第2話

 旅に出た二体はそれぞれ「杉」「楓」と名付けられました。

 これは使われた材料にちなんでつけられた名前であって、どちらが優れているとかではありません。二体が皆それぞれ別の方法で、美しさを求めました。

 まずは杉の動向から見ていきましょう。

 杉は思いました。

「結局のところ僕たちは他者の観測によって自我があるように見せかけているに過ぎない。美しさと言うのも同じく他者による評価によって決められるもの。それらは違う用で共通点もあるだろう。やはり僕は他者からの美しいという評価をもらうために旅をしよう」

 杉は踊り子になることにしました。旅の途中複数人から美しい人のことを聞いては、その地に向かい顔を合わせていきました。

 顔を組み合わせ、他者の評価により自身の姿を固めていきます。

 ある時は、大衆が感じる美こそ真の美であると考え、自分の価値観を大衆の平均になる様に合わせました。

 またある時は、大衆的でなくとも美的感性の鋭い者の感じる美こそ真の美だと考え、そういった感性に近づけようと努力していきました。

 ある程度の美しさが固まったら、杉は手ごろな旅芸人の一座に加わり、国中を回りました。杉の美しさはあちらこちらで噂になり、まず活動資金には困らなくなりました。

「僕より美しい人を知っているなら、ぜひ教えてくださいね」

 踊りが終わった後、杉は必ずそう言い、客たちはそれを面白がって、やれ西の武家の娘さんが美人だ、いやいやいや東の漁師の倅に美しい男がいた。とはやし立てました。

 その時杉は一座の中でも重要な立ち位置にいたので、その噂に合わせて旅をし、次々と美しさを形としていきました。

 次第に杉は身分の高い家のも呼ばれるようになり、活動範囲がより広くなっていきます。嫁や婿や養子に欲しいといった声も多くあり、杉は『最も美しい存在』に確実に近づいている実感がありました。

 そんなある日旅芸人の仲間の男が声を掛けます。

「なあ、お前には沢山の人が求婚をしているが、誰かを選ぶということはしないのか?」

 男は杉より後に旅芸人の仲間に入った三味線引きでした。

 彼は杉がからくり人形であることは知りませんでした。目があまりよくないでの、日々顔が変わっていることもわかりません。

「いや、身を落ち着けると目的を達成するのに不便だからね。誰かを選ぶということは当分ないだろう」

 それを聞いて男は安心したようながっかりしたような顔をしました。

「そうか……なら頼みを聞いてほしいんだが」

「なにかな? 君には一座でもとても役に立っているから、頼みがあるならできる限りのことをしてあげるよ」

 男は深呼吸をします。そして地面に頭をこすりつけました。

「俺と一生一緒になってくれ!」

「ええ!?」

「俺はお前に惚れとる! だから嫁になってほしい!」

 杉は戸惑うと同時に、こういうこともあるかと納得もしていました。

 杉は自身の美しさを自覚しています。仲間に愛の告白をされたことは一度ではありません。そのたびにやんわりと断り、その後も何とか気まずくならないように取り計らってきました。

 それはそうと杉には性別はありませんが、男にはどちらだと言っていたかなと考え、どちらでもいいと思いなおしました。

 男はあまりにも大きな声で言ったので、旅の仲間あなんだなんだと集まってきました。

 杉は何か言おうと思いましたが、それより先に男は立ち上がりました。

「いや、いいんだ……わかってる。お前さんみたいな別嬪が俺なんかに靡くはずがねえ。だが伝えて納得したかったんだ。身勝手だと思う。すまなかった」

 そういうと晴れ晴れとした顔をして、その場を後にしました。

 事態を察したほかの仲間たちは、彼を慰めたり、自分もそうだったと、腕を組んで共感したりしていました。

 彼の背中を見て杉は鼓動部分の歯車が大きくきしむのを感じました。

 自身の気持ちを客観視するために自己解析を行います。

 美しいというのを感じるには感情が必要なはずです。ならば杉にも感情は備わっているはずで、杉には心が備わっている、もしくは目的のためには心が必要である、ということになります。ならば、杉が人を好きになることもあり得ると。

 ならばその美的感覚によって備わった「彼のことが好きだ」と言う感情は必要かどうか考えると、一見不必要には見えます。しかしながら、杉は常に目的にために最善の行動をしてきました。ならば彼のことを好きになるのにも、必要なことだったのではないでしょうか?

 疑問形なのには、人間の心の複雑さが理由にあります。人の心と言うものは、自分自身でも理解できないということが多く、そうした性質を真似るために杉もまた、自分自身をすべて理解できているわけではありません。

 それでも杉は自分の機能を信頼しており、彼のことを好きになったのは間違いではないと、理解しました。

 そこまで考えて杉は、男の後を追いかけて一生一緒にいようという約束を取り付けました。

 男は泡を吹いて倒れそうになり、仲間たちはどんちゃん騒ぎで三日三晩の宴で祝福しました。

 男と杉は結婚し、子供を五人ほど産み、仲睦まじくすごしましたとさ。

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