タカチホマイカ:ホスト崩れの車

(イノウエカンタと名乗った男とすれ違うように、新たな女性が座卓に座る。アンドウクミと異なり髪を金髪に染めており、右耳にいくつかピアスが付けられている)


 タカチホマイカ。ゼミのメンバーでのキャンプ中に、イノ先輩の発案で怪談大会とやらに付き合ってる。明日、約束通り全員分の昼飯奢ってね?


 これは、あたしが一年の時の話。イノ先輩の話じゃないけど、サークルの先輩に紹介された先で経験した。


 サークル名は……知らなくていいや、やっぱり。クミはなんとなく察しがつくだろうけど。ほら、あの『女子は用心しとけ』ってサークル。イノ先輩のそれと違って、まだバッチリ存在してるからたちが悪い。

 ボランティアサークルを謳った飲みサー、ないしヤリサーだって思ってるでしょ、イノ先輩とミズノは。そうじゃないとは言わないけど、もうちょっとゲスなサークルだった。女子の間で警告が回り続ける程度には。

 やってることは、若い女の斡旋。社会経験と称して、どっかの金持ってる親父に女子メンバーをあてがう。女子は小遣いを、男子は人脈を手に入れる。代々のOBの影響も根強い、キャバクラまがいのサークルなんだ。入学したばかりの一人暮らしの女子が言葉巧みに勧誘される。……昔のあたしみたいに。



 前置きが長くなったけど、これはそのサークルのOBに知り合いだって紹介された男について。正確には、その男の車について。

 半グレ、って言って通じる? 暴力団一歩手前の、後ろ暗い行為ってか犯罪に手を染めてる奴らのこと。その男もそいつらの仲間でさ、裏の世界に足突っ込んでるって自慢げに話してた。一応、話に付き合ってあげたらお金はくれるって約束だったから適当にふんふんって頷いてたんだけど。どうもそいつ、ホスト崩れみたいなことをやってたんだよね。しかもかなりあくどい……引っかけた女に金を払わせるために風俗を紹介するような。何人風俗に沈めたって、自慢げに話してた。うん、紛れもないクズ。


 そいつが特に自慢してたのが、『女に車を貢がせた』ってこと。写真も見せてもらった、って言うか見せつけられた。車は詳しくはないけど、黒くて立派な高級車。男を紹介した例のOBがそれに反応してね。成り行きでOBと一緒に車に乗せてもらうことになった。その日は酒が入ってたから、日を改めて翌週に。


 当日、例の男が乗ってきた車は確かに高級そうだった。あたしが助手席、OBが後部座席。まあ、助手席に乗せるんなら若い女の方がいいよね。それで、発進する前に。例の男……ホスト崩れでいいや、もう。とにかく、ホスト崩れが言ったの。「カーナビだけ壊れてるから、ナビの音声は気にするな」って。

 変なこと言うなあって思いながら、とりあえずドライブを始めた。高速をしばらく走ってたら、カーナビの音声が流れたの。『今日は何月何日です』って。本当はエンジンを入れたときに流れる音声なんだけど、何かの不具合か、走行中に突然流れるんだって。しかも、本来の『目的地まであと何キロです』も併せて流れるからうるさい。ナビが壊れてるってこういうことかって納得しながら運転席のホスト崩れを見たら、何故かじっとり汗をかいてた。


 音声が流れる頻度はだんだん頻繁になった。うるさくて、思わずSAで休憩しましょうかって言ったけど、ホスト崩れは「まだ全然走ってないから」って断って。……車内は冷房が効いてたのに、ますます汗をかいて顔色も悪くなってた。

 ちょっと長めのトンネルに入ったときだったな。辺りが暗くなった途端、いろんなアナウンスが重なっていたカーナビの音声が、急にクリアになった。だから。流れてきた音がはっきり聞き取れてしまったんだ。


