6-6 ワタシの役割

 こめっとを守ること。それがワタシの役割だ。



      *     *     *



 幼い記憶。ある日、診療所のイスルギ先生が村人全員を連れて、村から脱走をした。ファミリーが輸出用に使うコンテナに忍び込み、これまで見たことのない大きさの船に乗った。


 ワタシは……いや、ワタシとカルロス、そしてコメットは子供だったから、何がなんだかわからなかった。

 脱出は失敗した。船が沖に出た後、ファミリーのヘリコプターが追ってきて、大人たちが、先生が、そしてコメットが……炎に包まれた。


 泣き叫ぶカルロス。大人たちの悲鳴。燃え上がる船。それらは今でも夢に出るほど鮮明に覚えている。けど、その前後に何があったか、記憶にない。次の記憶は、陸上の何処か、コンクリートの部屋の中だ。ワタシとカルロスを含めた何人かの村人は生き残り、その部屋にいた。


 知らない大人たちが、ワタシたちがこの後どうなるかを説明していたと思う。けど、幼いワタシには言ってることの殆どがよくわからなかった


      *     *     *



「なにしやがったお前ら……」


 こめっとの言葉じゃない。AIによってあどけない幼女の声に変換されているけど、まぎれもなくカルロス・ドージュリー本人の言葉だった。


「カル……おい、こめっと落ち着けよ…」


 ワタシも思わず彼女のことを「カルロス」と呼びそうになり慌てて訂正する。今のワタシはマリア・ナスルタータではなく、LxLxLエルキューブ石動いするぎこめっとの兄貴分だ。


「何しやがったと聞いてるんだ…?」

「何って……見てのとおりです! こめっとセンパイがステージやるには、ここで1勝しておかないと……」


 コイツも…華院カイン阿須真アスマも、普段と全く違うこめっとの口調に戸惑っている。けど、なんでそうなったのか理解できてないみたいだ。なんでよ…? ゲームをぶち壊しにしたのはオマエでしょ……?

 レッド・サンは強制ログオフとなったのか、このゲームフィールドから姿が消えている。そしてミヤコは敵意むき出しの眼でワタシたちを見ている。


「ざけたことしてんじゃねえよ…」

「え?」


 こめっとの……いや、今やカルロスでしかないその声は、低く落ち着いていた。けどワタシは知っている。そういう時のカルロスが一番やばいって……。



      *     *     *



 次の記憶は、どこかの国の工場のある街だ。コンクリートの部屋に保護されたあと、大人たちの言われるがままにまた船に載せられた。そして何処かの港で身体検査を受け、また小さな部屋に押し込められ……それを何度も繰り替えし、気がつくとこの街に流れ着いていた。

 いつのまにか他の村の生き残りたちとははぐれ、ワタシとカルロスだけがこの工場で働かされていた。その工場で作られていたモノ…LDRギアの存在は、そこで初めて知った。


 子供二人の工場での稼ぎなんてたかが知れていた。そして大人たちは、隙あらばワタシたちから、わずかなお金をむしり取ろうとした。だから別の方法でも稼ぐしかなかった。


 ワタシとカルロスは、その街で夜な夜な行われているLDR賭博の世界に足を踏み入れた。工場で廃棄されたエラー品のLDRギアを改造して行われる、違法なゲームマッチ。

 ワタシたちはそれに出場し、ファイトマネーを稼いだ。


 特にカルロスは、生まれ持ってのセンスがあったみたいだ。格闘ゲームでめきめきと頭角を現し、危険なデスマッチにも出場するようになった。負ければLDRギアが爆発し、頭に大怪我を負う。それと引き開けに、賞金も高額なものになる。


 そんな危険な地下ゲームにのぞむとき、いつもカルロスの声は低く落ち着いていた。



      *     *     *



「やっ! 約束でしょう!? 直接侘びに来れば、また家族ファミリーに入れてくれるって……」

家族ファミリーだと……」


 どこまで逆鱗に触れれば気が済むんだコイツは……頼むからこれ以上、何も言わないでくれ……。

 華院こいつがどんなつもりで家族ファミリーに加わっていたのかまるで理解できないけど……カルロスとワタシが求めていたのは決してこんなものじゃない!


 あの村で、みんなの心の支えになっていた最年少の少女。ワタシたちが目指していたのは彼女なんだ……!



      *     *     *



 転機が訪れたのは3年前。地下ゲーム場に、見知らぬ顔が現れた。男は日本の学校のスカウトマンだと名乗った。その国の名前は知っていた。イスルギ先生の故郷だ。

 その学校は、SEEFというLDRで構築された世界で活躍できる人材を育てていると言った。そしてカルロスとワタシをそこの生徒として受け入れたいと語った。


 この生活から脱出できる! ワタシもカルロスも二つ返事でその誘いを受けた。しかも行き先が、先生の故郷なんだからなおさらだ。


 私立ヴァンドーム学院で支給されたLDRギアは、工場で作っていたような粗悪品とは違い、ましてや爆発などしなかった。そしてSEEFという世界は、それまで私が知っていたLDRとは何もかもが違った。

 閉鎖された空間で殴り合うか銃を撃ち合うかしか出来ない、地下ゲームの世界とは全くの別物。どこまでも広がり、何でもすることが出来る世界。


 その広大な世界で、ワタシはそれまでの経験を活かし、ゲームプレイヤーとなることを決めた。けど、カルロスは違った。


 カルロスは、自分のアバターに〈Comet・Isurugi〉と名付けた。AIはそれを変換し〈石動こめっと〉をカルロスの芸名とした。

 そして、あの日炎の中に消えた少女の姿をアバターの外見スキンに選んだ。みんなの妹であり、娘であり、孫だったあの子の姿を…


 それを見てワタシは、カルロスが何をしようとしているのかすぐに理解した。だからワタシは決めた。SEEFの中では、ワタシがカルロス自身となって、こめっとを守ろうと。



      *     *     *



「こめっと、なぁ落ち着け」

「どんな世界にもあぶれ者は必ずいる……大きな力の前で、生き方を決められてしまう人間がいる。オレは……そんな奴らの拠り所になりたかった………アイツのように…」

「おい、聞こえてるかこめっと!? おい!!」

「アイツは、皆の希望の光だった。アイツが笑うから、オレたちも、大人たちもやってこれたんだ……だからオレも同じように……」

「なぁ!! 頼むから聞いてくれ!!!」

こめっとオレコメットアイツもこんなの求めちゃいねえ!! こんなのは…家族ファミリーじゃねえ!!!」


 カルロスは右肩後ろへ引き、拳を固めた。ヤバイ。



 カルロスの〈ソウ〉は長らく封印され続けてきた。石動こめっとには不要だったからだ。

 天性のセンスによって作られ、地下LDRゲームで磨かれた、明確な格闘のビジョン。自分の体の動きが、物体を、そして人間を破壊するその瞬間の克明なイメージ。

 それは華院たちコイツらがレッド・サンに使った〈チートソウ〉と同様、SEEFのリミッターを乗り越え、確実な破壊をもたらすだろう。

 そして、これまで築き上げてきた『〈六華仙〉石動こめっと』も破壊される。


「やめろカルロス!!!」


 思考よりも先に、反射的な脳の反応がLxLxLエルキューブを動かした。



 カルロスが〈石動こめっと〉となった時に、ワタシは決めたんだ。



 こめっとを守ること。それがワタシの役割だ。

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仮想空間でドルオタしてたら高飛車アイドルをプロデュースする羽目になった話 九十九髪茄子 @99gami_yutorifortress

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