ミズノケイ:繰り返す山

(黒髪に眼鏡をかけた若い男が画面に映る。今までの三人と同じように座卓に座り、カメラに向かって語りかける)


 えーっと、こんばんは。ミズノケイです。はい、最後は僕が務めさせてもらうみたいです、はい。あの、この話を人にするのは初めてなので。うまく話せなくても許してください。


 僕にはやや年の離れた兄がいました。地元はこのキャンプ場みたいな割と山奥の方で、よくクマやイノシシの目撃情報があったって騒ぎになってましたね。そんな土地だったもので、親父が猟友会員だったんですけれど。罠だけじゃなく猟銃とかもばっちり使うタイプの。山に入り獲物が獲れたら捌いて売りに行って、一部は家庭で食べる。

 あ、一頭だけですが猟犬も飼っていました。吾郎って名前なんすけど、兄貴と俺はずっとゴロって呼んでましたね。親父によく懐いて、一緒に山へ入っていました。

 そんな親父の姿に、兄貴は憧れていたみたいです。高校を卒業して網や罠を扱う資格をとったら、よく親父にくっついて山へ向かっていました。


 ……いや、違うかな。兄貴が楽しんでいたのは親父のしていた猟とは何か違う、もっと別の……いわゆる、スポーツ的な側面を持つそれでした。生計を立てるため、害獣を駆除するためと言うよりも、獲物を獲ること自体を目的とするような。山に入るたびに、眼をギラギラさせて帰ってくるようになりました。

  そんな兄貴の姿を、親父はあまり快く思っていなかったようでして。兄は成人して受験資格を得たら猟銃免許をとろうとしていたんですけれど、親父は頑としてそれを許しませんでした。

 親父が山での兄貴の姿をどう思っていたのか。今となっては、確かめるすべはないんですけどね。


 僕が高校に上がった年でした。禁猟期に銃も持たずゴロも連れないで、山菜を採りにいくって山に向かった親父が帰ってこなくて。捜索隊が、滑落した親父を見つけました。ほぼ即死だっただろう、と。


 そんな顔しないでください、先輩。残念ですが、よくあることです。

 兄貴は、流石に葬儀のあと数ヶ月は大人しくしていましたが……既に、病みつきになっていたんでしょうね。猟が解禁されたらまた山に入り始め、気がつけば猟銃免許を取得していました。第一種、火薬を用いて弾丸を発射できる銃を扱える免許。親父が使っていた猟銃を持って、少し年をとったけどまだまだ元気だったゴロを連れて。仕留めた鹿や鳥を持って帰ってくるようになるのはすぐでした。

 

親父が山で死んだのは、本人も本望だったと思います。自分が帰らない可能性をきちんと分かっていて、遺書を用意してから山に向かう人でした。でも、兄貴は違った。「あんたも山にとられるよ!」と目をつり上げる母を疎んじて、自分が万が一の事故に遭う可能性なんて微塵も考えていない人でした。


 ……イノウエ先輩。今更なんですけど、この動画をネットにアップするとかはやめてくださいね? 本気です。……ええ、よろしくお願いします。


 兄貴は、次第に入っては行けない山に手を出すようになりました。禁猟期の山。あるいは、猟期でも狩猟が禁止されている山。そういうところに、母の目を盗んで向かっていました。ばれないように、仕留めた獲物は持ち帰らず、埋めるか捨てるかして。仕留めること自体が目的だったから、獲物に執着はなかったんでしょうね。……流石に、僕に対しても非合法な猟をしていることを匂わせる程度で。場所は決して教えてくれませんでした。


 そうして、僕が大学を受験する直前の、ある夏の日の昼。突然、兄貴から電話がかかってきたんです。どこかの山に行っていたはずの。

 酷く取り乱していました。何があったのか聞いてもまったく要領を得なくて。ただひたすらに「撃った、撃ってしまった」と繰り返すばかりで。



 禁猟の山っていうのは様々な理由があります。誰かの私有地だったり、積雪等で危険な時期だったり、生態系や自然を保護するためだったり。

 あるいは単純に、一般の人がよく立ち入る山であったり。


  前日の深夜。開けたところで寝ようとしたら、夜中に物音がしてゴロが吠えた。深夜なので本気で狙う気にもならず、起こされた苛立ちのまま音の方向に適当に撃ったら何かが倒れる音がした。まぐれ当たりかと重い、起き上がって撃った方向に歩いて行くと、懐中電灯で照らした先に人が倒れていた。一目で死んでいると分かり、パニックを起こして逃げ出したら遭難してしまった。昼になってようやく、かろうじて電話がつながる場所に出たが現在地がどこだか全く分からない。途切れ途切れの兄貴の話を時間をかけて要約すると、こうなります。


 加えて、兄貴は不可解な言葉を繰り返していました。

「俺だった」と。震えた声で、そう言うんですよ。「撃ってしまった。俺だった」と、うわごとのように呟いていました。

 こちらがどういう意味かと訊いても、声が届いている様子はなくて。ゴロともはぐれてしまったようで、完全に混乱していました。

 僕も、電波がつながるならGPSなりなんなりを使って現在地を伝えるように説得したんです。でも、兄貴は「もう駄目なんだあ」とか意味不明な言葉を返すばかりで。そうこうしているうちに、携帯の電池が切れたのか通話が突然途切れて。それきりです。


  ……マイ先輩、残念ながら。兄貴が帰ってくることはありませんでした。どこの山に行ったのかも分からないまま、ゴロ共々行方不明です。警察にも捜索届を出しましたが、車すら見つかっていません。人を撃ってしまったことに動揺して、滑落したんだろうって結論になりました。

 兄が撃ったという人ですが、そちらも見つかっていません。少なくとも、猟銃による傷を受けた怪我人や遺体の報告で、それらしきものはまだありません。


体験した話としては、ここまでです。……でも。すみません、ちょっとだけいいでしょうか。


 僕、兄貴の最後の言葉がずっと気になっているんです。いくら夜中の山中で、動揺していたからといって、倒れている人を「俺だった」と言うでしょうか。

 思うんです。兄貴は、言葉通り兄貴に撃たれたんじゃないかって。自分を撃ってしまったから、山の中を彷徨さまよい続けてその日の夜に自分に撃たれた。深夜に兄貴が撃ったのは、前の日の深夜に兄貴を撃ってしまった兄貴自身だった。これなら辻褄つじつまが合うでしょう?



 すみません、すみませんって。先輩方の言うとおりです、無茶苦茶ですよね。酔ってるだろって、その通りです。ただなんとなく、話している途中に頭に思い浮かんだ考えってだけで。


 それでも、自分の中であの考えになんとなく納得してしまったのは。兄貴や遺体が見つからないのも、そのせいじゃないかって思うんですよね。

 繰り返しているんじゃないかって。兄貴を撃ってしまった兄貴を撃った兄貴は兄貴に撃たれる。ゴロと一緒に毎晩毎晩それを繰り返しているから、遺体は見つからない。遺体になるはずの兄貴は、これから兄貴を撃ってしまう兄貴だから。


 ……支離滅裂ですね。盛り下げてしまってすみません。ここまでにして、もう寝ることにしましょう。


(頭を下げるミズノを撮影していたカメラが倒され、テントらしき天井が映し出される)

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