第3話

「まずはここから出よう」


 少年が私を抱えて仲間にそう促す。

 出るって……どこに行くんだろう?

 仲間3人も、その意見に頷き早速ボスの間から踵を返す。


「ここのダンジョンはクリアが不可能と言われていたんだが、あっけなかったな」

「そうですね~。ボスの間にその子がいたからボスかと思いましたが、違うそうですし……。ボスはお留守みたいでしたね~」

「ま、たまにはこんな楽も良いんじゃない? 」


 そんな雑談をしながら階段を登っていく。

 それにしても、人間からの視界なんて新鮮ね。

 歩く振動があったり、視線が私より高いから見慣れすぎたこの場所が新鮮に写る。

 あら、あんなところに好物の一つのコマツ草があるわ。

 いつも自分の届く範囲でしか食べることができないので、上の方には好物の草が多く生えていた。


「それにしてもここのダンジョンは造りが不思議だな。下には何も草が生えてないのに、上には結構生えてるもんな」


 あ、それ私の食べ跡ですー。

 武闘家の山賊さんが発言した内容は自分の所為だが、言葉は話せないので返すことができない。


 決して黙秘してるわけではないのですよー。


「はぁはぁ……」


 道を進むにつれ、私を抱く少年が汗をかいて息を切らしていた。

どうしたんだろう。

 あ、私がとてつもなく実は重かった⁈

 あわわわわと、まさかのことが発覚したかと慌てる。

 いつも軽ーくジャンプやら追いかけっこ(一方的)していたから、感じたことなかったけれど、実は凄い体重なのかしら⁈

 すぐ後ろにいた魔術師のお姉さん、魔女姉さんも彼の異変に気付いたようだ。


「ロン、体に合わない大きさのウサギを持っているから疲れてない? 代わりに私が抱いてもいいわよ? 」


 気を遣ってそう声を掛ける。

 あ、単純に私が大きいのか。

 子どもでも抱っこできる大きさとは言え、子供の腕力では長時間の抱っこはキツい。

 良かったー。

 激デブというわけではないようだ。

しかし、彼はその意見に対し首を横に振り私を抱き直す。


「ぼくが、はぁはぁ……抱いていたいんだ」


真っ赤な顔で額に汗を垂らしている様子から、とても大変だということが見て分かる。

それでもその小さな体で責任持ってウサギを抱える姿には、涙が滲む姿であった。


 魔女姉さんの場合は正直、少年の言葉とショタならではの色気にやられていた。

 キュンキュンと萌えの矢が魔女姉さんにぶすぶす突き刺さっていたが、そこはなけなしの理性を振り絞り、表に出さずに耐える。


「っつつ! …………、はぁ。今日はもう遅いし、物資の余裕はあるから転移で村まで行こうか?」

「良いの? ミラウネが疲れちゃうじゃない? 」


今日は、そんな疲れてないから大丈夫よ! と、前を歩く二人に呼びかける。

 

