第3話

 次に楓の話をしましょう。

 楓は旅に出てまずは知識を得るために、都に潜り込みました。そして貴族や学識僧の顔を彫って成り代わり、貴重な文書を手に入れの知識を次々と頭の中に入れていきました。

 どうやらからくり師は楓には善悪の設定を特殊な基準でしていたようです。目的の為なら手段を択ばない、それが楓の行動方針でした。

 そんな楓の活動も長くは続きませんでした。天罰だと言わんばかり、不幸に見舞われます。巨大な嵐が襲い、楓は川に流されてしまったのです。

 楓は必至でもがきました。目的を達成できなくて壊れるというのは、からくり人形といえど、人の死と同じ恐怖に匹敵するものでした。荒れ狂う川の流れの中、頭の中の歯車は絶望を奏でるばかりでした。

 何度も死を覚悟し、せめて他のからくり人形が目的を達成してくれることを願いました。


 数日後、楓は意識を回復します。木製の古ぼけた建物の中にいるようで、埃のにおいが臭覚器官を刺激しました。すでに体は乾いており、動かすと関節部分がきしむ音がしました。

 ふと楓は頭を上げると、壁に一枚の絵が張られているのを見つけました。

「美しい……」

 楓は思わずつぶやきました。

 書かれているのは、神話の神様のようでした。羽衣のようなものをまとっており、顔はのっぺりとているのにもかかわらず神々しさを携えていました。

 楓はその神様の名前は知りませんでした。しかし、その絵から醸し出される美しさだけはわかりました。

 ふと、あたりを見回します。もしかしたら助けてくれた人がいるのではないかと思いましたが、どうやら近くには誰もいないようでした。ふと外からこの建物を見ると、山の中で廃墟となった神社であることがわかりました。

 可能性としては、楓を助けたはいいが、体を見て人形だと気が付いたので、この場所に捨ててその場を去った、といったところでしょうか。もしかしたらかつて人形供養をしていた場所なのかもしれません。

 状況を理解した後、楓は絵の前で座りこみました。

 楓は考えました。この絵の美しさを自分の物にできないかと。

 美しいと言ってもこれはあくまで絵です。同じような顔を掘っても、平べったいのっぺりとした姿になるだけです。何と絵の元となった姿を想像しようとしましたが、簡略化された美しさ故うまくいきません。

 何日も何日も考えました。雨漏りがして体が濡れようと、隙間風が吹きすさぼうと、穴の開いた屋根から太陽の日照りが降り注ごうと考えました。

 ある日、楓の頭上に雷が落ちました。故障の一歩手前まで来て、楓は結論に至ります。それはまさに天啓と呼んで差し支えないでしょう。

「そうだ。私が神になればいいんだ」

 楓は焦げた頭をこすりながら立ち上がりました。

「そうだ! そうだよ! 最も美しい者とは神のことなんだよ! 考えてみれば当たり前のことじゃないか! だから私が神になればいいんだ!」

 その後の楓の行動は速かったです。まず初めに楓は自分のことを分解し始めました。

 旅に出た二体のからくり人形には、自分の姿を彫って変えることが出来ます。しかしそれは自身を壊してしまわない程度に能力を制限されていました。どうやら楓は雷によってその制限が外れたようです。都で得た知識と合わせて楓は次々と、自分の体のことを理解していきます。腹を裂き首を外し、指を取り外し、目をえぐりました。複雑に絡み合い、手がないのにどうやって分解しているのか、頭までばらばらになったのに、どうやって考えているのか、そんなことすらわからなくなりつつも、一心不乱に自分を理解しようとしました。

 三日三晩解析し、ようやく楓は元の形に戻りました。

 自分の手を開いて閉じ、呟きました。

「とりあえず、お父様は越えたかな」

 楓はまず神社の外の木々を切り倒し始めました。次にそれを原料に、自分と同じようなからくりを作り始めました。

 まずは一体。

 美しさは探求すれど、自分自身を美しくするのは二の次、とした設定をつけ、色々と役に立つように体が大きく手先が器用なように作りました。

 楓は見上げながら命令を出します。

「うむ、では同じようにからくりを量産してくれ。お前のことは壱と呼ぼう」

「了解しました。我が主」

 楓たちは次々とからくり人形を作っていき、一つの教団を作りました。教徒は教団がまるで昔からあったかのようにふるまい、次々と信者を増やしていきました。

 教団の目的はは美神である名無しの神を信仰することです。

 その神はもっとも美しいので、形で表現することが出来ません。教団が納める文書意外に、美しさを表現する文章を記すことも禁じられています。偶像崇拝は全面禁止でした。

 これこそかが楓のたどり着いた、『最も美しい存在』です。

 杉が考えたのと同じように、美とは人に見られることにより発生します。ですから結局のところ、美の最上級など想像にも存在しなく、ならば想像以上の存在になればいいと楓は考えたのでした。

 多数のからくりを自由に扱える教団は、手品のようなもので奇跡を再現し、貯まった資産で貧しいものを救い、着実に信者を増やしていきました。しかし裏では邪魔な人間に成り代わり、工作しあくどいこともやっていきました。快く思わない他宗教の団体や、大名とも争うことにななりました。しかし文字通り木のように生えてくる教団の兵の数に敵はなすすべもありません。数年後、楓は国の半分を征服しました。

 もはや楓の教団は、一つの国のようになっていました。

 楓は確信しました。「これは勝ったな」と。

 国全体を征服してしまえば、あとは民の頭に「最も美しい神」を認識させれば目的は達成です。少し時間はかかりましたが、無理難題と言える鬼の命令を解くことに成功したのです。楓は人のように高笑いをしてみました。

 

