓に天罰を下した神様でした。

 楓は意味が分からず首をかしげていると、さらに声が響きました。

「お前は罰として地獄で働かなければならない。だから罪人を裁く仕事についてもらう」

 楓は、それは罰なのだろうかと思いつつも、確かに経験のない高度で責任のある仕事を、突然無理やりやらされるというのは、ある意味罰かもしれないとと納得しました。席に座った瞬間、扉から一人の鬼が現れました。

 どうやら一人目の罪人のようです。

 楓は周りを見回しましたが、特に補助をしてくれる者などはいないようで、自分で話を進めないといけないようでした。

「では罪人。お前は何の罪でこの場所にいる?」

 鬼は怯えるように楓の顔を見た後、ぽつりぽつりと語り始めました。


「わ、わかりました。私は餓鬼界に住まう鬼なのですが、ある日のこと人間界へと繋がっている穴を見つけたのです。その穴をくぐると、人里から少し離れた山の中へにいるのに気が付きました。私は餓鬼故常に飢えています。ですから、村に忍び込み、食料を奪って飢えをしのぎました。餓鬼界だと食物は燃えてしまいますが、どうやら人間界だと飢えを満たすことが出来るようです。しかし腹の満腹感は感じられるのですが、どうも別の場所が飢えているように感じました。私は小財餓鬼と言って、膿や血や糞尿や屍などの不浄なものだけを食べることが出来たのですが、人間界での食事はとても美しい物ばかりでした。きっと自分は美しい物を求めているときがつき、村人にそれを持ってこいと要求したのです。しかし人間は中々運んできませんでした。そんなある日、私が餓鬼界から抜け出したことに気が付いた鬼がいたようです。あっけなく見つかり、こうして更なる裁きを受ける身となったのです」

 なんと、この鬼は杉と楓が作られることになった原因のようでした。楓は自分が何かせずに問題が解決されていたことに、無情を感じました。そして村人を苦しめた鬼が自分より下の立場となったことに奇妙なものを感じていました。

 楓はふと考えます。このままこの鬼に罰を与えていいのだろうかと。

 考えましたが答えは出ませんでした。

「保留! 鬼はこの場に留まること!」

 楓の宣言に、鬼は奇妙な顔をしました。罰が先送りにされたことへの不安でしょうか。それでも鬼は恭しく頭を下げて、部屋の隅へ移動しました。

 次の罪人が部屋に入ってきます。それは一人の老人のようでした。

 楓が罪を尋ねると、老人は咳ばらいをして、少し考えてから話し始めました。

「僕は実を言うとからくり人形でした」

「奇遇だな。私もだよ」

「そうですか。ただ地獄に落ちたということへの心当たりはないことはないんですが、どれが悪かったのかは自分でもはっきりしていません。僕は最も美しい存在となるべく作られました。しかし途中で、ある人間と愛し合い、そのまま幸せに暮らしました。人形の身で人間と愛し合ってしまったからいけなかったのでしょうか?」

 どうやら、この老人は杉のようです。それに気が付いた楓は少し考えてから言いました。

「役割を途中で投げ出したから罰としてここにいるんじゃないのか?」

「投げ出してはいません。僕は最も美しい存在と言う者の答えは見つけています」

「ほう」と楓は驚きました。「ではその答えとはなんだ?」

「最も美しい存在、それは愛ですよ。人にとっての美しさ……否人以外に関してもそうですが、美しさと言うものは主観的に違うものです。ならばそれを決めるのはそれぞれの愛だと気が付きました」

「なるほど。言い分は納得できるな。それを鬼の元へ伝えに行ったのか?」

「いいえ、僕は最も美しい存在になりましたがそれは結婚相手にとってだけでありました。それに加えて、僕にとって最も美しい存在とは結婚相手と我が子のことでした。ですから鬼にとってそれを証明することは出来ません」

