異世界転生に失敗した俺は、明日のために戦います ~KABUTO 異界戦記~

さぼてん

プロローグ

『まもなく、電車がまいります』

アナウンスとともに電光掲示板の文字が流れると、ひとり、またひとりと人々が列を作る――今日もまた、そんな当たり前の光景が広がっていた。

西暦2022年、日本。大きな技術革新がある訳でもなし、忍者社会になるでもなし。

人々の日常はただ、ゆるやかに流れていた。


「くぁあ……」

列の先頭に立ち、大きな欠伸をする学生服の青年――剣先兜もまた、そんな中の1人だった。

目覚め、登校し、帰宅する――そんな繰り返しが、彼の生活だった。

別に不満に思ったことなど一度もない。繰り返しの中で新たな発見を見出すことが、彼の密かな日課だったからだ。

「明日は明日の風が吹く」。それは彼の口癖であり、座右の銘だった。

しかし。


「えっ……?」

背後からの衝撃に彼の身体が宙を舞う。視線の先には線路、右手に見えるは電車。そして――


「きゃあーーっ!」


悲鳴を皮切りに、駅のホームは騒乱に包まれた。

こうして彼の「明日」は、突如として奪い去られてしまった――




「と、いう訳で」


どこまでも続く、白い空間――おそらくその中心であろう場所に、なぜか畳が4枚ほど敷き詰められ、ちゃぶ台が置かれていた。


「あなたは死んでしまわれたのです」


そこに座るは、金髪碧眼の少女。彼女はそう、言うなれば「女神」である。

現代社会の基準で言えば美少女といって差し支えない容姿をする女神は、落ち着いた口調でそう告げた。

「って、聞いてます?」

しかしそんな口調も数秒経たぬうちに崩れ、首をかしげながら問う。目の前に座る青年――剣先兜が、どこかうわの空に辺りを見回していたからだ。

きっと、ショックで状況が飲み込めていないのだろう――そう考えた彼女は、

「……お気持ちは分かります、ですが――」

諭すように彼に語り掛ける。しかし。


「いやー、思ったよりなんにもないんですね、あの世って」


「なっ!?」

返ってきたのは不安の言葉などではなく、そんな感想であった。彼女は思わず体勢を崩し、額に手をやる。


(何なの、この子……)

とぼけた様子の彼に呆れながら、心の中で愚痴をこぼす彼女。


「でも、なんか変な気分ですよね。自分が死んだときの話を自分で聞くだなんて」

そんな彼女のことなどつゆ知らず、頭を掻きながら笑って言ってのける彼。


「あ、あの……あなた、死んでしまわれたんですよ?無いんですか?その……未練とか、不安とか」

あまりにもあっけらかんとしたその様子に引き気味になりながらも、そう尋ねる彼女。


「まぁないと言えばウソになりますけど、それが俺の人生だって言うんなら、仕方ないとも思ってます」

「人間って、そういうものでしょうし。ひとつしかない命で、瞬間瞬間を必死に生きてる――だからじたばたしたってしょうがないってもんですよ」


「ええ……」

諭されるどころか、逆に笑ってこちらを諭してくる彼に、彼女はさらに困惑の色を見せる。

「ごほん……とにかく」

彼女は膝を叩き、咳払いをする。これ以上彼のペースに呑まれぬよう、話を仕切りなおすことにした。

「俺は死んだ、ってことですよね。2回も聞いたからもうわかってますよ」

しかし、そうはいかなかった。言おうとした台詞を出だしから潰され、またも彼女は大きく体勢を崩した。そして。


「もう、何なのよーーっ!」

身体をプルプルと震わせ始めたかと思うと、わんわんと泣き始めてしまった。



「……グスン」

「アハハ……すいません」

数分後。顔を赤くしながらもなんとか落ち着きを取り戻した彼女。人間になだめられるその姿は、もはや女神の威厳などあったものではなかった。

「……本題に入ります」

彼女は鼻声になりながらも涙をぬぐい、話を続ける。今度は彼も口を挟まず、静かにそれを聞いていた。


「貴方には、異世界に転生していただきます」

「……はい?」

今度は、彼の方が驚かされた。鳩が豆鉄砲を食ったように、彼女の顔を見つめる。

「簡単に言えば、また人として生まれ変わるんです」

「はぁ」

彼は間の抜けた返事をしながら、腕を組んで何度もうなずく。表情は先程と変わらず、口を少し開けたまま。

「……話、分かってます?」

「まぁ、はい。輪廻転生、ってやつですよね。」

「そうとも言いますね。そこで――」

そう言いながら彼女は空中を指差す。すると、何かが書かれた光のスクリーンが現れる。

「貴方に好きな『能力』を一つ――」


「あ、いりません」


彼女が言い切る前に、彼が割って入った。


「ふむふむ、いらない、と」

「って、はい!?」

あまりの即答に一度は聞き流してしまうも、すぐに驚愕の表情で彼の顔を二度見する彼女。


「いらないって何ですか!?ほらっこれとかすごいですよ!?」

「だからいりませんってー。新手の押し売りみたいになってますよ」

焦り顔で詰め寄る彼女を、両手で押しとどめる兜。

「皆さんこぞって欲しがるのに……ホントに変わりものですね、貴方」

「えへへ、よく言われます」

「褒めてません」

照れくさそうに笑う彼をバッサリ切り捨てると、彼女は溜息をつく。

「……それじゃ、どうするつもりなんですか?」

「とりあえず、普通に暮らせればそれでいいかなって。力なんてあったって、窮屈なだけです」

「……はい、わかりました。そこまで言うなら……」

「あ、ひとついいですか?」

「……何です?」

おもむろに右手を上げて質問する彼に、彼女はもはや面倒くささを隠しもせずに言う。

「俺が行くところって、どんなところなんですか」

「……平和なところですよ、それなりに」

「よかった」

「じゃあもういいですか?それでは……」

彼女はそこまで言うと、両手を広げ、目を閉じる。すると兜の足元が光り輝き、円形の文様――いわゆる魔法陣が現れる。


こうして、彼の異世界生活は始まりを告げた――


「あ、ぐ……」


その、はずだった。彼女は突如として呻き声をあげると、その場に倒れ込む。畳の目がじわじわと赤に染まってゆくその様子に、兜は困惑する。


「がっ!?」

しかし、それもつかの間。今度は彼を魔の手が襲った。

「な、何だ……?」

彼の首を、何者かが締め上げていた。彼の倍ほどもの背丈を持つそれは、黒い竜を模した鎧だった。

「もらうぞ……貴様の身体!」

左手にまだ血の滴る剣を持ちながら、低くくぐもった男の声でそう告げる鎧。

「う……がは」

どんどん首を締めあげる力は強くなってゆき、意識が遠のき始める。そして。

「フン!」

発せられた声とともに、「何か」が身体から抜けていく感覚が彼を襲う。

同時に、彼の意識は完全に暗闇へと落ちてしまった——

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異世界転生に失敗した俺は、明日のために戦います ~KABUTO 異界戦記~ さぼてん @atamaheisei

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