第13話 夜空を見上げて
明日落下してくる隕石は私の崇拝する神によって大気圏に突入する前に破壊されるだろう。
使徒男は世界に向けて発言した。
人々は半信半疑でテレビから流れる男の声を聞いていた。宗教という偽善は消え去る様子を見せていたが相変わらず偶像崇拝しない教団などは抵抗を続けている。
王宮の近くではテロ行為が頻発して王宮に爆弾を抱えた幾人もの信者が自爆テロを決行してはバラバラになり、最初こそ掃除されていた王宮もその数の多さにあきらめたように掃除を止め、どす黒い血しぶきと悪臭を放つ肉片が白い壁をけがしたままになった。
仕上げの日、テレビ中継されている夜空は、一度昼間みたいに強く輝くと光はバラバラになり収束しながら流れ星として降り注ぐ幻想的な天体ショーが繰り広げられたのだ。
ただの愚か者たちは歓喜し、信心深い愚か者は嘆きに項垂れた。この惑星から数ある宗教がすたれていくのが分かる。
テレビでは使徒男がケバケバしく飾られた祭壇におかしな仏像を祀り、信者と共に祈り続けている。王宮の外ではそれを真似た者たちが祈りながら他の宗教のシンボルを破壊しては大騒ぎして、喧嘩まで始まった。
混乱は丸一日続き死人まで出した。
虚しくなるほど扇動されやすい民衆は明らかに滑稽で人間の愚かさだけが浮き彫りになった。世界の混乱は加速していく、流行りのように情報だけが先走り、ついていけない者たちを選別するように締め上げていた。
もはや(爆)がなくても人は減り続けている。
自分の神に裏切られても縋りつき迫害され自殺する者が毎日10000を超えるのを眺めていると疑問などどうでもいい事なのかもしれないとさえ思えてくる。
そんな状況を察知したかのように(愚)が囁いた。
楽しいか?
特に楽しくもない……
それだけ告げると何事もなかったようにいなくなる。
疑問から始まったこの天体ショーは疑問を見つけるための実験にすぎないことをぼんやりと思い出した。
疑問については人間の愚かさが何らかの鍵になっているように思えた。
確かに疑問はある。
環境活動家の少年は何におびえていたのか?
なぜ行動し大人に反発していたのか?
その行為は崇高に見えたが本質では地球環境を守ろうという意図はみじんも感じられなかった。それでもあの演説は確かに疑問を生み出していた。
死ねばいい……
地球環境を守りたいなら答えははっきりとしている。少年が最初に自殺すればいい。大衆の前で環境破壊を否定して鋭利な刃物で首を搔き切れば救われる。
一人分の地球への負荷が減る。
それができないなら戦争を誘発するような趣旨の演説のほうが効率的だ。
腹から笑いがこみ上げてきた。
なるほど、効率的な死の拒絶と不毛な生への執着が醜く歪んで形作っているのがあの少年……いや、そうじゃない、人類そのものだ。
穏やかで自然に優しい暮らしなど在りはしない、脳が発達して時間の概念や自己の存在に気づいたときにもう始まっている矛盾への到達。
いまこの時にも矛盾は拡大して生きたいのに滅亡へと加速している。
なにも捨てられずに科学の発展に期待しながらクリーンに破壊を楽しもうとしているのだ。
それが今回の天文ショーで風向きが変わった。
自身の欲望と罪を救ってくれていた都合のいい宗教を捨てた人々は何かを失ったように精神が飛散して消えかかっている。
支える物が失われた世界は、何者にも救いはない。
人々は途方に暮れ気力を失い経済は停滞、ひと月もしないうちに食糧不足は先進国にも及んだ。
世界は混乱の中で正体を現し始めた疑問に踏み躙られた。
最初の啓示である戦争行為の禁止は既に意味の無いものになっていた。
(爆)を使おうとも止まる物ではない。見放したように欲望だけがのさばっているので放置している。
空は封鎖したまま突き抜けるような青空の元、地上は人と人の殺し合いだけで成り立って黒い煙が舞い上がるたびに犠牲者は増え続けた。
憎しみは溢れて紛争はさらに激化した。
(愚)の笑い声が聞こえる。
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