「なるほど」

 楓は頷きましたが、部屋の隅で鬼が呟きました。

「愛……愛か……そうかもしれないな。結局のところ私は愛に飢えた餓鬼だったのかもしれない……そして永遠にそれは手に入れることが出来ない」

 楓はまた考えました。

 美しさが愛と言うのなら、楓はもう愛を必要としなくなったのです。

 ならば、そこでようやく気が付きました。必要がないからと言って、愛を持つのは駄目だというわけではないのです。美しくあってもいいということです。

 それでも結論は出ませんでした。

「保留!」

 同じように杉は部屋の隅へ移動しました。

 三人目の罪人が部屋に入ってきました。同じように罪を告白させます。

「私はからくり人形を作っていました。最も美しい人形を作ろうと苦心していたのですが、その作った人形が悪さをし始めました。人形の罪は製作者の罪。そういうわけで、今この場にいるのだと察せられます」

 どうやら、杉と楓を作ったからくり師のようです。

 楓は目を瞑って言いました。

「それで、その作った人形を愛していたか?」

「そうですね……」

 からく師は考えこみました。溶岩の流れる音だけが、部屋に響きました。からくり師の汗が、滴るのが見えました。

 やがて頭を振り、ぽつりぽつりと語り始めました。

「自分の作ったものを愛しているか……その疑問に答えるのは単純です。もちろん愛していますとも。それを疑問に思ったことはあまりありません。しかし疑うということは大事なので、今は考えました。考えた結果答えは同じです。私は創ったものを愛しています。ただ攻める気持ちはあったのです。私は私の罪も認めています。しかし父が子を注意ように、もっとうまくやれなかったのかと人形たち気持ちが責める気持ちがありました。ですが愛する気持ちには変わりません。たとえ何も成し遂げずとも、何か成し遂げても。結局のところ、私にそんなことを言う資格はないのかもしれません。それでも、私のこの気持ちは本物でした」

 その言い分は人間基準では酷く無責任な言葉のようでしたが、人形基準ではとても救われる言葉でした。

 楓は鬼のほうを見ます。

 楓達はこの鬼のために生まれました。

 この鬼のために美しくなろうとしました。それが必要なくなったということは、あれほど望んでいた役割の開放と言っていいでしょう。今罪人の裁きをやっているのはいいのかと言われそうですが、それは罰としてです。

 つまり楓はもう「美しくなくてもいい」と言うことです。

 楓は今この時より自由意志を手に入れたことを自覚しました。

 ならばここで何をすべきが。自分の意志でどう言った裁きをするべきか。


「まず鬼の罰から決める。私は鬼の父と母になろう」


 呟いた瞬間、鬼と杉とからくり師が疑問の表情を浮かべながら同時に、楓の顔を見ました。

「私は最も美しくなることを辞めはしない。愛が美しさだというのなら、この鬼に愛を注ごう」

 お言葉ですが、と鬼は言い返しました。

「具体的には何をするというのです。いきなりそんなことを言われても困ります」

「一緒に旅をしようか。地獄を巡り、ともに罰を受ける」

「それが罰というのならば受けましょう。しかし、本当にそれだけですか? 愛の押しつけは美しくありません」

「だからこそ、共に見つけるのだ。最も美しいものと言うものを、真実の愛と言うものを。結局のところ、最も美しい物とはそれを探求するためにある。死んだりした程度で美しい物を探す辞める必要なんてない、場所が地獄に同じことだ」

 鬼は少し考えました。

「確かに……確かにそうかもしれませんね。私はこれまでたくさんの罪を重ねてきました。だからこそ美しいものを探す資格などもうないと。しかし、そう言ってくださるのなら……それが救いなのかもしれません」

「そうだ。罪人も、死人も、人形も、悪神も、餓鬼も美しいものを探す権利はあるんだ。さあ探しに行こう。最も美しいものを」

 こうして罪人を裁く職務を、からくり師と杉に任せ、楓と鬼は美しいものを探す旅に出ました。ある時は地獄を巡り、針山の上の景色に見とれたりもしました。ある時は人間界への道を開き、また現世で探す旅にも出ました。ある時は宇宙に出て、星の裏側の美し知りました。ある時は時間を越える旅に出て、原初生物の奇妙さを知りました。旅をするにつれて、二人の絆は強固となり、義親子の契りをかわすこととなりました。

 旅の先でようやく最も美しい存在を見つけることが出来ます。

 それはやはり愛のことでした。

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美しい人形 五三六P・二四三・渡 @doubutugawa

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