コルセットとおりがみ男

@zm-from

第1話

昔むかし、コルセットという女の子がおりました。

コルセットはあまり深くない森に一人で住んでいました。

ある日コルセットが猟銃を片手に川辺を散策していると、並び立つ樺の木の向こうをよろよろと歩く人影が目に入りました。

「……ぅぁ…もぉぃ……くそ…」

何かをぶつぶつと呟きながら歩いている様ですが、生憎コルセットにはそんなもの関係ありません。

もふもふポンチョの裾がはらりと舞い、その刹那手にした猟銃の先を人影に向け狙いを定めーー

ズダァァァァン!!

轟音と共に特製の鉛玉が頭蓋をぶち抜きにかかります。

辺りに白い蒸気がもうもうと立ちのぼって、再び白樺の森に静けさが戻った頃ーー

「な、なっ、な何するんだよぉぉぉ!!」

「んぐあ"ッ!?」

音速を越えて飛来した謎の物体に、コルセットは額を強く打たれ、気を失いました。


「僕はおりがみ男」

目を覚ましたコルセットは、自身の上に馬乗りになった黒髪の美少年がそう呟くのを聴きました。

聴きましたが、コルセットは何がどうしてこのような状況に陥ったのか、全く覚えていません。

未だはっきりしない意識のままあたりを見渡すと、どうやら先ほどの川辺から一歩も動いておらず、時間もさほど経っていないことがわかりました。

コルセットはもう一度、おりがみ男と名乗った少年を見つめ、何とか状況を思い出そうと努力しますが、額の痛みに邪魔されてなかなか上手くいきません。

「…火薬の匂いだ」

小鼻をすんすん鳴らして、コルセットは言います。

自身が何かに向けて猟銃をぶっぱなしたのは間違いないでしょう。自慢の赤毛が、蒸気で僅かに湿っていることからもそれは確かです。

「ああーっ!思い出したぞくそ野郎!てめぇ!」

「正確にはおりがみ男ロン毛バージョンだ」

「話通じないタイプか!?」

出鼻を挫かれたコルセットは戸惑いながらも確認作業に移ります。

「おいてめぇ!おりがみ男だか何だか知らねぇが!命が惜しければオレの上からさっさとどけることだな…!こっちはーー、猟銃だって、手離しちゃいねーんだぜ!?」

ばっ、と右手に握ったままだった猟銃を、おりがみ男の額に押し当てます。

「全く、不覚だったぜーー。こんな腑抜けた野郎相手に気ぃ失っちまうなんてよぉ。さぁて、こんなことしといて、ただの通りすがりだとか言わねぇよなぁ?てめぇは何者だ、おりがみ男ーー!?」

冷や汗をだらだらと流したコルセットが、少年の答えを待つこと数分。

ようやく口を開いた少年は言いました。

「いや、なんか攻撃されたからやり返しただけなんだけど」

コルセットはそれを聞いて、きれいな翠の目をぱちりと瞬かせると、止まらぬ早さで猟銃を振りかぶり、おりがみ男の頭部を殴りつけました。衝撃で転がり落ちたおりがみ男に向かって、続けざま鉛玉を何度も放ちます。

銃を構え片膝を立てた姿勢で息を荒げるコルセットの姿は美しく、とても気迫迫るものでした。

「ちっ、何発あってもたりねーよ…」

しかし、コルセットの放った鉛玉はことごとく狙いを外していました。

コルセットの射撃の腕は、そこらの猟師ではとうてい敵わないほどのものです。

それを全て見切り、かわして逃亡した少年を思い、コルセットの心に一瞬、これまで感じたことのない形容し難い感情が芽生えましたが、今は怒りの方が大きく深く考えることはしませんでした。

「デス、トローイ!!」

手持ちだけでは足りないと、コルセットは一旦自宅に戻り、装備を整えてから少年を追うことにしました。



自宅に戻ったコルセットは、しかし家の中には入らず裏手にある納屋へと向かいました。

そこには多種多様な猟銃や工具が置かれており、コルセットのフェイバリットルームでもありました。

「くそ…くそ…っ!何なんだあの男は…!がっでむ!ああムカつく!」

コルセットは地団駄を踏み手当たり次第に工具を投げつけます。そのうちひとつが、壁にかかった大熊の剥製に当たり、その頭部のおよそ半分を抉りました。

「……はッ…、まぁいいさ。この森に足を踏み入れたやつの目的なんてただひとつーー、何にしろ、生かして返すわけにはいかねぇんだよ…」

次に顔をあげたとき、コルセットの瞳にはほの暗い光が宿っていました。見るものによっては、それはとても痛々しく思えたでしょう。強い使命感と深く重くまとわりつく絶望がないまぜになった目をして、今にも、泣き出してしまいそうな程張り詰めていました。

