第35話 再び秩序が訪れる

「――そう、日本には婿養子というシステムがあります。七草君を薬袋家に迎え入れれば、恐らく彼の家紋は薬袋家のものとなる。その家紋に彼が受ける印象はすでに太陽以外にはあり得ない」


 そういって、信夫は宗昭の肩をポンと叩く。その言葉が机上の空論でないことは、先ほど梢自身が証明して見せた。家紋と能力自体は切り離して考えることが可能なのだ。


「宗昭さん、大幅な計画の前倒しが実行できますよ。もう梢さんの子供を待たなくてもいい。海外からの脅威も具体化している今、他に選択の余地はないと思いますが」

「それにさ……」


 今まで黙っていた流美が口を挟む。


「あなたの娘、七草太一の事を本当に好きなのよ。娘のことを考えても悪い話じゃないと思うわ。あたしは最初乗り気じゃなかったんだけどね、信夫ちゃんから今の話をを聞いてね、協力する気になった」


 やけにさばさばした口調で続ける流美。それが照れ隠しなのだと信夫は気付いていたが何も言わずに、流美に先を促す。


「……あたしらはおかしな能力のせいで、これから先、色々不都合がある。そんな中でも幸せにはなれるんだっていうところを見たくもあるわけよ。羨ましいとか妬ましいとかいう感情ももちろんあるよ。あるけどさ……」

「賛成してくれたとしても、梢さんの夫――七草君のことだけど――は将来危地に飛び込む可能性が高くなるので“そして二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ”という具合にはいかないだろうけどね」


 異能集団の中でも、さらに特殊な存在エクストラ・ナンバー二人がかりの説得に、宗昭は即座に言い返すことも出来ず。そのまま眼下の光景に目を遣って、


「……帰国したばかりで情報も少ない。とりあえず考える時間をくれ」


 その言葉に信夫は肩をすくめ、


「いいですよ。僕の情報が信用できないなら、お好きなルートを使って情報を集めてください。ただ、梢さんの監禁はいただけない。これは二度としないと約束してください。じゃないとまたこの騒ぎが起きますよ」


「それはもちろんだが、このような暴挙も許されるものではないぞ。そもそも、津島君ともあろうものが……」


「七草君の名は太一。太一とは昔、北極星を意味するらしいんですよ。良くできた偶然の一致だと思いませんか? 彼は僕たち能力者の中心になってしまったんですよ。会長もケケ君も筑紫君も古川さんも梢さんも、そしてこの僕も、この一週間あまり彼の周りをぐるぐる回っていたような気がします」

「よほど、その転校生をかっているんだな」


 嫌味たっぷりに宗昭が言い返すが、信夫は平然と、


「これから実の娘に、その転校生の話ばかりされるんですよ。今から慣れておいた方がいいと思いますがね」


 宗昭の細面が音が聞こえそうなほどに歪んだ。


                  *


 薬袋邸の騒ぎは完全に沈静化していた。一部を除いて。その一部とは東南の離れのすぐ側の中庭。騒ぎの被害者は七草太一と白澄双華。先ほどまでかなり本気の殺し合いを演じていた二人である。それが今は二人並んで説教を受けている


 そして加害者は薬袋梢。無抵抗な二人に筋が通っておいるようで通っていない、怒りにまかせた言葉の銃弾を雨あられと浴びせていた。

 そしてこの三人を中心にして生徒会の面々と、薬袋邸を警護していた男達が十重二十重に取り囲んでいる。


「か、完全にさらし者だ」

「あ、今さらですけど初めまして。俺、七草太一っていいます」


 梢の言葉の雨の中、正座させられている二人の態度は実に対照的だ。


「聞いてるの、七草君?」

「あ、はい。でも、先輩の身内の方なら、ちゃんと挨拶を……」

「身内って……そりゃそうだけど、今あなたは私に怒られてるのよ」

「お、お嬢様!」


 正座のまま勢い込むという器用な真似をしながら、双華が梢に呼びかける。


「み、身内とお思いなら、なぜにこのような仕打ちを!?」

「私を監禁したのは誰?」


 そう言い返されると、もはや一言もない双華であった。顔を朱に染めて黙り込む双華の代わりに、今度は太一が声を上げた。


「先輩、もう勘弁してくださいよ。危ないことをしてすいませんでした。家の方は極力壊さないように加減したつもりです。あ、塀と門は勘弁してください」

「反省しているようには見えないわ」


 冷たい口調で太一を見下ろす梢。実に様になっている。だが、太一は挫けなかった。いい加減足も痺れてきている。そこで話を変えるために気になっていたことを聞いてみることにした。


「先輩、さっき俺の剣、持ってませんでしたか?」

「え?」

「そ、そうです! こ、梢様、まさか!!」

「ち、違う! 双華さんが思うようなことは一助的な方便で、私はまだ――」

「先輩、説明して下さい。何だか顔が赤いですけど」

「九条君! 九条君はどこ?」


 太一を無視して、突然叫び出す梢。だが信夫はここにはおらず、代わりに浩文が、


「別に九条を呼ばなくても、梢さんが七草の剣を持てた理由は俺が説明できるぞ」

「しなくていいから」

「何でですか? 教えてくださいよ」

「七草君、わかってて言ってるでしょ」

「いや、理屈はわかりませんよ。でも、こう言うと先輩がとっても可愛くなることだけはわかります」


 いつものごとく太一の空気を読まない台詞。生徒会の面々はいい加減慣れたのかガックリと肩を落としただけですんだが、初体験の警備の男達はズザッと一斉に後ずさる。


 当の梢は、それどころではない。今で以上に顔を真っ赤にして、口をパクパクとさせるが、言葉が出ない。


「き、貴様! 梢様を愚弄するか!」


 一人、双華だけが言葉を発することが出来た。しかし太一は慌てず騒がず、こう返す。


「可愛いって言っただけですよ。白澄さんもそう思うでしょ?」

「そ、それはそうかもしれんが……なんだそのなれなれしい口の利き方は。私はお前の友人でも何でもないぞ!」

「え、でも先輩の身内なら将来的には俺の身内ですもん。なれなれしいも何も……」


 ギンッ


 と、双華の殺気が復活した瞬間、


 ゴンッ


 と、梢の肘が太一の脳天に命中。太一はうめき声も立てることが出来ずに倒れ伏した。


「言葉が通じないなら、こうするしかないわね」


 自分の行いを微塵も後悔していない強い口調で梢はそう言い、そのまま視線を双華へと向けた。言うまでもなく殺気は引っ込んでいる。


「双華さんもいいわね。これ以上バカやるなら私にも考えがあります」

「は、はい。肝に銘じます」


 七支剣を持つ梢の姿に衝撃を受けたのか、それとも今の太一への一撃を見て、たぶらかされたのでも何でもないことを理解できたのか、双華は素直に梢の言葉にうなずいた。


 太一の恋人としても、薬袋家の次期当主としてもまず満点の手際だろうし、この騒動の落としどころとしてもまず納得のいく収め方だ。

 すると、どこからか拍手が聞こえてきた。浩文だ。


「お見事だ梢さん。これからも七草を頼むぞ。こいつはもはや生徒会としても手がつけられん。しっかり面倒見てやってくれ。部長として。そしてパートナーとして」


 その言葉に梢は再び頬を染めたが、今度は力強く返事をした。


「はい!」


 こうして七草太一によってもたらされた、葉が丘という街の秩序の崩壊は、その太一を中心にして再び回復された。

 そして、それはこの葉が丘の街が新たなステージに進んだということも意味していた。


 ――閉鎖から開放へと。

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