  ある日のこと、楓と壱は宴をしていました。国の征服までにはまだ少し時間がかかりそうでした。激戦に挟まれたつかの間の休息と言う時間ともいいましょうか。月の光が屋敷の隙間から入り込んでいました。彼らの手汚れていましたが、それなのに和やかな雰囲気が流れていました。

「ふと思うんだが」

 楓は徳利に注いだ美酒を掲げて壱に問いかけるように言いました。楓は美しい酒について知るために味覚を持ち合わせているのです。

「私を崇める教徒たちの半数はからくり人形だが、いつも死にゆく時、『あなたの役に立てて幸せです』と言って壊れていく。もちろん私がそう設定したのだが、自分で役に立つことを幸福と感じるよう設定して、死に際に思っていることを言わせるのは中々悪趣味ではないだろうか。今更と言われればそうだが、私もまたからくりと生きる身。死にゆく時にそのようなことは口にはしたくないものよ」

 壱は大きな体に乗った顔を振りました。

「そうでもありませんよ。それはからくりに限ったことではなく、人もまた同じ。教育と言う名の設定により、他人の役に立つことを良しと思うことを『美徳』とする。と言うと言い方は悪いかもしれませんが、そうやって善意を巡り廻らすことによって人ろいう種が生きながらえてきたと思えば、そう悪いものではあるますまい」

「種が生きながらえるに必要なのは、悪意ではなく善意だと。ふん。私が作ったと思えないくらい綺麗なことを言うじゃないか。……所詮自己犠牲を尊いものと信じる心というものは、とどのつまり他人が身を挺して自分の役に立つことを期待するための感情よ」

「その考えは露悪にすぎますぞ」

 楓は表に一切姿を出さずに、壱を通して教徒への指示を出しています。つまり、楓の姿は壱だけが知っていることで、多大な信頼を寄せているということでした。

 楓は普段はあまり無駄なことを話さないのですが、今日はいつになく饒舌でした。美酒により口がなめらかになっているのか、勝利を確信しての油断か。


――残念なことに、まっとうな手段ではない神を目指した者はどのような物語でも大抵同じようなものです。終わりは何の脈絡もなく突然訪れました。


 壱が帰った後、突如落雷がまたも楓の頭上に落ちました。

 前回とは違って、全身が燃え上がり、内部機関に修理不可能なほどの損傷が出ました。意識をかろうじで保ちながらも現状を確認しようとします。

 屋敷の床に穴をあけ、煙の中から人影が現れました。世の物とは思えないほどの美さ……美は極めたと思っていた楓でさえも息をのみます。

「私がだれかわかるか」

 女性にも男性にも見え、古風な服装をまとっており、羽衣を背負っています。

 楓にとって忘れようはずもない御方でした。

 目を瞑って頷きます。

「ええ、もちろん。とても尊敬してますよ。あなたは私の目標ですから」

「何故会話できているかわかるか?」

「そうですね……おそらく神と言う存在は人間の信仰という観測によって成り立っている。そして同じように人間の観測によって自我があるという認識をされている私が神を目指すことによって、同じ視点に立てた……という所ですかね」

「そう思いたいならそう思うがよい。ではなぜここに来たのかわかるか?」

 楓は焦げた頭を振ります。

「天罰ですか……?」

「そうだとも」

 楓の目の機関の機能が失われました。美しい姿を見られなくて楓は残念に思いました。ただそれでも美しい声は聞こえました。

「そうですか。残念ですね」

「随分と冷静だな」

「機械人形には行動理由が必要。それに疑問を持った時点で存在理由を失い、怠惰と言う形で表面に現れているのかもしれませんね」

「……お前の村に巣食うという言う鬼の難問。私が行けば解決できるやもしれんが」

「はは、お優しい神様だ。ならばあなたに謁見できたということで、私のしたことも無意味には終わらないというわけだ」

「お前の為ではない。お前の犠牲になった中にも罪のない人間がいた。その人間らのためだ」

「そうですか」

 楓の耳に気が焼け爆ぜる音が響きました。臭覚器官が煤の臭いを吸い込みました。

 しばらく考えた後、出ているのか出ていないのかわからない声で楓は言いました。

「……村の人たちには悪いけどそれはやめてくださいな」

「そうかわかった」

 そういうと、神々しい声はその場からなくなりました。

 自分が燃える音だけが、まだ聴覚器官が作動していることの証明となりました。

 楓はふと自分の存在理由とは何だったのだろうと考えます。雷が落ちた時から自分がおかしくなったのではないかと薄々気が付いていました。結局のところ空周りで、多くの人を殺めました。

 今の現状を村の物が見たらどう思うのでしょうか。罵られるのか、燃やされるのか。

 最初の旅で、楓は何の役にも立たない人が死んでいくのを見ました。彼らの人生をどうにかして肯定しようかと思い、たどり着いたのは「人の人生とはその本人の物なので何の役に立たない人生があってもいい」というものでした。

と言いたくないのは結局のところ言えないのではないかという思いが大きかったのかもしれません。

「主様! 御無事ですか!」

 壱が慌てて駆け寄ってきました。

 無事に見えるか、と言おうとしましたが、うまくいきませんでした。

 楓は壱に背負われて、場所を移します。夜風を感じたことにより、外に出たのだとわかりました。やがて聴覚器官も損なわれ、何も聞こえなくなりました。

 ずっと、上下に揺れて気分が悪かったので、壱を叱ろうと思いましたが無理でした。

 次の瞬間、地面に倒れこむ感覚が体を襲いました。転んだだけだと思ってまた抱きかかえられるのを待っていましたが、変化は訪れませんでした。

 そこで自分の火が壱に燃え移ったことに気が付きました。だから役に立つことばかり考えて生きるのは嫌なんだ、まさか「あなたのために役に立てて幸せです」なんて言ってないだろうな、と呟きながら、楓は燃え尽きました。

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