結・補遺

(テントの天井に数人の影が映し出されている)


「寒くなってきたね」

「マイカ先輩、コテージ行きましょう」

「じゃあ僕が送っていきますよ」


(それぞれタカチホマイカ、アンドウクミ、ミズノケイのものとおぼしき声。数分の間断続的に物音が続き、テント入り口のジッパーが開閉される音。イノウエカンタとおぼしき服の人物がチラチラと映り込む。数分後、再びテントのジッパーが開く音。イノウエカンタとミズノケイの会話らしきやりとり)


「戻りました」

「おう、お疲れ」

「……あ、やべ。すみません、ちょっとコテージまでの道でスマホを落としてしまったみたいです。探してきます」

「マジか。じゃあ俺も一緒に探すわ、小便も行きたかったし」

「ありがとうございます。……あった、懐中電灯です。どうぞ」

「お、さんきゅ」


(テントの布地が揺れる。立ち上がるイノウエカンタの姿が一瞬画面を横切る。テントのジッパーが閉まる音がして、二人分の音が遠ざかる)



(約十七分間、変化なし)

 


(二人分の足音が近づいてくる。足音はテントの手前で停止する。再びイノウエカンタとミズノケイの会話)   


「なあ、ミズノ。お前のお兄さんってどんな人だったんだ」

「兄貴、ですか。昔から、よく似た兄弟だって言われてました。背格好も服の趣味もよく似てるって」

「そっか。悪いことを聞いたな。……ところで、■■市って知ってるか?」

「ああ、僕の出身の町から県境を挟んで近くの市ですね。そこが何か?」

「さっき思い出したんだ。俺、花火の話に出てきた例のキャンプ場について『この中の誰の出身地とも被っていない』って言ったけどな。そのキャンプ場、■■市なんだよ。もしかしたら、お前だけは行ったことがあるかもしれないってな」

「ああ……そうですね。どっちかというと、兄の方が行っていたかもしれません。あの辺りは、よく猪や鹿が出ると聞いていますから」


(動物の吠え声のような雑音が入る。テント入り口のジッパーが下ろされる音がしたが、突然途切れる。直後に、地面に何かが倒れたような音)


(男性の叫び声。はっきりと断定はできないが、イノウエカンタのものか。ミズノ、ミズノ、と呼びかける大声の後、走り去るように遠ざかる足音が一人分)


(小さくなっていく足音が確認できなくなった数秒後、再び男性の絶叫が響く。断続的に数回絶叫が続くが、徐々に小さくなっていく)


(何も聞こえなくなったあと、画面外から指が伸び、動画を終了させる)




【補遺】

 M山キャンプサイト大学生連続変死事件で発見された遺体は、以下の四名である。

安藤久美(20) 高千穂舞香(21) 井上幹太(23) 水野啓(20) 

 四名はN大の同じゼミに所属しており、夏期休暇を利用して現場となったM山のキャンプサイトに宿泊したものとみられている。


・経緯

7月27日03:54 

 M山の麓に位置する国道……号での事故通報。


同日04:09 

 近隣警察署の署員と救急車が現場に到着。車に撥ねられたと思われる女性を確認。当該の車の運転手から「突然道の横から飛び出してきて避けきれなかった。何かから逃げているようにみえた」との証言を得る。

 女性は搬送先のK病院で死亡が確認された。その後の捜査により高千穂舞香であると断定。


同日04:21 

 接触事故の運転手の証言を受け、M山近隣のパトロールを開始。


同日04:48 

 キャンプサイトを捜索していた署員がテントの前で流血して倒れている男性を発見する。その後の捜査により水野啓であると断定。


同日04:50 

 井上幹太の遺体から約50m離れたところで、損傷が激しく焼死とみられる遺体が発見される。その後の捜査により井上幹太であると断定。


同日06:32 

 遺体発見により組織された捜査班がキャンプサイト内のコテージを捜索したところ、スーツケース内から女性の遺体を発見。その後の捜査により安藤久美であると断定。


 7月26日から27日にかけて現場のキャンプサイトを予約・利用していたのは当該グループの4名のみであった。遺体発見現場となったテントとコテージは当該グループが予約・使用していた設備である。


 検視の結果、高千穂舞香は路面に頭を強打したことによる頭部外傷、水野啓は胸部の銃創が肺動脈を損傷したことによる出血性ショック、井上幹太は全身の熱傷に伴う気道浮腫が、それぞれの暫定的な死因であるとみられている。また、高千穂舞香と井上幹太の両名はほぼ即死であったと推定された。安藤久美の遺体のみ外傷や骨折は存在せず、詳細は司法解剖の結果を待つところである。

 

 当初の捜査においては、安藤久美の遺体のみ発見時点で死後数日が経過していたとみられたことから、他三名が安藤久美の遺体を遺棄しようと試みて仲間割れとなり、井上幹太が水野啓を殺害したのち焼身自殺を図ったと目されていた。しかし、テント内で発見された井上幹太のスマートフォンに記録されていた本映像により、捜査の大幅な方向修正、及び司法解剖による安藤久美の死亡推定時刻の見直しが必要とされる。


8/5 追記

・安藤久美の死因は窒息死であるとほぼ確定。

・井上幹太の死因となった銃創について、弾丸及び猟銃の種類は特定済み。ただし、猟友会会員を中心に所有者が全国に存在しており、かつ無許可での所持が検挙されることも多いモデルであるため所有者からの捜査は難航する見込み。

・水野啓の一家の戸籍に登録されているのは、水野啓本人とその両親の三人のみであることを確認。分籍や除籍の痕跡は存在せず。水野啓の実家の近隣地域や在籍していた小中学校で聞き込み調査を行ったが、『水野啓の兄』にあたる人物が存在したという情報は得られなかった。

・映像の録画を終了させた五人目の人物に関しては、目下捜査中である。


8/31 追記

 八月二十九日、■■■■巡査が■■市内の事故処理中に対向車線を走行していた車と接触。病院に搬送されたが、同日夜に殉職された。

 八月三十日、■■■■■巡査長が■■交番に停車したパトカー内で意識不明の状態で発見される。発見時にはすでに心肺停止状態であり、搬送先の病院で殉職が確認された。死因はエンジン・排気装置の故障による一酸化炭素中毒。

■■■■巡査・■■■■■巡査長はM山キャンプサイト大学生連続変死事件における水野啓・井上幹太の遺体の第一発見者であり、その後の捜査にも関与していた。

以上の事態をふまえ、■■■■■の■■■■■■。■■■■■■■■より、本事件の捜査を打ち切り、記録に記された地名・一部名称に匿名化処理を施すことを決定。

 事件を記録した紙媒体は全て破棄処分とし、本映像を記録したハードディスクは複製防止処理を施したうえ所定の部署に保管するものとする。

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T県警保有未解決事件資料 映像番号T-8721  百舌鳥 @Usurai0000

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