第14話 神と経済

 神が消えた世界は(爆)をあがめようとしたが上手く機能していない。

 (爆)はしょせん破壊の道具で、崇めるには無理があるのだろう。

 奇跡を起こせるのは隕石の爆破ぐらいで病を癒したり、信仰心をあおる教典など基本的な物は何一つ用意出来ないのが現状なので当たり前の事と認識している。

 争うしかなくなったこの世界で使徒男は教祖の様に振舞いだして信者集めに余念がない。専用の世界チャンネルを運営して規模の拡大を目論んでいる様だ。

 すでに実験は終了している事には気がつくはずもない。

 使徒男は祈るように話しかけてくるがその内容もすでに自身の利益のためにすり替わっていた。


 少し旅に出ることにした。

 スカンジナビアにいる環境活動家の少年を見に行こうと思った。

 少年のおかしな演説のおかげで疑問に気が付き、矛盾を抱えた少年が矛盾の中で生きている人類をどう導きたかったのか聞いてみたい欲望が湧いてきた。

 食欲に似た欲望は何を満たしてくれるのかわからない。

 使徒男を使った愚か者の実験に興味がなくなり、次の実験の前に少年を知っておくのも悪くないと思ったのは、効率的な死と、醜い生への執着によるゆがみが疑問への扉を開いた事で垂れ流されるアメーバーのような無言の思想が止められなくなったからだ。


 中華大陸に上陸して車で移動しながら無作為に物を破壊しては、その嘆きに耳を傾けた。民衆は壊されることを日常としていたし、死ぬことがすぐそばにある世界で呼吸を始めている。

 もう何も隠す事はなかった。

 気づけば思い出したように(爆)を使用した。

 

 中東のとある地方都市に滞在している。

 優秀な本社のおかげでどこに行っても待遇はいい、こんな田舎のホテルでも最上級のもてなしが受けられた。

 3日目の滞在中テレビを眺めていると見慣れた王宮が写って使徒男の姿が映し出されている。

 もはや大戦中の独裁者の様にケバケバしい出立で、太っている様子が見てとれた。

 こいつ誰だ?元の顔を本気で思い出せなくなっている。滲み出る卑しさが画面一杯に広がり顔もよくわからない。世界中が使徒男を見ているのだとしたら笑いがこみ上げてきた。


 それらは不意に動き出した。

 急に画面の向こうがざわつき出しカメラが上手く事態を追いきれなくなっているようで、予定調和と言う安心が阻害されているらしい。

 ざわめきの中護衛の信者が次々に殺害されていく。

 崩れ落ちる人の壁は消え去り、とうとう使徒男ひとりになった。

 使徒男が、突然押しかけた若い男達に詰め寄られ両脇を抱えられる姿は作為的に見える。

 意味がわからず目を泳がせる滑稽な教祖を見て泣いていたいじめられ男を思い出して、なるほどこの男は確かにあのいじめられていた男だと気が付いた。

 演説を聞いていた民衆は何の演出か分からずに戸惑いざわついている。

 中継のカメラにレポーターが映り事態を伝えようと頓珍漢な言葉で伝えるのでマイナーなスポーツの実況の様で的を得ていない。


 演台の上は殺害された信者たちの血液で染まり、それを踏んだ者たちの足跡が白い床に花を咲かせたようにグロテスクな現代アートを作り出した。表現方法はありきたりなもので、芸術とは程遠いお気軽なアートはその陳腐な場所にふさわしかった。

 押しかけた者たちは軍服を着ているので間違いなくどこかの国の軍人だが、みんなバラバラのせいで所属不明だ。

 画面から島国の言葉が流れ出す。


 貴様ら何をする!我は神の使徒であるぞ。死にたくなければすぐに解放するのだ。

 使徒男は怒りの感情で正気を保つように怒鳴り出した。


 黙ったまま画面を見つめる。

 

 我々はこの事態を憂いている者達で構成された私設部隊だ。

 どこの国にも所属しては居ない!

 

 演説用のバルコニーの上で両脇を抱えられた使徒男をセンターにして整列している兵隊は皆強い目をしている。


 疑問のための実験の最終回が期待していたモノとは違うが面白い展開になってきた。

 20人ほどいる男たち、よく見ると女も数人混ざっている。

 その中の一人の頭を(爆)を使用して吹き飛ばした。

 愚かな連中は散り散りに逃げ惑う様子を見て愚かさの確認をしようとした。

 だが……

 

 誰一人動こうとはしなかった。

 爆破した男の隣にいた人間は顔中に血飛沫がかかっているのに拭う事もせずに強い目のまま毅然と立ち続けている。

 何のためにこの者たちは立っているのだ?

  

 ザマ〜みろ

 神が黙っていないぞ、すぐに解放して土下座しろ!


 そんな使徒男を無視する様に、兵隊は語り出す。

 

 昔の神も、新たな神も存在しない、もはや宗教などという物は必要なくなった。

 薄弱な意志で縋ろうなどとする物はこの世界から消え去るだろう。

 豊かな経済と強力な軍隊による平和維持こそが信じるに値する。

 爆破するしか脳の無い貴様の正体はわかっている。

 世界中の狙撃者が狙っている。

 今すぐ投降するのだ。

 さもなくばこうなる。

 

 使徒男の口に小型の自動小銃が突きつけられた。

 まって!待ってくれ!何でもしますから!

ヤメテ……

 虚しい叫びとともに乾いた銃声が響き渡る。

 秒で頭部が破壊されグチャグチャなった脳みそが飛び散り使徒男は絶命した。

 

 メディアもこの殺人ショーを何の躊躇いもなく映し出しているのは、すでに手を回してグルになっているのだろう。

 

 歓声と悲鳴が同時に巻き起こる。

 兵隊は歓声に応える様に銃を高く掲げてから何かを叫んでいる様に見えた。

 

 スマホを取り出して使徒男に電話した。

 スマホの着信に気がついた兵隊が電話に出た。


 誰だ?

 教祖様は今死んだぞ。

 兵隊は誇らしげで強い口調だ。

 

 実験は終了した……死ね


 轟音と共にテレビ画面が砂嵐になった。

 使徒男に持たせていた(爆)のタネに引火させた。

 予想では王宮が吹き飛ぶぐらいの(爆)が生じて大きなクレーターが出現したはずだ。

 


 

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壊れた塔を見ていた ハミヤ @keneemix

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