第34話 能力者を凌駕する超人

 その頃太一は、死線を彷徨っていた。何しろ殺す気で日本刀長ドスを振り回す狂戦士が相手だ。しかも性別は女。こちらからは何とも手を出しにくい。


 今まで生きながらえているのは、七支の剣の特性のおかげだ。六本の牙が巨大化して、それぞれが勝手に狂戦士――双華に襲いかかっている。


 半暴走状態と言ったところなのかも知れない。実際、何度か意識が飛んでいる自覚がある。が、それより問題なのは双華はそれを相手に無事だと言うことだ。


(九条の言う、プロではなくて格闘技の達人の方か)


 と呑気なことを考えている場合ではない。どういう理屈かはわからないが自分の剣を受け止めることが出来るのなら、もはや遠慮はいらないだるう。それにどう考えても、相手の方が格上だ。


 決意と共に、七支の剣が燃え上がる。牙だけではなく剣自体が巨大化しする。その大きさはまさに天を衝くほどであった。しかしそんな異様な光景を見たはずなのに、双華にはまったく怯んだ様子が見られない。


 ただ、ゆらゆらと揺れていた身体の動きが止まった。刀を深く肩に担ぎ、前のめりの半身の構えになる。剣道では見ない構えだ。何かの古流派が双華の修めている武術なのだろう。


 が、それがわかったからといって、太一に出来ることは何も増えない。元々剣の腕で勝負できる地平に立っていない。


 太一は巨大化したままの剣を振り下ろす。その軌道の先にはもちろん双華がいる。このまま双華が竹史のように硬直してくれれば楽なのだが、双華はきっちりと反応している。


 しかし、その反応こそが太一の欲しかったものだ。振り下ろす途中で剣を普通のサイズに戻す。当然、そのままでは双華に届かない。が、これで突くことが出来る。構えを崩した双華相手にだ。


 さらに意識的に牙を巨大化させ、それぞれを別々の方向から双華に向かわせる。同時に七つの突き。を、二段突き。


 剣の腕で勝負にならないのなら、能力を使うしかない。そしてこれが今の太一に出来る、最高の攻撃だった。これでダメなら――暴走することになる。


 集中した意識がもたらすスローモーションの風景の中、運を天に任せる心持ちで、自らの攻撃の行方を見つめる太一。双華がどう受け止めるか、という太一の予想はことごとく裏切られることとなった。


 双華は構えた刀をまったく動かさなかったのだ。双華は剣で弾くのではなく、同時の十四撃を見切る。そんな無茶を選択したらしい。そしてそれは全くの正解だった。スローモーションの世界のなか、双華の姿がぶれる。


 十四撃とはいっても最終的にその行き着く先は必ず双華だ。双華は自分に届くその寸前、攻撃範囲から一瞬で脱出した。分類すれば、それは摺り足なのだろう。


 が、太一の知っている摺り足とは桁が八桁は違う。ふざけたことに双華はヒールを履いてさえいる。そんなレベルの達人が攻撃を回避するだけで終わらせるわけがない。攻防一体は基本中の基本だ。


 悪い予想は当たり、突きを放ち無防備な状態となった太一のすぐ目の前に、表情のない双華の貌。が、次の瞬間フィルムを切り落としようにして笑みが浮かんだ。


 何処か歪んだ、地獄のふちそのものの笑顔だった。


ったわ、悪い虫」


 怖い笑顔のまま、双華が死刑宣告。


「死ね」


 担いでいた剣が跳ね上がる。この至近距離で振るうには、あまりにも体重の乗った一撃を放つつもりだ。誇張表現でも何でもなく、身体が斜めに両断されてしまう。


 ――ドンッ!


                  *

 

 まず虚空に浮かび上がるのは、光る輪。その次に輪の中に十字が現れる。さらに十字を構成していた二つの線が、おのおの分かれてゆき、その間に正方形の隙間を作り出していった。ちょうど井の字を形を作っていくことになる。


 そんな超常の光景を見守っている一人の男性の姿があった。長身痩躯。年の頃は四十の半ばといったところだろう。どこもかしこも尖った印象を覚える鋭い容貌の持ち主で、グレーのダブルを着込んでいる姿に隙はない。


 葉が丘の創設者にして支配者、薬袋宗昭である。


 その宗昭の見つめる先「井」の中央からいきなり指が突き出てくる。そして、そのままずるりと人の身体が抜け出してきた。信夫だ。次に現れたのが流美。


「宗昭さん、ご覧いただけました……」


 言いかけた、信夫の胸ぐらを宗昭がいきなり掴む。


「九条! なんだあれは!! ウチの娘が!!」


 いきなり錯乱している宗昭。クールそうな容貌が何もかも台無しだ。流美はいつものことなのか、やれやれというように頭をかいて何も言わない。


「い、い、一時的!! 一時的ですから」


 必死になって、言い訳を開始する信夫。


 宗昭がいる場所は、自分の家が見下ろせる山の上の休憩所。帰国する早々、信夫から連絡を受けこの場にやってきたわけだが、始まったのが自分の家の破壊ショーだ。

 これだけでも怒り出すのに十分なのに、もっと酷いことが起こった。


 愛娘の梢が薬袋の家紋ではなく、見も知らぬ家紋の力を振るっている姿を見てしまったのだ。それはつまり、梢が他の家に嫁いだということになる。


「何が悲しくて、娘がわけのわからん男の嫁に行くところを傍観せねばならんのだ!」

「お、お、落ち着いて。一時的なものですから」


 もう一度、説得を試みる信夫。眼下では梢が双華と太一の間に割り込んで、双方ともその場で正座させるとなにやら説教を開始したようだ。その手にはすでに七支の剣は握られていない。


「あ、あれで終わりか? よ、嫁に行ったりはしてないんだな?」

「梢さんの能力が消失したことよりも、心配なのはそっちの方ですか。まぁ、そういうあなただからこそ、この街の建設に協力する気になったんですが……」


 信夫は、胸元から宗昭の手を外して改めて問いかける。


「……で、ご覧になりましたか? あの剣の大きさ」

「ん? ああ、先に出ていたものの方がずっと大きかったな。つまりはその保護した七草という転校生の方の剣だろう。後から出たのが梢のものだとして、梢はその七草って奴に……」


 今にも泣き出しそうな宗昭に信夫は優しく声を掛ける。が、内容は随分と事務的だった。


「梢さんの能力の容量より、七草君の容量の方が多分上なんです。それが剣の大きさで現れている」

「だから?」

「今の梢さんの容量では顕現できない太陽の力。では、七草君が試みるとどうなるでしょう?」


 どこか笑いをかみ殺すような信夫の口調。


「何を言ってる。そんなことは――」


 反論しかけた宗昭の言葉がそこで止まった。そしてバカ親丸出しだった表情が引き締まっていく。


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