第5話
「……という感じで。」
「へぇ……なるほど、いつの間にこんな便利なものが出来たんですかねぇ。マスター、知ってましたかー?」
彼女は私が話しをする間、それはもう何十回と相槌を打っては話を真剣に聞いてくれるけれど、その分こちらも知ってそうな内容をとことん説明していかなきゃいけないから、気がついたらもうへとへとになっていて。
と、彼女が振り返って声をかけた先には先の男性。そうか、やっぱりこの店のマスターさんだったんだ、と納得してこちらも目線をそちらに移す。
するとマスターさんはどことなく煮え切らない様子を浮かべながら、何も言わないままこちらの様子だけ窺っているみたいだった。
「となると……お客さんはそのご友人にお手紙の代わりに、メールを送ろうとしているってことですね。しかもメールならこの場所で、何故か魔法のような力でそのご友人の所へ届くと!」
「まあ、そんな感じですかね。」
メール、電話、そして友達とやりとりをしていること、そんな話を一通り。
もちろん分からないだろう所、技術的なところは私もどうせ分からないし適当に説明したりしたけど、彼女はそれでも随分納得してくれた。
もし、もし私が大正時代の人間で、急に目の前にスマートフォンが現れたらどうするだろう。恐ろしいものだ、って逃げ出すかな。いや、結局私たちだってスマートフォンが出た当初、恐る恐るで触ってようやく慣れたようなものだ。
彼女もきっと、そんな感覚で。というより、そういう感覚を想像して演技していると思うんだけれど。
「もし私もそれが使えたら、いろんな人にメール送りますよ! 手紙はやっぱり書くのに時間がかかるし、紙だって安いものじゃないですから。」
「確かに……。」
「それにすぐ届くってのがいいですよね! 手紙だと故郷の両親だったら多分、1週間くらいはかかりますから。いいなぁ、私もメール使いたくなってきたなぁ。」
彼女はテンションを上げてハキハキと話す。私もそれに同調するものの、どこまで彼女が分かった上で話してるのか分からなくて、ぴったり同じテンションとはいかない。
「まあ、便利なのは便利ですよね。」
「それはどうでしょうか。」
「え?」
その声のする方を振り向くと、気がつけばすぐ側に先ほど奥にいたはずのマスターが。店員さんは話に入りたさそうにしていたものの、流石にマスターが居てはまずいとばかりにするりと抜け出すようにして他のテーブルに行ってしまった。
「便利、というのはあくまでもこのお客さんが持っているからであって、貴方のご両親もこれを持っていなければ、メールは見えませんよね?」
「あ、そう言われてみればそうかも……」
マスターが店員さんに対して言う言葉に、私も無言でそういえばそうだと納得してしまう。
「それに、簡単に手紙が送れてしまうのも考えものですよ。当然、安いものではないですから大切に、書き損じの内容気持ちを込めて書く。そうして郵便屋にお願いして届いたかどうか、その返事を待ち望む時間。そういった過程が省かれてしまうのは、私としては少々寂しいように思いますね。」
まるで先生のように、しかしあくまでも優しく諭すようにしてマスターは語ってくれた。そうしてゆっくり私の方を向いて。
「それに。」
「え? は、はい?」
「盗み聞きして申し訳ありませんが、なんでも友人と喧嘩をされているとか。」
「ま、まあ。」
「そうであれば尚のこと、メールは適さないかもしれませんね。文章では伝わらないこと、伝わりにくいことがあります。むしろ、受け取り方によっては状況を悪化させてしまうかもしれない。」
マスターは変わらず、優しく私に話しかける。私はじっと耳を傾けていて。
「その、メールとやらの利点はいつでも連絡が取れるということ。けれど、それに頼りすぎて言葉を乱暴に投げつけるようにすれば、受け取った側も気持ちがよくありません。それは送った側とて同じこと。メールであろうと心を込めて書いたのに、それが軽んじて読まれるようなことがあれば、不服には違いありませんよね。」
「まあ、そうですね……。」
私が困っていると、マスターは小さく微笑む。その仕草が妙にミステリアスで、年齢が全く分からなかった。
「いえ、責めてるつもりはありませんので、誤解なさらぬよう。私であれば伝えたいことはこうして、直接目を見て、顔を合わせてお伝えしたいという考えです。そうすれば今こうしてお伝え直したように、言葉だけではうまくお伝えできなかった細かい表現、訴えたい気持ち。それをその場で修正したり、訂正したり出来ます。」
私は静かに頷く。マスターは続ける。
「……ですから、もし仲直りをするのであれば、メールはおやめになった方がいいのでは、というのが私の意見です。老婆心ながら、やはり友人は友人ですから、直接言われたことで不愉快になることは早々ありません。一つ、年寄りのお節介と思って聞き流して頂いても構いませんので。」
そういってマスターはまた少しだけ微笑むと、音を立てずに奥へと戻っていった。その間、さっきの店員さんはこちらの様子を気にしながらも、他のテーブルやホールの掃除をしていて。
私はマスターさんから次々並べられる言葉が、少しずつ体の中に重りが溜まっていくみたいにして、身動きが取れなくなっていた。
先ほどまで湯気が立っていたコーヒーも今では少し冷めてしまった。そっと手を伸ばしてひと啜り。冷めていてもコーヒーは美味しかった。
私は楽をしようとしていた……わけではないと思うけれど。
マスターさんの言う通り、直接伝えた方が勘違いも少ない。
それに、そもそも喧嘩の発端って、なんだったっけ。さっきも考えたけど、ふっと浮かんでこなかった。
---結局それも、ちょっとしたニュアンスのズレ、ボタンの掛け違い?
だとしたらやっぱり、メールで送るのは怖い。私にそんな文章力もなければ、読む側だって同級生だもの、同じだ。
そう思ったら私は急にいても立ってもいられなくなって、残りのコーヒーを急いで飲み干す。と、全部口に入れたら流石に暑くて、思わずびっくりしたけれどなんとか飲み込むことが出来た。
私は少しバタバタしながら店員さんを呼ぶ。
会計に向かってお金を払っている間、またマスターさんの目が合った。
その表情はまるで私の考えを全て見透かしてるみたいに、それが正解ですよ、と言われているみたいにして、優しい微笑みを向けてくれていて。
それが私は何故か嬉しくて、安心して、喫茶店の扉を開けた。
-----ちりんちりん。
ドアの古風な鈴がまた鳴る。そうしてまだ明るい外、真っ白な世界と向かって飛び込んだ。
「またのご来店をお待ちしております。」
マスターはそう呟いて、満足そうにコーヒーをひと啜りした。
タイシヨウカフヱ物語 玲@難読 @muzuyomi_
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