第七章 群星、道を開く

第31話 異変、そして救出作戦

 梢が学校に来なくなってから三日になる。今は水曜日だ。

 月曜日は二日酔いでもしたのだろうと、さほど心配していなかった太一だが火曜日も休みと知って、落ち着きが無くなった。しかも教えて貰った携帯には何度も電話したが、まったく繋がらない。家への電話は繋がるものの、幾ら鳴らしても誰も出てくれない。


 まったく連絡が取れない状態なのだと気づき、そのまま一日が経過しての水曜日だ。


 太一の動揺振りは半端ではなく、誰彼構わず梢の安否や、連絡方法を尋ねて回り、その一番の被害者は、昼休みにやれやれといった風にこう返事をした。


「仕方ない。少し薬袋邸を探ってみるよ。本来はそういったプライベートな部分に侵入するのは、好きじゃないんだけど」


 信夫である。考えてみれば、こういう事態に最適の能力者だ。それがわかっているからこそ、太一も信夫に突っかかっていたのだろう。だが、ようやく引き出した信夫の言葉は、太一の望むものとは少し違っていた。


「いや、別に探らなくても先輩と連絡が取れればそれで良いんだけど」

「……そういう能力ではないんだ。僕が出来ることはただ調べるだけ」


 傷ついた表情を見せる信夫に、太一の矛先が少し鈍った。


「う……わかった。じゃあ先輩がどうなってるかどうかを調べてくれ。言っておくけど着替えとか風呂とか……」

「僕は変態でも欲求不満でもない。それに彼女がいるんだよ。そんなことするわけがないだろ」

「空想彼女じゃ信頼できん。が、この際背に腹は代えられん」


 その言葉にため息を一つついて、信夫は席を立つ。


「お、おい、何処に行くんだ?」

「地面のあるところだよ。コンクリートに囲まれたところじゃ能力を使えないんだ」

「どのぐらい……」

「すぐだよ」


 と、言い残して教室を去った信夫だったが、一向に戻ってこなかった。


                  *


 やきもきして教室で待っていた太一だったが、結局放課後になってしまった。しかも信夫はまだ帰ってこない。だが、それに代わってちえりが太一の教室にやってきた。


「古川! 九条を見なかったか? 頼み事をしてるんだが、戻ってこないんだ」


 声を掛けようとしていたちえりを制するように、太一が声を掛ける。


「そのことよ。九条君が私達に集まるようにって。で、七草君も呼んできて欲しいって」

「私達って、生徒会のことか? で、俺も?」

「うん、そうよ。緊急事態かも知れないって」


 このタイミングで信夫が緊急事態と言い出すからには、きっと梢のことだろう。太一は勢いよく立ち上がった。


「生徒会室で良いんだな?」

「ううん。地学準備室だって?」

「は? ウチの部室」

「光ちゃんが言うには、会長がそうしろって言ったんだって。七草君の意見次第ではそうした方が良いかもしれないからって」

「部屋を変えることに意味があるとは思えないけど、まあいいや。じゃあ行こうか」

「うん」


 二人並んで準備室に向かう。人気のない廊下に寂しさでも感じたのか、太一は突然ちえりに話しかけた。


「古川、このシチュエーションは浮気だろうか?」

「あっはっは、殴っていい?」

「浮気じゃないんだな?」

「本当に人の言うこと聞かないなぁ。梢さんも苦労するよ……で、着いたよ。生徒会室よりも全然近いね」


 ちえりが前を譲り、太一が扉を開けると中には全員――浩文、光一、竹史それに信夫――が揃っていた。皆が複雑な表情を浮かべている。


「何だ?」

「まあ座れ。というか、おまえんとこの部屋だからお邪魔してるぞ」


 怪訝そうな太一に向かって、浩文が声を掛ける。


「それは良いけど、何でこんな事態に? 先輩に関係が?」

「九条」


 浩文は今度は信夫に声を掛ける。


「説明をもう一回頼む。梢さんが何だって?」


 すると信夫はなぜか立ち上がり、一つ咳払い。


「一般的な単語で言うと監禁状態だと思うんだ」


 監禁?


 あまりに物騒な言葉に、浩文を除く全員が硬直する。


「……って何処に?」


 一番早く立ち直った光一が尋ねると、


「彼女の家だよ。それも多分彼女の部屋」

「それって監禁って言うか? 単純に閉じこもってるだけじゃないのか。理由はそうだな、付き合う相手を間違って引っ込みがつかなくなったとか……冗談だよ」


 泣きだしそうな太一を見て、光一は途中で自分の台詞を止めた。


「筑紫君の言うことももっともなんだけどね、彼女不完全な自分の能力を引き出そうと悪戦苦闘してたんだよ。おかげで蔓の先が燃えて酷い目に遭った」


 時間が掛かった理由はそれか、と納得も出来たが、それ以上に梢が自分の能力を使おうとしている事態に全員が驚きに目を見張った。


「せ、先輩の能力ってあれだろう、太陽を作るんだろ? いきなりそんなことして家は無事なのか?」

「もちろん無事じゃ済まないよ。無事じゃないことをしてるから、監禁されてるって判断したんだ」


 なるほど、と一同がその言葉に納得したところで情報が追加された。


「で、梢さんの部屋はまずいから、周りを調べてみたら首謀者がいたよ。白澄女史だ」

「双華さんか……ありえるな」

「誰?」

「梢さんのお付きの人だよ。綺麗な人でね~もうすっごく細いの」


 一気に情報が錯綜する地学準備室。太一は混乱の表情を浮かべたまま、助けを求めるように視線を巡らせる。ちえりの説明はまったく意味を成さなかったらしい。


「白澄双華さんと言ってね。理事長が梢さんにつけたボディガード兼お世話係かな。お付きの人っていう言い方は聞き慣れないけど、一番的を射ているのかも。美人かどうかは個人の感性の違いがあるけど、痩せているのは事実だね」


