第32話 シビリアンコントロールには無理がある
結論から言うと人集めは全くの無駄だった。使用に耐えうる能力の持ち主が生徒会の面々以外一人もいなかったのだ。
「完全に普通の学校だよなぁ」
「一応極秘なんだけど、あそこの中腹に建設中の施設があるだろう。あれ、ここの進学者が自動的に行くことになる大学。本格的な訓練はそこに行ってから……ということになってるんだよ」
と言って、全員が信夫が指差した先を見る。すでに夕闇を通り越して、周囲は闇に包まれていた。その闇の中に夜間工事用のサーチライトに照らされた、赤い骨組み。高層建築用の固定型クレーンだ。
「あれ、そうなんだ」
ちえりが間の抜けた声を出す。浩文と光一は知っていたのか無反応。竹史はそもそも興味がないのか、すぐに視線をそらしてしまった。
「やっぱり理事長は高校生の間ぐらい普通にしとけ、って言いたいんじゃないのかな?」
太一のみがまともな感想を漏らしたが、信夫の方はそれ以上会話を膨らませるつもりはないようだ。特に返事をせず、視線を前に戻す。
今、この六人がいるのは梢の家、つまり理事長宅にして葉が丘市の市長宅でもある邸宅のほど近くだ。目標であるこの家は、木造平屋の純日本家屋と言ったところで、土塀に囲まれた向かう側に確認できるのは、瓦葺きの屋根だけだ。
信夫が書いた図面によると、敷地の大きさは百坪以上。歴史の参考書で見る“寝殿造り”というのが、一番似ているように思える。母屋があって、そのあちこちに離れがあり、渡り廊下でそれらが繋がっているのだ。
梢がいる離れは、東南の角。上も下も斜面が一番きつい辺りだ。
侵入して、しかも梢を連れ出すとなると、この方向からのアプローチは避けたい。となると、やはりまともなルートを確保するべきだろう。そして、まともなルートの第一候補になる玄関というか門の前には、
「アレやっぱり見張りなのかな?」
「それ以外には見えないな」
ちえりの疑問に、光一が答える。六人が今いるところを正確に言うと、薬袋邸が見える山中に潜んでいる、ということになるだろう。それぞれが太い幹の陰に隠れて、特に玄関の様子を窺っているわけだが、その門の前には黒スーツを着込んだ男が二人。
「定番過ぎて嫌味に思えるな」
と浩文が言うのも無理はなく、門番ばかりではなく土塀の向こうでは工事用ではない、本気のサーチライトが夜空を照らしている。
「白澄さんだったっけ。何かの病気か?」
太一の不躾過ぎる質問に、全員が中途半端な表情を浮かべる。
「いいからさっさとやろうぜ。どっちにしろ俺たちの能力でずっと隠れてるなんて出来ねぇんだから」
竹史が焦れた声を出す。
「待ってくれ。筑紫先輩の能力を相手に見せつけないといけない。と言うか俺も見たい。説明されたけどいまいちわからん」
「俺の能力じゃなくて、俺とちーちゃんの能力だ」
と言いながら、光一が薬袋邸に向かって一歩を踏み出す。
「そーいうこと。で、何処を狙うの?」
「先輩にも知らせたいから、土塀の東南の角辺りでどうだろう?」
「了解! こーちゃん、行くよ」
と言いながら飛び出したちえりの頭上には、揚羽蝶の家紋が輝く。横を走る光一の頭上には、開かれた二枚の扇。それが円を成すように配置されている家紋だ。具現化するのはその二枚の扇。
が、光一の武器はその扇ではない――と太一は聞いていた。
「筑紫光一。あの生来のひねくれ者は自分の家紋を見たときに、目立つ扇じゃなくて、その間に挟まれた影、黒い部分に槍を見たんだ。だからあいつが二枚の扇を交差させるように振るえば――」
幾らでも槍が湧き出してくる。
そして、ちえりの揚羽蝶が風を起こし、生み出された槍を目標へと吹き飛ばした。
「うっわ~、雑だなぁ」
太一が率直な感想を漏らした。何しろ、槍は同じ方向を向いて生み出されるわけではない。そこに蝶が羽ばたいて起こすという、でたらめと言ってもいい風を送り込むのだ。穂先を向けてまっすぐに飛ぶ槍の方が珍しい。雑という言い方は的確なのかも知れない。
子供がおもちゃ箱をひっくり返したような、大騒動だ。
「俺はアレの方が怖い」
