第63話 ちょっとご都合主義的に、全てが丸く収まる

 そこへ都合よくやってきたのは、食堂のおばちゃんのトラックだった。

「トオル! 旦那の服、返しとくれ!」

 窓から顔を出して叫ぶと、徹は反対側のドアから応を押し込んだ。

 バスケットから顔を出した孫六を見て、おばちゃんはどこの猫だとも聞かない。

 虎徹ではない猫の入ったバスケットを応が大事そうに持っているのを見ただけで、全てを察したらしい。

「任しときな! あのお嬢ちゃんの猫だね? 駅まではすぐだよ!」

 徹がにやりと笑った。

「頼んだぜ、婆さん!」

 任せておけとも言わず、凄まじい勢いの悪態だけが返ってきた。

「ババアって言わないだけ褒めてやるよ!」

 そう言うと、おばちゃんもニカっと笑ってみせる。

 見交わす目には、30年あまりの間に培われた不思議な信頼関係があった。

 だが、応には傍からそれを感じているヒマなどない。

 いつになく焦って、おばちゃんを悲鳴に近い声で急かした。

「早く!」

 それを聞くなり、おばちゃんはマニュアル車のギアをガチガチやって、アクセルをふかす。

「分かってる! 逃がすんじゃないよ、あのお嬢ちゃんを!」

 だが、下手に勢い込んだのがよくなかった。

 エンジンを回転させすぎたのか、おばちゃんが手足の如く乗りこなしてきたであろうトラックも、走りだす前にエンストを起こした。

「おばちゃん!」

 さしもの応も年長者に非難の声を上げる。

 だが、おばちゃんは怒りもせずに、夕暮れの闇の中にヘッドライトを当てる。

 そこには、眩しそうに腕で顔を隠した少女がいた。

「友愛さん?」

 トラックの助手席から滑り降りた応を迎えたのは、別の名前を呼ぶ声だった。

「孫六!」

 バスケットの中から、にゃあという声と共に孫六が飛び出して、友愛の腕に収まった。

 再会して名前を呼ばれなかった応は、ちょっと残念そうに笑ってみせた。

「よかった……迎えに来てくれたんだね」

「孫六放って帰れるわけないやん」

 応の気持ちなど知らぬげに、友愛は孫六のゴロゴロいう喉を撫でる。

 その気持ちをすっぱりと切り替えたのか、応はおばちゃんに頼んだ。

「じゃあ、友愛さん駅まで……」

 そこで家の中から、昨日の雨で応が借りた、爺むさい服を持ってきたのは徹だった。

「おい、服返すから乗っけてけ、婆さん!」

 おばちゃんは威勢のいい声で答える。

「あいよ! 今夜は徹夜で開店の準備だ、手伝いな!」

 廃業すると言っていたはずなのに、おばちゃんは徹を乗せて行ってしまった。

 暗がりの中に残されたのは、応と友愛と、2匹の猫である。

「駅まで送るよ、友愛さん……」

 友愛は柄にもなく、もじもじと身体をすくめて答えた。

「うち、こんな物騒なとこ、夜歩くんイヤや」

 応も困り果てて、曖昧に言葉を返した。

「でも……」

 察しの鈍い男である。

 そこで虎徹がボロ家の中に飛び込んで、おわあと鳴いた。

 孫六も、友愛の腕の中から飛び降りて、家の中でにゃあと鳴いた。

 友愛が、ためらいがちに言った。

「針と糸、貸してくれへん? 破れてしもうたおばちゃんの服、椅子のカバ―かなんかに仕立て直さんと悪いやんか」

「……帰れなくなるよ? 今晩」

 応は、心底、心配しているらしい。

 もどかしげに、友愛は言った。

「お父ちゃん言うたやん、娘を頼みますって」

「あ……」 

 その意味することがわかったのか、夕闇の中でも分かるほど、応は顔を赤らめた。

 友愛は、悪戯っぽく微笑んでみせる。

「今度は、騙してへん……せやから、2番目でええなんて、言わんといてや」


 そこで、孫六がぼそっと言った。

「明日はどないすんねん? 着替えもうないで」

 虎徹がぶすっと言った。

「夢のねえ野郎だな。明日は明日の風が吹かあ」

 あまり細かいことを言うものではない。

 ご都合主義でよいではないか。

 それで世界は回っているのだ。



(完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その恨み、猫と酔っ払いのオッサンが浄めます 兵藤晴佳 @hyoudo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