第4話

注文を決めるまでの間も、あたりを見回したい欲求に駆られたけれど、そこをグッと抑えてメニュー表を見た。


といいながらメニュー表を見ながら、ちらりと横目で様子を窺う。


さっきの彼女、店員さんはやっぱりはかまにエプロン。確かにこの時代設定ならそれが普通かもしれないが、それにしてはどことなく衣装に気合が入りすぎている気もする。


それに、他のお客さんも古風な服装ばっかりだ、と店内に入ってきた瞬間の記憶ではそうだった。けれど、今ちらりと見渡してみれば、あまりお客さんが残っておらず、ほとんど私一人の貸切状態になっているのが分かった。


まあ、それも不思議なことじゃないか。考えすぎだよね。


普通に考えたらはかまにエプロンの方がおかしいし、制服をしらないなんてあり得ない。それは設定だからって……これがどうも引っかかってしまって。


「お客さん、ご注文決まりましたか?」


「え!? あ、えっと……」


なんて物想いに耽ってたら不意打ちを食らってしまう。そりゃそうだ、私しかいないってさっき確認したばっかりなのに。


やっぱり選ぶならコーヒーと、お腹は空いてないから……甘いもの?


と思ったらメニューはすべてカタカナ表記、しかも右から左に流れて書かれている。本当に細部まで凝ってるなぁと思わせられる。


けれどそのせいもあって、食べ物はとりあえずいいやと(なんとなく読めるけど違うのがきても困るし)思ってしまい。


「それじゃ、コーヒーを一つ下さい。」


「コーヒーですね、少々お待ちください!」


例に漏れず、彼女はオーダーを取ると元気な様子でホールを後にする。


ふう、とようやく緊張も完全に解けてきた感じで、もう一回メニュー表を見る。


全部が全部カタカナじゃなかったけれど、昔の堅苦しい感じの日本語と、輸入したての外来語が混じったメニュー表で、ところどころわかりにくいところがあった。


まあでもせっかくの機会だし、こんなコアなカフェはマークしておかなきゃ。あ、むしろこのカフェのことを話しのタネにして、仲直り出来るかも……? いや、それはまた別の話だから。まだ仲直りするなんて決めてないけど……。


なんて思って、とりあえずスマホを取り出す。


まずは写真……は、店員さんが来てから聞いた方がいいかな。そしたらメニュー表の中身だけでもメモして……さっき読めないとこ調べて……


「お待たせしました、コーヒーになりま……え!? お、お客さん、それはなんですか!?」


「え!? は、はい、あ、えっと、あの?」


急な声に思わず飛び上がりそうになるくらい驚いて、声にならない声で反応してしまう。


「それ、それです! 今お客さんが触ってる、その四角い!」


「え、こ、これ? これは……スマホ、ですけど……」


「す、まほ……? へぇ……」


こうして見ていても普通に信じられるくらい、彼女の演技力はすごい。いや、何なら本当に知らないんじゃないかってくらいに、彼女はそれを”本当に知らない”ような素振りで、半分警戒しながらも半分はさっきのような好奇心に満ち溢れる目をしていて。


「すま、ほ……っていうそれは、一体なんですか? 指でなぞってみたり……ぺんを使わずに紙に書かれているわけではない……まな板でもないですね。どんなことができるものですか?」


「それは……例えば、メールを送ったり……」


彼女の挙動は本気に見えた……けれど、どちらかというと今は何もしらない子供にスマホを教えるような気持ちで話そうと、気持ちを切り替えて。


ピコン。


と、そのタイミングでちょうどメールの着信が。


「わ! な、なんですか今の音は!?」


「えっと、これはそのメールっていうのが届いたよって意味で。メールっていうのは……手紙、とかってわかりますか?」


「手紙……わかりますよ!」


そうして彼女にスマホとは何かを教えるための、不思議な授業が始まった。

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