第33話 空想彼女の正体
対能力者戦になることは予測していた。が、頭の何処かでその戦いは、もっと忍びやかなものになると考えていたのだ。梢の努力を見ていれば、そう思っても仕方がないではないか。
それが何だの連中は?
土塀のあちこちに質量兵器を食らわせる。火の玉を操って、こちらの武器を無力化する。回り込もうとした部隊は足止めされる。極めつけはあの使い勝手の良すぎる火炎放射器を振り回した少年だ。
(これではまるで戦争ではないか!)
白澄双華は心の中で毒づいた。
しかもあの一番非常識な能力者が梢の想い人なのだ。
(絶対に許されないわ!!)
双華は家に伝わる、兼定を鞘から抜き払う。宗昭のいない今、梢に悪い虫がついたなどあってはならないことだ。切り捨てる。切った無かったことにする。
いや、そういう問題ではない。
(あんなのに梢様を盗られてたまるか!)
二度と不埒なことが出来ぬよう、八つ裂きにしてやる!
*
今のところ囚われのお姫様という立場に甘んじている梢だったが、もちろん諦めたりはしなかった。しかも今、外でわかりやすく騒ぎが起こっている。こういう事態に備えて、動きやすいようにTシャツにパンツ姿で備えていたのが無駄にはならなかった。
間違いなく太一だろう。実は平和主義者らしい太一だが、いかんせん頭があまり良くない。九条か誰かにそそのかされたのだろう。あの自称傍観者め。介入しまくりではないか。このまま話に聞く“血の暴走”とやらが起きれば、場所が場所だけに山火事の恐れもある。今はここを一刻も早く脱出して、太一を止めなければ。
今は半端な自分の能力が恨めしく、また幸運だったとも思える。自分の能力は太陽。本当に発動すれば山火事を止めるために、山ごと消し飛ばすような大騒ぎになるが、幸い今の自分ではそこまでのことは出来ないだろう。
が、何も発動できなければ脱出も出来ない。ジレンマだ。しかし、何もしないなどという選択は出来ない。太一がすぐそこにいるのだ。つきあい始めてから一度も会ってない。
そんな馬鹿な話があるだろうか。
会いたいのだ! 太一に! 今すぐに!
梢の頭上に華が浮き上がる。その花弁の一枚一枚が光を帯び、輪郭を失い光の塊に――
「うっわ! 熱っ!!」
突然、背後から聞き覚えのない女性の声。途端、梢の頭上の華は消え失せ、その身体が一瞬で翻る。そして次の瞬間には謎の侵入者――正体もここへの侵入方法も含めて――を完全に組み伏せていた。腕を極め、そのまま頸動脈を閉め“落とす”構えだ。
「タップタップ! 信夫ちゃんからの使いだって」
埃が出るほどに畳を叩く相手に、梢は用心しながら極めていた腕を解放し、それでも相手が抵抗しないのを見て、首に回していた腕をほどく。そして疑問符をたっぷりとつけて、こう尋ねた。
「“信夫ちゃん”って、九条君のこと? もしかして?」
「そう。あたしのダーリン」
「ダ~~~~~リン?」
お嬢様にあるまじき声を出して謎の侵入者をなじる梢だったが、その単語である言葉に思い至った。
「もしかして、九条君がいつも言ってる空想彼女?」
「失礼な人だなぁ。あなた空想の人間に技を極めたって言うの? んじゃ、改めて自己紹介。私は信夫ちゃんの彼女で、エクストラ・ワン」
「え?」
いきなり飛び出した重要な単語に固まる梢。そんな梢に、自称信夫の彼女は艶やかに微笑んで見せた。
*
薬袋邸に侵入した太一と竹史は順調に離れを目指していた。太一がまず大雑把に進行方向に剣を振り下ろして、見通しを良くしてから竹史の火の玉が、一人一人にとどめをさしてゆく。要領としてははこうだ。
火の玉はあくまで牽制で使う。今度の戦いの場合、直接当てると大事になるという事情もあるのだが、人に限らず生き物は本能的に火を恐怖する。だから火の玉を使えば、プロといえども五秒の時間を稼ぐことが出来る。本気の戦いならその五秒の間に火の玉をぶつければいいし、今ならば――
バチッ!
