第62話 全てが徒労に終わった後の置き土産
傑の姿が見えなくなった頃、後ろから近付いてきた徹が肩を叩いた。
「どこ行ってたのさ、父さん」
振り向いたところで文句を言うと、返事はひとことだけだった。
「銀行」
「そうだと思った」
言うなり、応は掌を突き出す。
徹は怪訝に顔をしかめた。
「……何だよ」
小切手を預かった井光は、その生真面目で神経質な性分として、あのヤクザへの400万円はもう、返金したことだろう。
だが、その前に振り込まれてしまった200万円は、結果的に売れた古道具の代金の分け前ということになる。
まだ口座に残っているその金を、いくらかでも徹が引きだしてこなかったわけがない。
「僕が預かる。通帳も印鑑も」
応は即答したが、徹は知らん顔で家の中に戻ろうとする。
「子どもが持つような金じゃねえ」
まともに働かない徹には言われたくなかろう。
かといって、200万円は高校生にふさわしくない大金ではある。
「じゃあ、母さんに預かってもらう」
それがいちばん妥当な扱い方だった。
いままで徹はさんざん両親にたかってきたのだから、そのくらい返してもいい。
ところが、徹はさらりと言ってのけた。
「もうねえよ」
「使っちゃったの?」
あまりの返事に、応は素っ頓狂な声を上げる。
徹はうるさそうに言い返した。
「返したんだよ」
同じ言葉が問い返してくる。
「返した?」
応はしばし言葉を失った。
建て替えてもらった後の踏み倒しや、たまりにたまったツケなど、金を返さなければいけない相手が他にもあったというのだろうか。
徹は答える代わりに、どちらかといえと自慢げな返事をした。
「何であんな危ねえ橋渡ったと思ってんだ」
徹が金儲けのために渡ってきた危ない恥は、数えてもきりがない。
しかも、今回のインターネット古道具店の危険さは、極めつけであった。
始めるときは、それほど深く考えていなかっただろうが。
しかし、そんな徹がこれを大きなリスクとして捉えていたとすると、考えられることは1つしかない。
「まさか……借金?」
恐怖に目を見開く応に、徹は躍起になって言い訳した。
「支払いが遅れてたんだよ……埋蔵金探しだって、タダじゃねえ」
それなりの出資者や、協力者はいたらしい。
だが、そんなもの、見つかるわけがない。
唐鼓の街の下に隠されているものは、人の目には見えないのだから。
なんにせよ、これで全てが差し引きゼロとなったわけである。
「どうすんのさ、これから」
半ば呆れ、半ば嘆きながら責め立てる息子に、徹はまた開き直った。
「また、何か始めらあな……新しいこと」
「父さん!」
応にはもはや、非難の叫びをあげるより他はない。
だが、それさえも、徹にはかんたんにはぐらかされてしまった。
「それより、いいのか?」
顎をしゃくった先には、一部始終を見ていたらしい猫がいる。
灰色猫と虎猫が、2匹並んで。
「ああっ!」
虎徹がおわあと鳴くと、徹も高らかに笑った。
虎徹の鳴き声の意味は、こうだった。
「捨てられちまったんじゃねえのか?」
からかわれた孫六は、ムキになって言い返した。
「慌てとったんじゃ、しゃあないやろ! ワシらがついさっきまでおったあそこはな、男女の修羅場の三角関係やど!」
応がその現場となった座敷からバスケットを持ってくると、虎猫は自分から跳び上がって、器用に中へと入り込む。
虎徹がおわあ、と鳴いて見送る。
「達者でな! 面倒ごとはしばらくはいらねえからな!」
バスケットの蓋を頭でこじ開けて、孫六は、にゃあと鳴いた。
「やかあしい! 今度は強烈なの送ったるからな、覚悟しとけ!」
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