コルセットは鉛玉の詰まった箱と金槌を掴むと、荒々しく扉を蹴飛ばし納屋をあとにしました。


一方、少年の方はというと、怒り狂うコルセットとは対照的にとても穏やかな気持ちで森を歩いていました。

先ほどの出来事など、頭を撃ち抜かれそうになったという衝撃的で危機的な出来事など無かったかのように、異常な程上機嫌にーー歩んでいました。

「くふっ…」

そして彼は時折、手にした鞄の中を盗み見ては、心底嬉しそうに笑いました。内容物によっては、コルセットとどっこいどっこいの危険人物かもしれません。

と、その時です。

「ヌァァァァアアアaaaa!!」

背後から、獣のような咆哮を上げ、怒りの形相のコルセットが木々をなぎ倒しながら少年へと迫りました。

「思ったより近くにいてびっくりだぜ……ああ?迷子にでもなってぐるぐる回ってやがったのかぁ?なぁ答えろよおりがみ男おおおおッ!!」

「ロン毛バージョンをつけろオオオオ!!」

おりがみ男は迫るコルセットに向き直り、武器を構えました。その威圧感は凄まじく、空気がびりりと震えるほどです。

そして互いの持つ獲物が交わり、森にまばゆい白い閃光が走ります。真っ昼間にもかかわらずその光は遥か数キロ先の帝国にまで届いたと、のちの帝国史に刻まれることになる歴史的瞬間です。

「あああああっ!」

コルセットは猟銃を、おりがみ男は紙で折られた長剣を手に、激しく打ち合います。

もはや玉は当たらないと判断したコルセットは、もっと直接的な方法でおりがみ男に挑むことにしたのです。

「もう…君はさっきから危ないなぁっ…!」

おりがみ男は白磁のような肌に珠の汗を浮かべ、コルセットの攻撃を捌いています。まるで、その一挙一動に全霊を込めて、自らの生をとして凌いでいるかのようです。

その気迫を、当たり前のことと受けて取り、激しい攻撃を続けながらコルセットは叫びます。

「危ない?お前には言われたくねぇな!ただの紙をここまで使いこなしちまうなんて、お前程危険なやつは初めて見たぜ。ふんっ、やっぱりここで仕留めておく必要がありそうだッ」

「君がどうしてそんなに必死なのか、僕にはさっぱりなんだけど…」

「ーーらァッ!!」

猟銃を一閃、かわし損ねたおりがみ男は、骨の軋む嫌な音を聞きながら数十メートルぶっ飛びます。

気が付けば樺の森はずいぶんと見通しがよくなってしまっていて、おりがみ男は勢いを全く殺すことなく、湿って柔らかい地面の上に身体を叩きつけられました。

「猟銃って、そんなふうに使うものだったっけ?」

「…ふん、なんだ、こんなもんかよ」

コルセットはおりがみ男を見下ろして嘲り笑います。

「手間掛けさせやがって」

「ねぇ、君の名前、聞いてないね」

「はあ!?」

「名前、あるんでしょ?」

コルセットには、おりがみ男が何を言っているのか、さっぱりわかりません。

「それがなんだって言うんだ?てめぇには関係ねぇだろが。今てめぇがどんな状況かわかってねぇのか?」

「わかってるよ。はっきり言って絶望的だね。でも気になるんだ。この僕にこんなことをしている相手が、一体どんなやつなのかさ」

「…………」

コルセットは眉をしかめて、おりがみ男を見下ろします。

「ちっ……てめぇは頭がおかしいのか?ああ?てめぇなんかに教えてやるもんかよ!!」

「そう。……そう。不幸だ」

「不幸は俺だ!今朝はいつもの三割増しくらい、心地のいい朝だと思ったのによ。こんな厄介な害獣がふらふらやってきちまうくらいには、まぁいい朝だったはずなのによぉ!?」

逆光を浴びて、剣呑に目を光らせたコルセットは、まるで幽鬼のようです。

「最後に聞いてやるよ、おりがみ男。お前はどうして俺と、粗末にも渡り合えた?」

「…………それは」

おりがみ男が口を開きました。コルセットの心臓が、どくりと脈打ちます。

おりがみ男は軽く首を傾げて

「……どうしてだろう、君がどのタイミングで、どんな軌道で僕を狙うのかわかるんだ。ただそれだけさ。だから一層、君の名前が知りたい。珍しいことなんだけど」

「なんだそれ、気持ち悪ぃ」

「えっ、そうかな」

「…………」

しかし、変なのはおりがみ男だけではないのです。さっきからコルセットも、心臓の鼓動が早くて、まるで沢山走った後のようです。いえ、走った後でも、コルセットの心臓はこんなに早く脈打ったりしません。