相手の隙を突いてスタンガンを押しつければ勝負ありだ。
「ほらみろ、お前のウリはその素早さだって言ったろ」
炎の剣を肩に担ぎながら、太一が歩み寄ってくる。
「……でもこれじゃ会長には勝てねぇだろうなぁ」
実質、一人でプロと言われている男達を排除した竹史はそれでも不満そうだ。そんな竹史に太一は笑顔を向ける。
「ケケ、お前良いなぁ。うん、いいよ!」
突然の賞賛に竹史は一瞬虚を突かれ、慌てて目をそらした。そして横を向いたまま、
「俺の仕事はここまでだ。だから教えといてやる。俺がお前以外に負けを認めた相手が三人いる。会長、薬袋の姐さん」
「姐さんって、先輩のことか?」
「それは自分で確かめろ。で、最後に今日のラスボス白澄姐さんだ」
「は?」
「薬袋の姐さんのこの街での役割は知ってるだろう? 俺は一度それ絡みでこの家に手を出したことがあって……」
竹史は、そこから先は言わなかったが、いわゆる“こてんぱん”にやられたのだろう。
「いいか七草、気を抜くなよ。薬袋の姐さん絡みだと白澄姐さんは異常だ」
内容はどうかと思うが、あまりに真剣な様子に太一はよくわからぬままに頷いた。もとより気を抜くつもりもない。
「じゃあ、行ってこい。しびれを切らして出てきたぜ」
向けた竹史の視線の先、そこには抜き身の刀をひっさげた細身の女性がいた。白のスーツ姿は今から戦闘をするには不利にも見えた。だが、全身から発する陽炎のような殺気がそれを補ってあまりある。
「あの人……なのか?」
「勝ったら、俺のことをケケと呼んでもいいぞ」
そう言って、竹史は太一の肩を叩く。そして、それはそのまま戦闘開始の合図だった。七支の剣の牙が揺らめき始める。
*
「信夫ちゃんに言わせると、あたしの能力は“時間喰い”って事になるみたいだけどね。私は単純に瞬間……でもないけど移動能力があたしの能力だと思ってる」
と言って、自分が梢のいる密室にいきなり現れた理由を説明する謎の女性。いや、まずは美女といってもいいだろう。黒ずくめの出で立ちは侵入用のユニフォームといったところだろうか。それにしては長い髪はそのまま流しているのだが。
それにまた、そんな地味な服装だというのにプロポーションがはっきりとわかるほどに、メリハリの効いたボディの持ち主だ。梢は頬が引きつるのを自覚した。
「……時間喰いというのは何ですか?」
自制心を効かせて、気になった台詞を確認する。
「えっと、今の世の中時間さえ掛ければ大体のとこに行けるでしょ。あたしはその時間をすっ飛ばすことが出来る――と言うのが、あたしの能力の仕組みらしいのよ。あたしは理屈なんかどうでもいいんだけどね」
梢はなるほどと頷いた。それと同時に気付く。確かに理屈はどうでもいい。
「初めて会った人にいきなりのお願いで申し訳ないんですけど、私を連れ出してくれませんか? そこの庭先でいいんです」
「初めて?」
そこで怪訝そうな表情を見せる美女だったが、何かに気付いたように表情を改めて、
「あ、あたしもそうしたいんだけどね。あたしの能力じゃ他の人とは移動できないのよ。それに最初から信夫ちゃんのお使いって言ったでしょ」
言いながら美女は、胸元のチャックを下げて胸の谷間から一枚の紙きれを取り出す。
「……そんなこと本当にする人がいるんだ」
「驚くのは、これを見てからにしてもらいましょう」
梢は差し出された紙切れを広げ、そこで硬直した。
「……こ、これは婚姻届……?」
「日本が公式に発行している呪のシステムということらしいわ。そもそも妖怪の血がどうやって“自分の家の家紋”を認識しているか。それは婚姻という呪によって、状況を理解しているのではないかという説があるらしいわね」
この能力を研究している学者がそんなことを言っていた気がする。
「で、あなた転校生が好きなのよね?」
「は? ええ、そうですけど」
言ってから、頬が熱くなるのを感じる。すると美女は微笑んで、
「良かった。そこで戸惑われると先が続かないから。じゃ、こっちに名前書いて。朱肉も用意し解いたから拇印も押して」
と言って、美女が指差したのは“妻になる者”の下の空欄だった。
「え、えええ~~~~!!」
「本格的に書いちゃうとまずいから、あなたの名前だけね。つまりこれで一時的に転校生の能力を借りるのよ。転校生に会いたいのなら、あたしを頼る前に自分で何とかしなさい。少なくとも七草太一なら、そうしたわよ」
その言葉が梢の決意を促した。何もかもを太一に任せていいはずがない。梢は答える代わりに、婚姻届に自分の名前を書いた。そして拇印を押しながら、
「すいません最後に一つだけ。あなたのお名前は? エクストラ・ワンじゃ味気ないわ。恩人なのに」
すると美女はもう一度目を瞬かせ、何を思ったのか右手で長い髪をまとめて、後頭部に結い上げて見せた。
「あなた本当に健康なのね。今度保健室にいらっしゃい。この姿の私が居るから」
美女は伍芒高校保険医――柳井流美その人だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます