終章 極東最大の軍事力
第36話 世界を相手に立ち向かう!
薬袋邸での騒動の翌日、梢は無事に登校してきた。騒動のことはすでに知れ渡っているのか、グラウンドから下駄箱へと向かう梢のもとに次から次へと生徒が心配そうに話しかけてくる。
今までとは違う周囲の状況に戸惑いながらも、梢は「たいしたことはない、心配してくれてありがとう」と、幾たびも声を返した。
その一つ一つが嬉しくもあり、梢は感動すら覚えていた。
ただ、梢はそんな生徒達の中に探していた顔が無いことに気付いた。逆に心配になる。
――昨日、強く殴りすぎただろうか。
*
「おっはよーございまーす!」
やはりと言うべきか、心配は全くの無駄で放課後になると太一は元気よく部室に現れた。昨日のことを謝ろうかとも思ったが、突き抜けそうな太一の笑顔を見て思いとどまった。
その代わりに笑って、将棋盤をテーブルの前に広げる。
「はい、おはよう。昨日のことは反省した?」
「それはもちろん。だから、今日も授業さぼって朝から会いに行きたいのを我慢して今まで待ってたんですよ。先輩はそういうコトされるの嫌でしょう」
なるほど。と、納得する想いと、少し残念に思う自分がいる。
「その割にはここに来るのが遅かったわね」
「あ、それはですね。ここに来る前に古川が俺のクラスに来たんですよ」
「ちえりさんが? ……何してるの?」
太一がもう一つ将棋盤を広げるのを見て、梢は訝しげな声を上げる。
「え? 部活の準備……」
「それなら、私の前に座ればいいでしょ。今日からは手ほどきしてあげるわ」
「は、はい! いやぁ、ついにこの日が来たか」
太一は嬉しそうにパイプ椅子を広げて、梢の前に腰掛けた。それから二人して駒を将棋盤に並べてゆく。それから梢が自陣の歩を端から五枚取る。
「何です?」
「振り駒と言ってね、正式にはこうやって手番の順番を決めるの」
と言って、梢は握った五枚の歩を番の中央に落とす。表を向いた歩が四つ。
「こうやって表が多い場合は、振った方――つまり私からということになるわけ」
「ははぁ」
梢は歩を元に戻し、ます角道をあける。それに対し太一は飛車先の歩を突きだした。
「……それでね、七草君。次の日曜空いてる?」
突然すぎる申し出に、太一は面食らった。が、すぐに立ち直り、
「空いてます空いてます、っていうか空けます」
「ウチの父が七草君に会いたいんだって」
そう言いながら、飛車を王の上に移動させる。中飛車という戦法で、梢の好みではないが太一に教えるつもりで、敢えて選択した。
……のだが、太一はちっとも将棋盤を見ていなかった。
「こ、交際に反対されてるんですか? その、俺たちの!」
とっちらかった太一の言葉に梢は天を仰ぎ、
「あ~~~~」
と気の抜けた声を出して、梢は今朝の出来事を思い出す。
*
兎にも角にも母屋が無事だったので、薬袋家の二人は無事に朝を迎えることが出来た。
父と娘が完璧に身だしなみを整えた状態で朝の食卓に着く。梢は制服姿で、宗昭はスーツ姿だ。和の佇まいを持つ薬袋邸とはあまりそぐわない格好だとも言える。
そして、梢のすぐ側には昨日の失態など無かったかのように、凜とした双華。こちらも白のスーツ姿だ。
「父は話があるぞ、梢」
「何でしょうか?」
共に三角食べを実行している最中、宗昭が梢に話しかける。
「転校生、七草太一君のことだ。父が知っている彼の情報は、能力の持ち主であるということがいきなり判明したので、この街に呼んだということだけだ」
「昨日までは、ですよね」
「うん、ああ……そうだな」
宗昭はそこで言い淀む。梢は助け船を出すことにした。
「父さんには事後報告になってしまいましたけど、私、彼のことが好きです。交際しようと思っています」
「そこだ」
宗昭は、ポンと膝を打った。
「本当に好きなんだな?」
「父さん、何度も言わせないでください。恥ずかしいですし、何より双華さんが大変です」
確かに双華の肩が震えている。
「それならば、その七草君と結婚してみないか? いや、法律を守るなら彼が十八になってからということになるが」
「………………は?」
何を言われたのか、一瞬では理解できない。自分と太一が結婚? 話が飛びすぎている。双華が黙ってはいまい、と目を向けてみると歯ぎしりはしているものの、動き出す気配はなかった。
その双華らしからぬ振る舞いに、梢の頭が休息に冷めてゆく。
「梢は結婚に反対か?」
「どうして二者択一になっているのか理解に苦しみますが、父さん。狙いは何ですか?」
「彼を薬袋家の婿養子に迎えたい。父と同じように」
梢は今度は声を上げなかった。その代わりに宗昭の言葉を検討し、そこに双華の態度を加えて推理してみる。双華が表面上だけでも納得しているということは、太一にとってろくな話ではない。そして、婿養子。
昨日の出来事もプラスして考えると、自ずと答えが見えてきた。
「――七草君を極東最大の軍事力に仕立てるつもりですね」
「孫を爆弾にするよりはずっといい」
「婿養子は人間扱いしないんですか? 父さん自身もそうなのに」
「しかし梢は彼のことを好きなんだろう。別れるつもりで交際するバカもいないだろうから順当にいけば結婚することになる。その時に少しばかり行き来を逆にしてくれというだけの話だ」
と、言われれば理屈は通っているようにも思える。
「それに彼自身が現地に出向くことはほとんど無いはずだ。日本がいつでも抜ける刀を持つこと、がこの街の役目だからな。しかも実際に赴くとしても、我々には彼女がいる。実際の危険はほとんど無いと言ってもいいだろう。能力で自分自身が傷つくことは無いのだからな」
