第3話⑧ 初めての大ゲンカ

『そんな“シリメツレツ”なんて難しい日本語、わかんないもんっ! わたし、ハチャメチャなことなんて全然言ってないもんっ!』


 駄々っ子のように電話の向こうで叫ぶエリス。


「えっと、エリス……いくらなんでもそれはちょっと、さ……」


 俺は今、初めてイラっとした。してしまった。

 エリスに対して。彼女に出会ってから初めて。


 てか意味わかってるじゃねえか。

 そんな投げやりな台詞が口を突きかける。


 しかし、ここは我慢しないと。やっと、彼女の声を聞けたんだ。

 それにエリスは今日……いや、ずっと苦しいものを抱え続けてきたんだ。いままで溜め込んでいたものが、火山のように吹き出しているんだ。俺がカッとなってはいけない。冷静にならなければ。


「……ごめん。癇に障ったのなら謝るよ」


 そう言い聞かせたはずなのに。


『……また、そうやってすぐあやまるんだ』

「……え」


『日本の人って、自分が悪くなくてもすぐあやまるよね。悠斗は特にそう。わたしが勝手に怒って、たくさんワガママ言ってるだけなのに。悠斗だって、ホントは自分が悪いなんて全然思ってないんでしょ? わたしのごきげん取ろうとしてるだけなんでしょ?』

「……なんだって」


 初めて、彼女相手に低い声が出た。淀んだ、泥で濁ったような薄汚い感情を抱いた。


『「俺が悪いんだ―」って自分を責めてれば悠斗は満足なんだよね? ……カッコわるいよ」


 そして、その彼女のあまりの身勝手な言葉に、プチっと俺の中の何かが切れた。


「……だったら言わせてもらうけどな」

『ふーん……やっとその気になったんだ。なに? 言ってみてよ』


 ……何かって言うのは当然、堪忍袋の緒だけど。


「今の……いや、最近のエリス、すっげーめんどくさい。ていうかぶっちゃけウザい」


 ついに、言ってしまった。


「最初は外国の人らしく何でもはっきり主張してて、理路整然としてて……周りと違う自分も受け入れてて……格好いいなって思ってけど、最近はそうでもない。正直、今は桐生どころか真岡よりめんどくさい奴だって思ってる」

『……そこでほかの女の子と比べるんだ。サイテー。あと外国人とか今は関係ないじゃん』

「だってしょうがないだろ? さっきからバカだのカッコ悪いだのサイテーだの連呼してきてさ。このくらい言いたくもなるだろ。それに……」

『それに……なに?』


「『言ってくれなきゃわからないよ』って、ずっとそう主張してたの、エリスじゃないか。なのに、今のエリスは理由も根拠もなくただ察してよ!って感情的にわめくだけでさ。言っとくけど、それ日本の男が一番嫌がる女子だからな?」

『……へえー。ふだんは大切なことをしゃべらないくせに、肝心な時だけ、しかも女の子にだけしっかりワケを求めるんだ。勝手だよね』

「別に、最初からそういう性格なら俺だってここまで言わない。でもエリスはそうじゃなかったじゃないか。エリスこそ、いいとこ取りはずるいじゃんか」


『……なにそれ』

「……なんだよ」


 互いに柄のない刀を握り締めて、刃を振り上げて、振り下ろして、突き刺して、傷を負わせ合う。相手だけじゃなく自分の手さえ血を滲ませて。


 痛かった。身を切り刻まれるほどに。俺は今まで生きてきて、こんなことをした経験がないから。悪意を持ってまで、自分の気持ちを相手にぶつけたことなどなかったから。

 ……好意を抱いている相手から、本気の感情を向けられたことなどなかったから。


 でも、一度流れ出した言葉は濁流のように溢れてきて、堰を切ったように止まってはくれない。


「エリスはいつも、俺が自分を卑下すると『なんで!』って怒るけどさ。しょうがないじゃんか。俺だってメンタルは鋼じゃないんだ。他人に……特に女子に拒絶されたら傷つくんだ。泣きたくなるんだ。自分に価値なんてない、って盾を……言い訳を準備しておかなきゃ耐えられないんだよ」

『だったら、だったらさあ……!』


 その先は言わせなかった。


「勝手に期待して、勝手に失望すんな。エリスに……俺の何がわかるってんだよ」


 ――――ああ。


『……エリスに弱いところ、見せてやれよ。ワガママ…言ってやれよ。ケンカ……してやれよ。きっとエリスは、それを待ってる』


 情けねえ。

 真岡の言った通りになっちまった。

 フィクションではお決まりの、クソダサ台詞をぶつけちまった。最低すぎる台詞を。

 それも、よりにもよって、彼女に。


 今度こそ完全に嫌われた。終わった。もう彼女に声をかける資格なんてなくなってしまった。

 そのはずなのに――――――。


「……でもさ。おかしいよな」

『………』


「それでも、俺、そんなエリスがいいよ。めんどさくても、押しつけがましくても。嫌われても、愛想尽かされても。……どこにいるんだよ。顔、見せてくれよ……」


 俺は、エリスに会いたかった。


『…………悠斗のばか。ホント……ばか』

「……うん。知ってる。俺の事だから』


 最高にダサくてかっこ悪い、でも俺の告白同然の台詞を聞いた彼女は。


『……だけど。待ってる』

「……うん」


『迎えにきて。わたしを――――』


 俺は携帯をポケットにしまい、再び走り出した。

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陰キャな俺が外国人の金髪美少女をスクールカーストから救う話 新森洋助 @no1playerw

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