「でも、人は少ないとはいえ見つかればまた大変だよ。ダンジョンの入り口に出よう」


 人にとって、転移は珍しい能力らしい。

 そのため見つかれば、騒ぎになって面倒なことになるとのこと。

 結果、徒歩からそれほど距離のないうえに、見つかる確率が低いダンジョンの入り口まで転移で行くことで話がまとまる。

 そうと決まれば、少し先を歩く三つ編みヒーラーと山賊さんに声を掛けて、今の話を伝える。


 お、転移かー。

 今まで練習で使ったことはあるけれど、それっきり。

 一度行ったことのある場所なら移動が魔法で出来るというものだけど、暇つぶしを兼ねてあえて、徒歩で移動していた。

 ましてや、私の他で人の魔法で移動なんて初めてなので、少しワクワクする。


「ちょっと、筋肉! そんなに近寄らないでよ! 汚れるでしょ」 

「おめーは、俺を置いていくつもりか! 後、俺にはディーランと言う立派な名前がある! 筋肉はヤメロ」

「煩いわよ、筋肉! 」


 ギャーギャー賑わいながら、私達はその場を後にした。

 山賊さんは、殴ってやりたい衝動に駆られていたが、ここで手を挙げれば置いてけぼりを喰らうので歯を食いしばりながら耐えるのであった。





 初めてのお外は眩しかった。


 赤い光で覆われて、豊かな自然の息吹きが風に運ばれ、私たちの隙間へ通り過ぎる。

 遠くには山々が連なり、山と山の隙間から赤い光を帯びる塊が、ゆっくりゆらゆらと山陰へ沈んでいた。


「わぁ! 綺麗な夕暮れですね~」


 ゆうぐれ。

 そっかぁ、この景色が夕暮れというのか。

 今まで鬱蒼とした洞窟にしかいなかったから、こんな綺麗な光に包まれた世界は見たことがない。


 そこから先も全てが新鮮であった。

 洞窟では見たことがない、綺麗な羽を持つ虫。

 その虫が集まる色とりどりの花たち。

 木もこんなに生えてるところは見たことがない。

 #洞窟__うち__#では、木という木は生えてない。

 木の根っこがうにょうにょ石造りの床や壁にあちこち張って入るのみである。

 後はトレントという木の魔物がいる。

 彼の枝から生える葉っぱは、苦くて好きじゃないんだよね。


 そんなこんな自分の住処との変化を照らし合わせて、道のりを楽しんでいると、あっという間に人間が沢山いる村という場所に到着した。


「一先ず宿屋で休みましょう」


 向かった先の宿屋という場所は、こじんまりとしつつ、居心地の良い暖かい色味に統一された造りであった。


 「あら! ロンちゃん達お帰り! 無事帰ってきてくれておばちゃん、安心したよ」


 カウンター奥から、のれんをくぐって恰幅の良いおばちゃんが出てきた。

私達を見るやにっこり少し小皺が滲む笑顔で、特に少年を「怪我してないかい?」と甲斐甲斐しく声掛けて迎えてくれた。


「おばちゃん、ただいま。後、この子連れてきたんだけれど、一緒に泊まっても大丈夫?」


 先程から皆がロンと呼ぶ少年が、腕に抱くウサギを僅かに持ち上げておばちゃんに訊ねる。

 私もここでいきなり一緒はダメだと裏口にでもペイッと追い出されたら、初めての人間世界で生きていける自信がないので、頑張って目で訴える。


 まん丸なお目めをうるうるさせて、耳をぺたんこにして、視界上にあるおばちゃんの顔を見上げる。

 追い出さないでー。


「っつ! まぁまぁまぁ! 勿論だよ。幾らでも泊まっていって良いわよ。後で、お前さんには美味しい人参を用意してあげようね」


 よっしゃ! ロンのおかげもあり、美味しい人参まで付いてくることに。

 人間世界の人参はどんな味かなーとワクワクしてしまう。


「良かったー。ありがとう、おばちゃん! 」


 ロンもおばちゃんから無事、許可をもらえてにっこり上機嫌でお礼を告げる。

 さて、早速ロン達の食事も予約しておいて部屋に移動しようと背後の仲間に声を掛けようとした。


「……皆、どうしたの? 」


 そこには不思議な光景があった。

 山賊さんは天井を仰いで、片手で両眼を抑えている。

僅かに全身がプルプル震えているようだ。

 魔女姉さんは、凄い早口で何やら言っている。

 え? 上級魔法陣の数式を口にしてるの?

 凄いね!

 後、三つ編みヒーラーさんは、床に頭を打っていた。

 ズドンズドン、音を立てて額にぶつけているため、額が赤くなっている。

 それよりも眼鏡、壊れないかな?


「まぁ、いつものことだから気にしないで」


 ロンがそう教えて頭を撫でてくれる。

 そっか。

いつものことなのか。

人がって不思議な生態を持っているのね。


 お仲間が奇行に走ったので、先にロンとお部屋へ行くことになった。

 時間をおけば正常に戻るらしい。


「さて、すっごく汚れちゃったから綺麗にしなくちゃ。ウサギさんも綺麗にしてあげるね」


 そう言うと、両手を私に向けてかざして『清浄』と唱える。

 瞬間、清潔な空気と霧状の水が膜となって私を覆いパンッと弾けた。


 わぁ! 凄い。

あっという間に、今までにない気持ちいい心地がするよ。


ロンも自分にかけて汚れを落としていき、綺麗になった。

 洞窟では川が流れているところがあるので、そこでジャバジャバ転がって汚れを落としていた。

 寒い日はキツくて、川に近づけなかったなー。

 いくら毛皮を持つものとはいえ、乾くまでは水滴がついて寒いのだ。

 こういう時、毛皮を持つ身は大変よね。


「んふふ。一緒に来てくれてありがとう! ぼく、こんな可愛いもふもふと過ごすのが夢だったんだ! 改めて宜しくね」


 はにかんだ笑顔でそう、私を人間の寝床に降しながら、ロンは挨拶する。

 私こそ! 連れ出してくれて嬉しいよ。

 その想いを込めて、目の前にあったロンの顔を、ペロッと舐めて私も挨拶を返す。

 これから宜しくねー。


「ふふっ、くすぐったいよ。……そう言えば名前を決めたいんだけれど、ぼくがつけても良い、かな? 」


 少し不安そうに、私にそう尋ねる。

 名前付けてもらえるなんて、とっても嬉しいわ!


 今まで、自分を呼ぶものは誰もいなかった。

そのため、名前なんてなかった。

 私は許可する、と旨を彼の右手に私の左手を重ねで見上げて伝える。

 

 私に名前をください。


「付けて良いんだね? じゃあ……」


 彼はそう口にするも中々、教えない。

悩んでいるようだ。

 眉間にシワを寄せて一生懸命「うーん、白いからホワイト?安直すぎるな」「ウサギ……ウーサ。ウサー。んー、違うな」

と、くるんくるんな毛を揺らしながら、頭を右に左に傾けて考える。


「シファロ。……シファロはどうかな? 光を与える神の名前だよ。君は白くてキラキラしてるからぴったりだと思う! 」


 大層な名前を付けてくれた。


"シファロ"私だけの名前。


 そう考えると、すとんと私が今、存在している感じがした。


 そうか、名前とは"自分"を証明する証なんだ。

 やっと、地に足がついた心地がした。


 不思議。

胸があったかくて、熱いものが込み上げるような感覚が体の内から感じるような気がする。

 その気持ちに落ち着かなく、耳が縦に揺れる。

 因みに見えないが、短い尻尾もふりふり揺れる。


あー、落ち着けー。


「気に入ってくれた? じゃあ、親愛を込めてシファロのことは、シロって呼ぶね! ぼくはローレンド・コレット。皆からはロンって呼ばれてるんだ」


 こうして、初めて私は自分の名前をこんなに可愛い少年、ロンから貰い受けた。


「シロ、疲れたでしょ? ご飯まで少し寝てても良いよ?」


まだ慣れない呼び名に、くすぐったさを感じつつもお言葉に甘えて、人間様の寝床の布に埋れて目を閉じるのであった。

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ショタ勇者のお供はもふもふウサギ @ssk0627

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