美しい人形

五三六P・二四三・渡

第1話

 昔々ある所に、鬼が住んでいました。鬼は山の上で暮らしており、時折ふもとの村で暴れては、食べ物を盗んで人々を困らせていました。

 村人達は武器を手に取り、抵抗しましたが、強大な力を持った鬼にはかないません。

 村の土地は国から与えられたものなので、住む場所を移すことも容易ではありませんでした。上に悩みを打ち明けても取り合ってはもらえませんでした。

 そんなある日、鬼たちは村の人たちに言います。

「この村で一番美しい者を連れてこい。そうすれば悪さをするのはやめてやる」

 ある村人は、どうせ言う通りにしてもどちらにしても暴れられるのではないか、と言い、要求をのむことに反対しました。

 しかし村長は言いました。

「これは、わしが子供のころ爺さんから聞いた話で、そしてその爺さんは爺さんの婆さんから聞いたと言っていた話じゃが、そのころ同じ鬼に悩まされていたそうな。そんなある日同じように鬼が要求してきたんだと。『十年分の食料を供物としてささげたなら、盗む頻度は減らしてやろう』とな。村たちは何とかそれだけの食料をかき集め、なんとか鬼に渡すことが出来たそうじゃ。その後鬼は約束通り、襲撃の回数を減らしてくれたと聞いておる」

 何分何百年も昔の話のようなので、信じないものもいましたが、村長は信頼されている人物なので、その後の多数決により、鬼の要求を呑むという方向になりました。

 ではまず初めに、集まった者達が知っている人の中で、最も美しい者の推薦を行いました。

 一番初めに火消をやっている男が発言しました。

「そりゃあ、うちの娘だろうよ。あいつ以上の別嬪は見たことがねえ。しかし俺はうちの娘を鬼なんかには渡しはしねえ! どうしてもするってうのなら、村とだって戦うぞ!」

  啖呵を切る男に、「お前の娘さんは可愛いかもしれないが、癖の強いかわいさだ」と数人でなだめることになりました。

 次に野菜売りが、その次に倉庫番が美しい者の推薦を行いましたが、満場一致とはいきませんでした。

 あーだ、こーだと、様々な人物が話題には上がるのですがどうも決定とはいきません。

「そもそも最も美しい者と言っていたが対象は男なのか女なのか?」

「いやまて、そもそも人なのか?」

「その美しい者と言うのは鬼から見た美しさでいいのか? それとも人間基準でいいのか?」

「そもそも鬼は美しい者をどうするつもりだ。夫か妻にするのか? それとも大きな口で食べてしまうつもりか?」

「そもそも期限は何時までだ」

 話し合いは混乱を極め、会議は何日にも上りました。

 こうも毎日『美しい者』について語り合いすぎて、皆『美しい』とは一体何だろうという、根本の問題に突き当たりました。来る日も来る日も『美しい』と言うことについて考え、皆仕事に手が付かなくなりました。

 そこでこれではいけない、と村長は考え、それについてのある解決策を出しました。


「美しいことについて考えるのはやめようか。鬼対策も大事じゃが、仕事に手が付かなくなっては、本末転倒じゃろう。そこで」

 そう言いながら村長はある一人の男を紹介しました。

「からくり師をやっています」

 村人たちは怪訝な目でその男を見ました。優男と言った風貌で、とても頼りになるとは思えません。また、からくり師がこの話し合いについて何の役に立つのか、と口々に言いました。

「えー、皆さまの言い分はごもっともです。しかし最も美しいものという探求はからくり師……否、人形を作る者にとっての一生の課題でして、ある意味専門家と言えるわけです」

「なんだと」と一人が言いました。「まさか、最も美しい人形を作って鬼に捧げると言うんじゃないだろうな」

「そのまさかですよ」

 このからくり師の言葉に、話し合いは真っ二つに分かれました。

 反対側の意見としては、そんなことをして鬼の機嫌を損ねたらどうするのか、というもので、賛成意見としては、やはいり村人を人身御供とするのは心忍びなく、人形で満足してもらうというのは妙案である、というものでした。

 あまり長い間この話題で話し合っては、また仕事に害が出るということで、一晩で決めるということになり、夜明けごろに多数決を取って賛成ということで可決されました。

 数か月後、からくり師は二体のからくり人形を作ってきました。

 村人たちはそれを見て困惑したような顔をしています。

 それもそのはずです。その人形にはのっぺらぼうのように顔がなかったからです。

「わかったぞ!」と一人が言いました。「これは無の美しさを表しているのだな。美しというと大抵、様々な花をあしらった雅な飾りや、豪華な宝石を思い浮かべてしまう。しかしそれは結局のところ美を盛ったことにすぎず、美そのものではない。美とは無駄なものを省いたたもののことであり、究極的に言えば、無こそが最も美しいということになる。この顔のない人形はそう言った美しさを表しているのだな!」

 自信満々に言い放ちましたが、からくり師は「ちがいます」と首を振り、言った者は顔を赤くしました。

 からくり師は咳ばらいをしました。

「いえ、今言ったこともある意味間違いであるとは言えません。しかしそれを正解と断言することは、私にはできません。いえ、おそらく、きっと我々には結論は出すことが出来ないでしょう。ならば我々ではなく他の存在に考えてもらえばいい。そうして作ったのがこのからくりです。このからくりの頭には極限にまで小さく作った歯車が絡み合っています。そのその無数の歯車が何億通りもの動きを見せ、あたかも人が物事を考えているように見せることが出来るのです。そうです! いわばこのからくりは考えるからくりなのです! そして」

 からくり師はいったん言葉を切り、手を叩きました。するとからくりの一つが彫刻刀を取り出し自身の顔を掘り始めました。木で出来ているとはいえ、人の形をしている者が、自分の顔を削り始めたので、村人たちはど肝を抜かれ、固唾をのんでそれを見つめていました。

 一刻ほどたち、顔が完成に近づいいたところで、村人の一人が叫びました。

「やや! 反物職人の倅の顔じゃないか!」

 その顔に見覚えのある村人たちは騒ぎ出しました。

 からくりの顔には、美しい少年の顔が彫られたのです。

 体の部分は武骨な球体人形のようでしたが、それでも裸に見えるので村人たちはつい目をそらしました。

 からくり師は得意げに語ります。

「このからくりは自分で美しいと思った顔と体を判断し、同じ顔を掘ることが出来るのです。また自分で判断し造形を合わせ、『最も美しい者』を常に目指し続けることが出来るのです。我々はずっと考えることは出来ない。だからこそこの二体のからくりに旅に出てもらい、最も美しい存在になってもらうことにしましょう」

 村人たちはそこにきて『最も美しい者』を作り出すことに恐ろしさを抱きました。これは神の禁忌に振れることなのではないか。酷く罰当たりなことをしているのではないか。

 しかし恐ろしいからこそ、惹かれるものがあり、静まり返った屋敷の中に、唾を飲み込む音が響きました。皆何か言うのを恐れていましたが、まず一人が手を叩いて賛同の意を示し、そしてそれに続くように拍手が鳴り響きました。

 こうして二体のからくりは最も美しい存在となるべく旅に出たのでした。

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