「………おかしい」

「えっ?」

「てめぇ!俺に何か毒を盛ったのか!?さっきから動悸が酷くて落ち着きやしねえ!!口もひきつるようだ!これは、なんだ!?」

「毒なんて盛ってないけど……。君、笑ってるの?」

ぼーっと、おりがみ男はコルセットを見つめます。


「…ああ。つまり君は、僕に会えて嬉しかったんだ」

おりがみ男は、やっと納得がいったと、大きな目を見開いて言いました。それに対してコルセットは、ほんの小さく息を呑んで、その場に立ち尽くします。彼女らしくもなく、何も言い返すことが出来ません。そのまま、おりがみ男が言葉を続けるのを待ちました。しかしおりがみ男は、先程の一言で全て分かってしまったかのように、言葉を続けることなく黙ってコルセットを見ます。

仕方なく、コルセットはかろうじて口を開きました。

「…どうしてそう思った…?」

「何が」

「…嬉しい、と」

どうしてかその言葉は、コルセットの心にもするりとうまく入り込んで、ずっとあったもやもやが一度に晴れていってしまったのです。

「君、自分の感情がわからないの?いや僕だってさ、君がどうして僕なんかに会えて嬉しく思ったのかなんて知らないよ。でもそんなさ、生き生きした目をした人、初めて見たんだ」

おりがみ男はさも面倒そうに呟いて、立ち上がりました。

口の端から鮮血を垂らして、それでも確かに地を踏みしめた彼に、コルセットは再び闘気を身に纏います。まだ、彼は倒れてなどいないのです。

「…だったらやっぱりお前の勘違いだ」

コルセットは猟銃を構え直して言います。

「ーーこれから殺そうって相手に…ッどうして俺は嬉しく思う!?」

引き金を絞った瞬間、おりがみ男は後方へ大きく飛びすさって、そのまま森の奥の奥へと逃走します。

「待ちやがれぇえっ!!」


「大熊でもこんなにしぶとくねぇぞ!冗談じゃねー!」

コルセットはおりがみ男を追って野を駆けながら悪態をつきました。

ここまで彼女を手こずらせた相手は、おりがみ男が初めてでした。森にすむ大熊も、化け鹿もただの野兎も、そして森に踏み行ってしまった人間も、コルセットの前では一瞬でその命を散らしてきました。

「…やっぱり、目的は大筒か」

コルセットはさらに足を早めて、おりがみ男を追いました。



おりがみ男は今にも倒れてしまいそうでした。

コルセットが与えたダメージは大きく、傷も非常に深いものでした。すぐに手当てをしないと、かならず命に関わります。

ですが、おりがみ男は止まりませんでした。

止まるわけにはいきませんでした。

樺の森はとうに過ぎ去って、今はその先にある白く険しい岩山を、ゆっくりと登っています。

その後ろを、コルセットもまたゆっくりとした歩みで追っていました。

二人の距離は10メートル程。けれど、コルセットは岩山を登るおりがみ男を見つけてすぐ、走るのをやめてしまったのでした。

そうして無言で山を登り続けて、山頂が見えてきた頃、ようやくおりがみ男が口を開きました。

「あのさ、もう怒っていないみたいだけど、君はどうして付いてくるの」

「お前を殺すために決まってんだろ」

「へぇ」

「…………。」

「今の君は静かすぎて気味が悪いよ。怒るか、静かになることしかできないの、君は」

おりがみ男は疲れたのか、そこで少しペースをおとしました。

「おい、止まったら殺すぞ」

「…僕はこの上の大砲に用があるんだけど、どうせ殺すのなら、その前に一発だけ撃たせてくれない?」

おりがみ男のその台詞に、コルセットはこれまでで一番驚いた表情をして、すぐに、食って掛かるような勢いで言いました。

「そんなこと出来るわけないだろ!!?お前は!大筒にたどり着いた所で殺す、絶対だ!」

「わかったよ」

再び前を向いて登り始めたおりがみ男を、コルセットもまた、鋭く睨みながら歩みを進めました。

山頂に着くと、眼下に広がる樺の森と、その向こうの城下町が見渡せました。色とりどりの屋根が集う賑やかな城下町の中心、少し小高い場所にあるのが、国王が住まう宮殿です。見晴らしの良いこの場所からは、城門で見張りを勤める兵士たちや、忙しなく荷物を運び入れる商人や小間使いたちの姿が見えます。