竹史がボソッと呟く。前にも見たか、体験したことがあるのだろう。その言葉には実感がこもっていた。そしてその恐怖を、見張りの男二人も味わっていた。何しろ次から次へと飛来する黒い槍が、大きな音と土煙を立てながら、土塀を壊してゆくのだ。
もしもそれが自分の身に降りかかったら――
その想像は十分恐怖に値する。そしてそれは見張りの男二人にとっては、想像と言うよりは十分に考えなければならない来るべき脅威だった。
「よーし、次は門を狙ってくれ! ケケ行くぞ」
光一達への指示を大声で。竹史への指示を小声で言うと太一も飛び出した。その頭上には七支剣。竹史の頭上にも三つ巴の紋。それが瞬く間に具現化して、剣をかざした太一と炎に包まれた竹史が門番二人と対峙する。
この二人の出現によって、門番は追い込まれた。太一と竹史の能力はもちろん情報として知っているだろう。だから二人の目的は邸宅への侵入にあることも理解している。つまり職業としてはここを動かずに二人の侵入を阻止するか、あるいは積極的に討って出て、二人を排除するか。
だが、その両方の行動に枷をはめているのが光一とちえりペアの攻撃力だ。動かずに迎撃するとあの槍の雨が来る。討って出てみると、そこに槍を打ち込まれて太一と竹史が突っ込む隙間を大きくしてしまう。完全な二律背反だ。
この戦術を太一から聞かされたとき、浩文は思わず笑みを浮かべた。何しろそれは将棋大会の時に、自分が太一に打たれた桂馬の一手そのものだったからだ。
どうしても迷いが出るその一瞬。竹史の操る火の玉が門番に襲いかかった。対応が遅れる、が当面の相手は竹史だと判断した門番二人は、火の玉を避けながらも体勢を整え懐に右手を突っ込む。
が、そこで門番二人は気付く。
自分達の頭上に、信じられないほど巨大な炎の柱が出現していることに。
「チェストーーーーーー!!」
かけ声と共に、その巨大な柱が門番達の頭上に崩れ落ちてくる。そのあり得ない光景に門番二人はプロとしての意地も何もかもうち捨てて、全力で逃げ出した。いや、プロとしての意地がかろうじて退避行動を取らせたのかも知れない。
普通ならば、竹史のように硬直してしまうところだ。
太一の振るう炎の大剣は六つの牙を突き立てるようにして、薬袋邸の門を焼失させた。その周囲の土塀もあらかた消し炭になっている。それどころか、融解した砂が結合してガラスのような光沢を放っている部分すらあった。
もう十分、と誰もが思うところだったが太一は再び剣を振り上げる。そしてそのまま二度三度と炎の剣を振るった。また、血が暴走したのかとも思われたが、そこで太一は剣を振るうのをやめる。そして、座り込んだままの門番二人に目を向けると、
「失せろーーーー!!」
と大喝。一も二もなく駆けだして闇深い山中に逃げ出す、元門番。
そこで、竹史は太一の行動が示威行動だったのだと悟った。
「よし、これで進路クリアーで退路クリアーだ。中に入るぞケケ。筑紫先輩と古川は土塀に適当に攻撃を。会長、後頼みます」
浩文の役割は、もしどこからか増援が現れた場合の足止めということになっている。最適と言えば最適の配置だ。
「……ねぇ、会長。僕たちが軍事的に運用されるようになったとして、その指揮をするのはやっぱり普通の人だと思うかい?」
未だ木陰に身を隠したままの信夫が、やはり隠れたままの浩文に声を掛ける。
「そうであるべきだと思う連中はたくさんいるだろうな。が、俺はそれは無理だと思う。ケケみたいなタイプは決して珍しくはないはずだ。結局は力で押さえ込む必要があるだろう――それで七草か?」
「適任だと思うけどね。古い言葉で言うと“気は優しくて力持ち”。まぁ、頭はあまり良くないけど、それは会長とか筑紫君とかいるしね」
「お前は?」
「僕は情報将校だが適任だよ。ありゃ、クーデターでも起こせそうだ」
不穏当なことを口にする信夫をじっと見つめたまま、
「この戦いをわざと引き起こしたのは七草の適正を見るのが狙いか? 情報将校のやることとは思えんがな」
「実はもう一つあるんだ。ということで、僕は忙しくなるので、これにてご免」
「ご免って……」
浩文が言葉遣いに突っ込みを入れたときには、信夫の姿はかき消えていた。
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