第61話 明かされた集団クロスカウンターの秘密
傑が帰り支度をしているところで、応が帰ってきた。
「ごめん、急な用事で……」
謝るか謝らないかのうちに、悪態が浴びせられる。
「他人に家預けて出かけんなっちゅうねん」
それは当然の非難であった。返す言葉などあるはずがない。
応が無言で座敷に上がったところで、傑は入れ替わりに出ていこうとした。
「ほな。世話んなったな」
気まずい沈黙があった。
やがて、応が、しばしの迷いの後で呼び止める。
「あの……ありがとう」
ようやく口にできた、感謝の言葉であった
戸口を出かかったところで、傑は面倒臭そうに振り向いた。
「俺やない。お前ら助けたん親父や。笑うてくれてええで。ケッタクソ悪い」
吐き捨てるように言い残して帰ろうとする。
応は再び、靴を履きかけた。
「そうじゃない。僕と友愛さんを……」
「友愛さん?」
傑が立ち止まった。
薄暗い中にも、目のぎらつきが見えた。
息を呑んでから、応は言い直す。
「いや、武智さん、助けてくれて」
縞ジャケのヤクザ達に、拳だけを頼りに挑戦したことを言っているらしい。
傑は、鼻で自嘲した。
「助けられへんかったやないか」
苛立ちと羞恥の入り混じった声が、感謝の言葉を拒んだ。
だが、応は拙い言葉を素直に口にする。
「でも……すごいと思ったんだ。僕には、無理だから」
その返事もまた、ひねくれたものだった。
「見栄張ったんちゃうで、友愛に」
誰もそんなことは言っていない。傑が気にしているだけだ。
応も、慌てて首を横に振る。
「そんなこと、思ってないよ」
傑は傑で、人の話を全く聞いていない。
言いたいことを一方的にまくしたてる。
「俺、義理堅いねん」
その言葉は、どういうわけかオウム返しされた。
「義理……」
おそらく、それは思いがけない言葉だったのだろう。その証拠に、応はしばし言葉に詰まった。
それでも傑の話は続く。
「覚えてえへんやろうな……集団クロスカウンター」
そういえば、友愛が父親と唐鼓にやってきたとき、この言葉を口にした者がある。
たしか、友愛たちに絡もうとして、応に口先三寸で追い払われた地元のヤクザではなかったか。
それにしても、大阪から来た傑が、なぜこの言葉を知っているのか。
たがて、長い沈黙の後に応はつぶやいた。
「あ……」
ぽかんとした応の顔を見て、傑が口元を歪めた。
「思いだしたか」
傑は自嘲気味に笑って、長い昔話を始めた。
「どこぞの辛気臭い街に辛気臭い親子がおってな、そこらのヤクザとか悪ガキにいっつもボコボコにされててん。ある日、その息子がな、悪ガキどもに取り囲まれとったんやと。そこでええ格好しいのジャリが自分から殴られに飛び込んできよってな、かばいくさってん。息子がな、あかん、2人まとめて殴られる、思うてしゃがんだら、悪ガキども、お互いの顔面にクロスカウンター入れよってん。それで息子はこの街におんのがあほらしゅうなって、親父と一緒に出ていきましたとさ」
それは、こういうことであろう。
幼い頃の傑をかばったのは、同い年の応であった。悪童たちは、狂暴な徹の息子で、しかも何かというと街の人々に対して献身的に奉仕する応を殴ることはできず、かといって自分だけいい子になるわけにもいかない。仕方なく、手が滑ったふりをしたところ、お互いが隣の顔面に拳を叩きこんでしまったわけである。
それが傑の記憶とこの街の伝説に、瞬殺の集団クロスカウンター伝説として残ったのだった。
もちろん、幼かった応がそこまで察しているわけがない。
「あ……そうだ、電話とかメアドとかチャットとか」
スマホ片手に、応はただ、懐かしさだけで駆け寄った。
だが、傑は冷やかに返す。
「ちいと図々しいで」
戸口を出ていくのを、応は追いかけた。
だが、傑の足は速い。その影は、薄暮の中へあっという間に遠ざかっていく。
応が呆然と立ち尽くしていると、傑は一度だけ立ち止まって、大声でこう言った。
「笑うて話せる思てんのか、幼馴染のええ関係、台無しにしよってからに」
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