彼女。エクストラ・ワン。柳井流美。時間を食うという彼女の能力――
「ちょっと待ってください。彼女は他の人も運べるんですか?」
「ん? ああ。昨日も九条君を父のところに連れてきたぞ」
梢は思わず持っていた箸を折りそうになった。騙された。そうなら昨日の騒動はもっと早くに片がついたことになる。画策したのは誰だ? 考えるまでもない。エセ傍観者め。
九条信夫。あの男は敵だ。が、その対応よりも先に、今は父の相手をしなければならない。なんと言ったものか……。
まず梢は常識的対応を求めることにしてみた。
「……にしても、父さんは知らない相手に無茶を頼むのですか?」
「話が早くて助かる。七草君を紹介してくれ。次の日曜日で構わんな」
待ちかまえていたように――いや、実際待ちかまえていたのだろう。宗昭はすかさず言葉を返してきた。それに対する反論を梢はひねり出すことが出来ない。
――どうやらこちらでも嵌められたようだ。
*
「反対というわけじゃなくて、娘を持つ父としては当然の反応ととらえて欲しいわ」
己の願望も込めて、梢は太一にそう返事をした。すると太一は素直にうなずき、
「頑張りましょう先輩。僕たちの明日のために」
罪悪感が湧いてこないでもないが、いざとなれば自分が太一を守ろうと梢は決意する。
そして、話題を切り替えるために引っかかっていたことを尋ねてみた。
「で、古川さんの話はどうなったの?」
「あ、そうでした。会長がいきなり生徒会規約とやらを作り出したらしくて、その内容が『クラブ活動は三人以上を持って正式なものとする』とかいう内容らしくて」
「何ですって!?」
思わず立ち上がる梢。囲碁・将棋部を狙い打ちにしたような規約ではないか。
「来年度の春かららしいんで、慌てることはないって言われたんですけどね。来年新入部員が来ればいいわけですから……来年、新入生来るんですかね?」
潜在的能力者の数は増えていると聞いているから、そこは問題ないとして、いきなりそんなことを言い出した浩文の意図が不明だ。単なる嫌がらせか、それとも……
「でも、そうなると先輩と二人きりの時間が減りますね。それは残念かも」
「いいのよ。元々暇つぶしのために作った部なんだから。いざとなったら活動を中止しても……」
「それじゃ、生徒会に負けちゃうことになるじゃないですか。それに生徒会と戦うという高校生活最大の醍醐味が無くなるのも、これまた残念ですね」
「あなたは私と……」
いかん。今何を言おうとした。すんでの所で思いとどまる梢。そして、浩文の意図を理解した。タイムリミットを設定することで、こちらを煽っているのだ。
なるほど以前と同じだ。結局のところ自分のパートナーが重要なことに代わりはない。ただ、今はそのパートナーを自分で選んだのだ、という違いがある。
そうだ。自分で選んだのならばとことん突き詰めてやる。先に起こるであろう色んなトラブルは、二人ならきっと乗り越えていける。
「先輩と?」
珍しくしつこく太一が聞き返してきた。梢は大きく息を吸い込んだ。
「半年以内にもっと親密な仲にならないとダメなの。いいわね、これは先輩としての命令よ。今まで言ったことが嘘じゃないなら、証明して見せて。あなたは私にもっとメロメロになって。何を言われても、何を頼まれても私のために“うん”と頷いて」
それは梢にとって初めての我が儘。好きな相手だけに見せた初めての甘え。もう二人の間に余計な雑音を入れたくなかった。そのためにはただ、太一とずっと一緒にいると決意すればいい。そしてそれを見せつけてやればいい。
「それなら、私もあなたにメロメロになるから。あなたの梢になるから……」
「そんなこと言われなくても、俺は最初から先輩にメロメロですよ」
と言いながら、太一は立ち上がる。一瞬身構える梢だったが、太一は梢の方を見ずに、そのまま扉へと向かった。そして勢いよく扉を開ける。
そこには、鈴なりになった伍芒高校生徒の群れ。
「でも、その続きはこの不埒者どもを片付けてからにしましょう」
太一の頭上に、七支剣が出現する。
「先輩とのラブラブ空間を守るために入部はお断りだ。とっと帰って貰おうか」
七支剣の牙が揺らめいた。
*
以前より乱雑になった保健室。そのベッドに並んで腰を下ろす信夫と流美。
「信夫ちゃんは行かないの?」
行くとは無論、地学準備室のことだ。
「行ったら、確実に命がないですよ。僕がいなくなってもいいんですか?」
「いいよ。そうすればあたしを縛り付けられる人間がいなくなるから、あたしは自由を取り戻すの」
「寂しいこと言わないでくださいよ」
流美はそこで何も言わずに信夫の腰に手を回し、
「これで全部あなたの狙い通り?」
「そうだね。今まではったりだけで金を引っ張ってきた相手にも早々に成果を見せつけることが出来るし、それがまた僕たちの中心になってくれそうなほど人が良い。ただ……」
「ただ……何よ?」
「僕たちが一番望んだ、平穏な日常は二度と来ないような気がして」
その瞬間、狙いすましたかのように響き渡る爆発音。信夫と流美は顔を見合わせて、お互いに笑い合いながら肩をすくめた。
「……ま、退屈はしないでしょうね」
「同感」
*
こうして、世界の軍事バランスを大きく動かすこととなる人間核融合爆弾、薬袋太一とその一党は誕生した。
軍事力を持たないことで嘗められていた日本を背負って、後年彼らは世界を相手に立ち向かうことになるのである。
世界を相手に立ち向かう! 司弐紘 @gnoinori
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