第3話⑦ めんどくさい女の子?
真岡たちに背中を押され、走り出した俺。
しかし、それもほんのわずかのことだった。
祭りのメイン会場であるグラウンドの真ん中まで出るなり、あっという間に歩調が遅くなり、足が止まってしまう。辺りを見回すべく首だけは動かしてはいるが、身体は硬直してしまっていた。
(……今さら彼女になんて言えばいいんだよ。何を話したらいいんだよ)
真岡はああやって励ましてくれたが、弱い俺の心は相変わらずのままだった。
(だってエリス、俺のこと「大嫌い」って言ったじゃないか。逃げていったじゃないか)
俺はこれまでの人生で、友達だろうと知り合いだろうと……そして幼なじみだろうと、一度でも避けられるようになってしまった人間を、自分からまた追いかけたことがない。
距離が広がりかけている相手に、「また仲良くしよう」と自分から言えたことがない。
送ったLINEの返信が来なくなった相手に、もう一度だけと自分から再度連絡を入れたことがない。
ひょっとしたら、待っていれば、また向こうから声をかけてくれるかもしれない――――――
そんな生産性のない、ヘタレな淡い期待をして。
そして、交流を遮断した相手から、実際に声をかけられることは一度だってなかった。メッセージが飛んでくることもなかった。
ああ、だから俺の行動は間違いじゃなかったんだ、向こうは俺のことなど気にも留めない存在だったんだ、と言い聞かせ、正当化してきた。俺は傷ついてなんかない、と強がってきた。嫌われた、気持ち悪いと思われた、と思い込めば自分の傷は浅くて済むから。
……そうやって、いつしか桐生とも疎遠になっていた。
……でも。
それでも。
今回だけは、あと一度だけ。
足が動かないなら、電話だ。
恐怖で震える足を叩いて必死に自分を鼓舞し、俺はスマホをタップしてエリスの番号を呼び出す。
なぜ彼女にコールできたのか、自分でもわからない。
必死に背中を押してくれた真岡と桐生の気持ちを裏切りたくない、という義務感ゆえだろうか。
エリスの悲しい拒絶に、ほんのわずかでもその言葉と裏腹な想いを感じ取れたからだろうか。
……それとも、どんなに嫌われたとしても、俺がエリスの声を聞きたかったからだろうか。会いたかったからだろうか。そのくらい、俺の彼女への気持ちが強くなっているからだろうか。
コール音が耳元で流れ出す。
1コール。出ない。
2コール。出ない。
3コール。出ない。
4コール。出ない。
5コール。出ない。
……ああ、やっぱり出てくれない。
これ以上は迷惑だ。やめとけ。結論は出たじゃないか。エリスは俺を無視してる。拒絶してる。
6コール。出ない。
7コール。出ない。
ほら、やっぱり出ないって。おまえにしては頑張ったじゃないか。クラスメートの女子相手に5コール以上も待つなんて。普段なら、他人への電話なんて3コールで「あ、出なかった」と切るだろうが。そしてホッとしてるだろうが。
8コール。出ない。
9コール。出ない。
おい、いい加減にしろよ俺。エリスみたいな性格も容姿もSランクの女子が、おまえなんかに追いかけられて嬉しいわけないだろ。嫌がっている女子にエンドレスコールなんてストーカーで捕まるぞ。身の程を弁えろよ。
……なのに。
「……聞きたいよ。エリスの声。あと一回だけでいいから。怒ってる声でも、冷たい声でもいいから」
そんな俺の、わりとガチで引かれそうな気色悪い発言が届いたのかはわからないが。
10コール目でプッと受電した音が聞こえた。
「エリス!? エリスかっ!? 今どこに……!」
俺は無我夢中で声をかけていた。しかし、何も聞こえない。無言を貫いているのか、切電と間違えて通話を押してしまっただけなのか。
「エリス!? 聞こえてるか!? エリスっ!?」
それでも、俺は声をかけ続ける。とにかく彼女の声が聞きたかった。あの鈴の音のような綺麗なソプラノボイスで、また『悠斗』と呼んでほしかった。
そのとき、通話口の向こうで「すぅ……」と息を吸い込むような音が聞こえた。
……よかった。少なくとも意志を持って通話ボタンを押してはくれたようだ。
「……よかった、エリス。お願いだ、声だけでも聞かせて―――――」
そして、そうやって俺がまた彼女に呼びかけようとした時だった。
『柏崎悠斗のバカーーーーーツ!!!』
ぶつん。
ツーツー。
「……え?」
×××
ツーツー。
電話が切れたことを示す無機質な電子音だけが俺の鼓膜に響く。
俺は混乱していた。
え? えっ? 今の声、エリス? ホントに? あの駄々っ子みたいな知性の欠片のない罵倒が?
俺はスマホの画面を見つめる。確かにエリスの番号だ。
しかし、日頃の穏やかで優しい彼女のイメージと、そしてさっきの今にも泣きだしそうな悲しい表情と乖離しすぎていて、うまく情報が脳内で結びついてくれない。
「いや、違うな。むしろ……」
きっと、あれが俺に対するエリスの本心なのだ。ずっと抱えていたものが表面化した。きっとそうだ。
だとしたら、俺はもう―――――――
俺は踵を返そうとした。もう、今度こそ、エリスとの縁も切れる。そう覚悟を決めた時だった。
俺のスマホが再び鳴った。その相手は。
「エリス!?」
どうしたんだ。さっき、俺に思い切りバカって叫んだばかりじゃないか。もう愛想尽かしたって宣言したじゃないか。俺のことなんて大嫌いって言ったじゃないか。
……今さら何の用だっていうんだよ。
出てやるもんか、これ以上傷つきたくない、と心の防衛機能が拒否反応を示していた。……なのに、俺は5コールを超えたあたりで通話ボタンをタップしていた。
……どんだけだよ、俺。
「もしも――――」
『出るの遅いよっ! バカッ!』
また罵倒された。
『なんでもう一回かけてこないの!? 悠斗、さっき、わたしの声聞かせてって言ったばっかりじゃん! ウソだったんだ!?』
「い、いやだって、エリスこそ、俺のこと『バカ』って……」
『そのくらいであきらめちゃうんだ!? さっきの「バカ」は、「またかけてきて」って意味なんだよ!? これは世界の女子の共通言語! 悠斗も男の子ならそのくらい察してよ!』
「いやエリス……。さっきから言ってること支離滅裂……」
いつも「ちゃんと言葉にして」とか、「察するって日本の文化は苦手」って言ってたじゃん……。
『そんな“シリメツレツ”なんて難しい日本語、わかんないもんっ!』
「…………」
……あれぇ、おかしいな。
この子、めちゃくちゃめんどくさいぞ……。
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