 次の瞬間だった。「出してぇ」って女の声が聞こえた。


 カーナビと同じ声だった。……違う。カーナビの音声が、いつの間にか機械音声から生身の女の声に変わっていた。

 それだけじゃなかった。声が聞こえたのは、前方……カーナビからじゃなかった。真横、私の右側から。「出してぇ」って囁く声は、真っ青な顔でハンドルを握るホスト崩れの耳元で響いてたんだ。


 あいつがハンドル操作を誤るんじゃないかって思うと、心臓が止まるかと思った。おかしな話でしょ? すぐ近くで起こった怪奇現象より、物理的な事故の心配をするなんて。

 幸い、事故には繋がらなかった。だから私が今ここに居るんだけど。

 トンネルを出てすぐ、ちょっと酔ったから休ませてってことでSAかどこかで停めて……確か、ホスト崩れの体調が悪そうだからとか言って、帰りはOBに運転してもらったはず。うん、そうだった。復路は、カーナビは割と静かだったし女の声もしなかった。その理由は運転手が変わったからなのか、往路とルートを変えてトンネルを通らなかったからなのかは分からない。

 ……ひとつ、思い出した。SAでいったん降りたとき、後部のリアガラスに手の跡がついてたのを見つけたんだ。車の外からハンカチで拭こうとしたけど、何度頑張っても拭き取れなかった、私の手と重なるくらいの大きさの、女性の手形。拭き取れないわけだ。あれは、内側からついてた。彼女は、ずっと車の中に居たんだね。

 


 車を降りてホスト崩れと別れた後、OBに聞いてみたんだけど。彼は、カーナビがうるさかったことは認識していたけど、それ以外は特におかしなことはなかったって言ってた。トンネルの中でカーナビの音声が変わったことも、ホスト崩れの耳元で女の声がしたことも気づいてなかった。あ、ホスト崩れが苛々しているのは気づいてたとも言ってたな。あたしには、苛立っていると言うより何かに怯えているように見えたけど。


 トンネルの中でカーナビは何て言ってたのか、だって? ミズノ、それ本当に聞く? ……そっか。

 カーナビ、いえ、女の声はこう言ってたの。『予定日は七月二十七日です』って。

 予定日、っていったらさ。指す意味は大体一緒じゃない。その後、そのホスト崩れと一回だけ会う機会があったんだけどね。「この車を買ってくれたっていう女性とはどうしているんですか?」って聞いたら「捨てた」としか言わなかった。……そういうこと、なんだろうね。

 

 私が直接体験したのはここまで。だけど、もう少しだけ後日談がある。

 この出来事以来、サークルに耐えられなくなって辞めた。サークルのメンバーとの連絡も絶った。それで大学からちょっと離れたところのカフェでバイトを始めたんだけど、翌年のある日、客として来た件のOBと鉢合わせてしまった。幸い、あっちは私がサークルを辞めたことに気づいてなかったけど。そのとき、ホスト崩れがどうなったかを聞かされた。


 事故ったんだって。私とそのOBのドライブから二ヶ月くらいして、何の変哲もない一般道でハンドル操作を誤って電柱に激突。車は当然廃車、本人も数週間入院したって。

 事故の日は、七月だったと聞いた。カーナビから流れていた日付と同じかどうかは聞いてない。カーナビの言っていた日付を覚えてるのは、この出来事を聞いたせいもあるかな。


 ああ、あと。ホスト崩れは、退院して骨折が治ったら新しい車を買ったとも聞いた。まあ、愛車が廃車になったからね。

 事故で反省したのかどうかは知らないけど。次の車に、すごくダッサいのを選んだって。一人じゃ格好悪く持て余すし、業務用には不釣り合いな、よくある。この話を聞いたOBも含めて周囲からは馬鹿にされてるけど、ホスト崩れ本人はすごく気に入ってるんだって。


 私の話はここまで。ラストはミズノだね、頼んだ。


(金髪の女性が立ち上がり、画面の奥へ手招きをしたあと歩き去る)

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