コルセットはそんな景色を、ある種達観したような、まるで現実ではないおとぎ話や舞台劇の風景を見ているかのような、そんな面持ちで眺めていました。

おりがみ男はちらりと一瞥しただけでそれには触れず、本来の目的である大筒へと意識を向けました。

大筒は、そこに置かれてから何十年も使われず放置されてきたにも関わらず、小綺麗な状態で鎮座していました。

見れば今ではもう使われなくなった、とても古い型をしていますが、砲身は磨かれ、これまで手入れを怠ることのなかったのが分かります。

「ここは見晴らしがいいね。」

おりがみ男は、こちらへ猟銃の先を向けるコルセットに、そう語りかけました。

「お前がどんな理由でそれを求めたのかなんて興味もねぇが、それには絶対に触るな」

「…君はそれで、王国を守っているつもりなの? こうして毎日毎日砲身を磨いて、それは一体誰の為なんだ?」

「ああっ!? なんだお前、話の通じねー頭おかしい奴かと思えば、いきなりべらべら喋り出しやがって…。誰の為でもねぇよ! 俺が気にかけるような誰かなんていねぇ!」

「そうかもね。うん、そんな感じだ。でも、これは王国を守る為の物なんかじゃないよ」

「遥か昔に王国によって沈められた空中要塞だろ」


「君はその空中要塞に乗っていた奴らの末裔でしょ。まさか本当にいるとは思わなかったんだけど」

そこで初めて、おりがみ男はうっすらと笑みを浮かべました。

「ねぇ、こんな所にいないでさ。この空中要塞でどこかに行けばいいよ。動かし方は知ってるんだ、僕」

コルセットは目を逸らすと、言いました。

「お、お前はーー…、…お前は、死んでしまうのか?」

「? そうだよ。君がそうするんでしょ」

おりがみ男はコルセットから視線を外すと、大筒へと歩み寄ります。

「僕は……大嫌いなあの国を、跡形もなく消し飛ばしてしまいたいんだ」

そう言っておりがみ男は、鞄の中から大きなくす玉を出して、薄く笑いました。

真っ白な紙で出来た、細やかなパーツを組み合わせたくす玉はとても美しく、儚い様相をしていました。それひとつで、国一つを滅ぼしてしまうような恐ろしい物には到底見えません。

「……やめろ!」

「どうして?」

「てめぇは、てめぇは……!!」

コルセットは苦しそうに、下を向いて歯を食いしばります。

「ぐ、ぐぅぅぅっ……!」

「…………」


「……っ!てめぇは俺とこの森を出るんだッ!!」


コルセットは、森に響くほどの大声で、そう叫びました。

顔は真っ赤で、息を荒げて、瞳は真っ直ぐにおりがみ男を見つめています。

「……え」

おりがみ男は呆気にとられて、軽く息を吐き出しました。

「空中要塞、動かせるんだろッ!さっき言ってたぞ!!それに俺を乗せて何処かに行け!!殺さないでいてやるから、そんな危ねぇ玉なんて捨てて森を出ろ!!」

「言ってること、さっきから滅茶苦茶なんだけど。ねぇどっちなの?」

そんなの、コルセットにだってわかりません。

「今すぐ撃つぞ!!」

コルセットは猟銃を突き付けます。

しかしその両目からは、沢山の涙が溢れていました。

この衝動に身を任せて、おりがみ男を殺してしまいそうでした。だけどコルセットは、彼女は本当に珍しく、自身を押さえ込んでいました。ここでおりがみ男を殺してしまうのは、何か決定的に間違っていると、そう思ったのです。

ガタガタ震える両手で猟銃を構えるも、撃つ気はありませんでした。ただ、おりがみ男が頷いてくれるのを待ちました。

そんな脅しを前におりがみ男は

「…………。頑張って作ったんだよ、このくす玉」

そう言うと、くす玉をしばらく見つめて、そっと鞄に仕舞いました。



その日の夜は、世界を覆い尽くすような新月でした。

地上の人間は誰一人寝付いていて、夜空を見上げているのは森の梟と、狼たちだけでした。

ずぅんと、森の奥から低い地響きがして、鳥たちが一斉に飛び立つと、後を追うようにとても大きな何かが、揺れながら身を起こしました。

森の半分が無くなるほどのその巨影は、空へ舞い上がると、音もなく闇へと消えて行きました。


二人がこれからどこに行くのか、それはまだわかりません。森で出会っただけの二人の間にあるものが何なのかもわかりませんがーーそれが後に、世界中を揺るがすことになるのは、まだ誰も知らないのでした。


(第1話 おしまい)



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