異世界、転生、冒険――人気要素ですよね。
なぜでしょう。
現世で叶わないものを、別世界なら叶えられるから……本当に、そうならいいなと思うから。
主人公アイネは、当物語のなかでは珍しい人種です。予知や予言に似たことができる……いや、本当はもう少し違うけれど。
それゆえに、反逆や謀反、国の行く末まで『わかって』いました。だから、止めようと立ち上がった。
たかだかその辺の村娘、それも孤児の異能力者の言うことを、帝国側はすんなり受け入れるわけもなく。舐められ小馬鹿にされ信じてもらえずとも、アイネは折れずに進みます。たとえ『一人きり』だとしても。本当に、そうならいいなと思うことを、叶えるために。
アイネと半信半疑に関わる帝国側。
アイネと敵対する『多分主人公サイド』。
そして、アイネ自身も知らないアイネを『知る』人。
決してみんなが一様に協力して努力して勝利して、という冒険譚ではありませんが、そうだよそういうファンタジープレイが欲しかったんだよ! という読書体験をさせてくれるに違いありません。
淡々と粛々とした語り口で、当物語は『絶対に』予測できない展開へと導かれます。そういうのを待っていた、まさにこれに尽きるかと。
小難しいルールも単語も出てきません。ファンタジーに手が出しにくい・もう卒業した……そんな方にこそ取ってほしい物語です。
勇者シュクスは圧政を強いる皇帝を倒すため魔剣を手に取り仲間を集めて成長していく!
という王道ストーリーの倒される側である帝国軍の軍師を勤め上げるのが、本作の主人公アイネ。
帝国は滅ぼさせない。とタイトルにあるわけですが、実はこの帝国はめちゃくちゃ『ワルモノ』。シュクスさんが怒りに震え「この帝国を滅ぼして世界を変えて見せる!」と言っても「そりゃそうだろう」と共感してしまうほどです。奴隷制度とか他国の支配とか。
しかし帝国側のアイネさんもその状態を良いとは思っておりません。なんとかして変えたいと思うのです。生まれ持った『知識』によって。
この『知識』というのが、いわゆる異世界転生ものの『知識チート』にあたる部分になるわけですけれども、最初はそういう感覚で読んでもらって構いません。「はいはい異世界転生ものね」って感じで。その方が読みやすいですから。しかし、後半に行けば行くほどその本質がつまびらかになっていき、これがただの異世界転生ものではないと言うことに気付かされます。本当作り込まれています。これはファンタジー好きのみならずSF好きもたまらない設定だと思います。
アイネさんは帝国を滅ぼさせないように頑張ります。
シュクスさんは帝国を滅ぼすように頑張ります。
なぜか。
世界を良くしたいから。
二人とも気持ちは同じなのです。しかし出自や立場が違えば、考え方も方法も違ってくる。二人はそれぞれの正義を断行するのです。
『影杖』イエウロ
『雷刃』エンリオ
『炎鎚』ウィリア
『氷槍』クーリハァ
『毒矢』シャルナ
などなど、カッコよくて強い人々がいる中、アイネさんは魔剣どころか武器も持たずに言葉だけで戦うんです。非武装・非力の彼女は帝国軍で最弱と言えます。コネも少なく、便利な道具もないから、切れるカードが少ない。
そんな中、彼女にできることは将軍に対する『助言』と勇者に対する『説得』だけ。
RPGを初めてコマンドに『助言』と『説得』と『逃げる』しかないんですよ。『たたかう』『まほう』『ひっさつ』『どうぐ』がないんです。普通なら詰んでます。寧ろ詰み将棋なら詰ませられる側なんです。そんな絶体絶命の局面から、交渉してたぶらかして相手にたった一手を間違えさせる。そのためだけに頭をフル回転させる。神に愛され勇者バフが乗った一騎当千の勇者の力に対して頭脳のみで戦う。
もう、大好きなんです!
そういう、非力・非武装なのに策謀のみで挑んでいくスタイルが。使えるものは少ないけれど、それを最大限活用して戦う姿は、カッコイイ。最高にカッコイイ。
出てくるキャラクターは、物語が違えば全員メインを張れるレベルで魅力的です。しかしそれでも私はアイネさん推し。なぜか。上記したように頭と口だけで戦うスタイルがドンズバでツボというのもあるでしょう。けれどその前に、これがアイネの物語だからで、それを作者さんは見誤ってないから、もっとも魅力的に見えるのだと思います。魅力的なキャラがたくさん出てくる群像劇ではあるけれど、徹頭徹尾アイネさんが主人公。アイネさんが「帝国を滅ぼさせない」ために尽力する物語なんです。
だから、熱い!
アイネさんはとても冷静なキャラです。そりゃそうですよね。非力な一般人が頭脳と交渉術だけで勇者を退けなければいけない。まして、最終的には勝たなければいけないのだから、冷静でなければいけない。客観的・俯瞰的に物事を見る広い視野が必要。だからアイネさん本人が激昂して怒り散らしたり、慟哭して捨て鉢になったりする、そういう熱血な熱さはないんです。情に訴えかけて読者を絆していくシーンはありません。
この熱さはすべて、構成なんです。
アイネさんが積み重ねていったそのすべてが、熱い展開に結びついてこちらを感動させてくるわけですね。
感動を味わわせるためにこれほどまで緻密に構成を考えたのだと思うと、震える。私は同じ創作家としてコンプレックスを禁じ得ない。いったいどこまで世界と人物を練り上げれば、こんな構想ができるのだろう。その世界の深さと広さを、私は万年経っても創り上げることはできないとさえ思いました。
本当に、感動しました。
エンターテイメントとはこうして創るものだと再認識いたしました。
感動とは作者の感情によって受動的にねじ込まれるべきではない。理路整然と敷かれた論述の上に読者自らが能動的に飛び乗り味わうものである。
そのように思いました。