 信夫のフォローに、太一は何度か首を捻り、


「会長、ありうるっていうのは?」

「ん? ああ、双華さんは何というか仕事とか関係無しに梢さんを大事に思っている人で、それが突然恋人が出来た、とか聞いたら暴走するかもしれないな、と」


 不穏当この上ない浩文の発言だったが、太一は逆にホッと胸をなで下ろし、


「九条、先輩の能力は先輩には被害を加えないんだな。で、太陽も出来ないんだな」

「ん? ああ、それはどっちもそうだけど……」

「じゃあ、特に慌てなくても良いじゃないか。理事長って、俺はまだ会ったことがないけど、皆の話だと話のわからない人じゃなさそうだし、きちんと説明してその白澄さんを取りなして貰えば」


 その言葉に浩文はもちろん、他の三人も虚を突かれたのか妙な表情を浮かべた。


「……それもそうか」

「七草君っていざ戦い出すと周り見えなくなるけど、喧嘩好きなわけじゃないんだ」

「そう言えば、この前の時も戦うのを避けようとしてたな」

「つまんねぇ奴だな。これだけお膳立てが整っていたら、奪い返す以外にやること無えだろう」

「ところが話は簡単じゃない」


 全員が納得しかかったところに、九条が水を差した。


「その理事長なんだけど、どうも今海外に出てるみたいなんだ。もしかしたら梢さんを海外に行かせるつもりなのかも。ねぇ、会長。理事長も白澄女史に負けず劣らず梢さんを溺愛してるよね」

「あ、ああ、そりゃそうだが……」

「理事長が海外にいるのは例の……」


 マルタ騎士団絡みのせいで、おそらく理事長は梢が太一と付き合いだしたことすら知らないはずだ。しかも、そういった状況を探り出したのは信夫本人で、知らないはずがないのに、この物言い。


 何かしら裏があると察した浩文と光一は、中途半端と知りながらも、そこで信夫への反論をやめてしまう。


「理事長を説得するのはしなくちゃならないことだけど、そのためにも彼女に側にいて貰った方が良いんじゃないかな?」


 これ幸いとばかりに、信夫がさらに言いつのる。


「大体よ、情けねぇぜ七草」


 そこでどういうわけか、竹史が絡んできた。


「薬袋の姐さんが能力使おうとしてるってことは、姐さんは嫌がってるんだろ。てめぇの女が嫌な思いしてるのに、黙って見てるだぁ? 情けねぇ話だな、おい!!」

「むっ!」


 竹史の言葉に、太一は指を一本立てて眉根をぎゅっと寄せた。


「ケケのクセに良いこと言ったぞ」

「クセには余計だ。そもそもケケって呼ぶなっつってんだろうが!」

「よし殴り込もう! 協力してくれケケ」

「当たり前だ! 喧嘩っつったら俺の出番だ!!」


 炎の能力者二人が、文字通り燃え上がったところで、


「理事長の家には手練れが一杯いるぞ。能力者じゃなくていわゆる戦闘のプロがな」


 浩文が明らかに水を差す目的で割り込むが、それに対して二人は揃って、こう答える。


「「だから、どうした?」」


 光一は悲しそうな表情で首を振り、ちえりは面白そうにけらけら笑い始めた。


「待て待て。少し落ち着け。七草の能力は認めるが、殺傷能力が高すぎる。加えて破壊力も尋常じゃない。何も考えずに能力を振るったら、人死にが出て、梢さんの家が無くなるぞ。それにケケ。お前は七草との戦いで学ばなかったのか? プロ相手にまっすぐ突っかかって行ってどうする」


 浩文の言葉に反論できない二人。


「まず作戦を立てましょう。そのためには情報収集ですね。それは僕の役目ですから、任せてくれて良いですよ」


 すかさず信夫が申し出る。

 そこでさらに浩文が太一へと水を向けた。


「で、リーダーはお前だ。やっぱりこっちに集まって良かったな」

「え? 俺?」

「言っておくが、この戦いは徹頭徹尾お前の私戦だぞ。前回の借りがあるから、協力はしてやるが、首謀者はあくまでお前だ、七草」


 もっともな物言いだが、太一は何だか釈然としない。


「津島、つまり生徒会としては認知しないと言うことだな」

「その通りだ。これで文句はないだろう?」


 と尋ねながらも、浩文の視線は太一よりも信夫へと向いていた。だが、太一はそれに気付くことなく、大きく頷くと、


「確かにそうだ。よし先輩救出作戦を練るぞ。まだ学校に残ってる連中にも声を掛けてみよう。ケケと古川を借りていいか?」

「こーちゃんも手伝ってくれるよ。ね?」


 と言われて、光一も渋々立ち上がる。


「んじゃ会長はここで連絡係。五時までは人集めで、そっから先は作戦会議だ。九条は先輩の家の図面起こせるか?」

「やってみよう」


 次から次へと指示を出す太一を中心に、能力者が動き始める。

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