イノウエカンタ:平成最後の花火大会
(アンドウクミと名乗った女性と入れ替わるように若い男がカメラの背後から現れ、座卓の前に座る)
おし、俺の番だな。え? お前も名乗れって? 俺のスマホで撮ってるんだから別に……はいはい、分かった分かった。怪談大会言い出しっぺのイノウエカンタだ。
怖い体験っつうか、よく分からない不気味な体験ならある。ずっと誰にも言えなかったことだけど、どうしても吐き出したくなって、それでゼミの仲間や後輩も巻き込んで酒の肴にしようって思った次第だ。
痛って! 後輩まで巻き込んだのは悪いと思ってるって、マイカ! クミも加勢しないでいいから、ビール缶投げんな! ミズノも止めろ、いや止めてください!
……ふう。んじゃ、改めて俺の話を始めるぞ。最初に言っておくが、怖いというよりかは不気味な話だからあんまり期待するなよ。
あれは何年か前だったか、俺が所属していたテニスサークル恒例の旅行だった。俺が大学院に進む前で……そうだ。平成最後の夏だった。
いつも利用していたキャンプ場がその夏は工事で使えなくて、せっかくだからいつもと違う地方に行こうって盛り上がったんだった。で、とある県のとある山奥にあるキャンプ場に決まった。
雑用と称して旅行先の選定を一・二年に任せたことを、到着したときにちょっと後悔したな。安さで選んだって言うだけあって設備はぼろっちく、山道の奥にあってスーパーやコンビニからも遠い。かろうじて携帯の電波が届くのがほぼ唯一の救いだった。まあでも、山奥なだけあって空気は澄んでた。
予め買い込んであった食料でバーベキューをして、暗くなったら。決まってるだろ? キャンプの定番、花火大会だ。最初は残念ながら、キャンプ場の敷地にでっかい看板で幾つも「この付近 花火禁止! 違反者は通報します」って書かれていたから断念しかけた。だけど、部長の「この近くに河原があるみたいだからそこでやろう」ってのが鶴の一声になった。
……最初っから『この付近』って書いてあったのにな。つくづく、馬っ鹿だったよなあ、俺たち。
懐中電灯で照らされた夜道を、花火の袋を突っ込んだバケツ抱えて歩くこと数分。すでに昼間のバーベキューで皆酒が入っていて、目的の河原にたどり着いたときには当然の様に真っ暗闇だ。そして、俺たちは存分に花火を満喫した。平成最後の花火大会だって言いながら、周りも見ずにはしゃいでいた。
最初に手に取った一本は鮮やかな緑だったことを鮮明に覚えている。火が消えたら川の水を張ったバケツに燃えさしを突っ込んで、また新たな一本を手に取る。火を振り回したり、燃える花火から新しい花火に火を移したり。刹那の煌めきを楽しんでいるなかで、だんだんと残りの花火の数も減ってきた。
そんなときに、「どうぞ」って新しい花火を差し出されたんだ。俺は残りの花火は後輩に譲ろうと思って手ぶらでいたんだが、くれるんなら貰う。受け取った花火は、火花が出るような派手さこそなかったものの、きれいな群青色だった。瑠璃色だ、って言う声もあったな。今まで燃やしては水に沈め、また新しく火をつけていた花火にはなかった色。何故か見とれてしまう、静かに燃える青い炎。
じっと見ているうちに炎が消えたから、花火をバケツに入れて、ふと辺りを見回した。そこかしこで燃えている花火の色は、すっかり青一色になっていたよ。さっきの「どうぞ」という声を他でも聞いた気がしたから、声の主はあちこちの奴らに花火を配っていたみたいだ。青い花火の袋を最後に空けたのか、気の利く後輩が配っているのか。そう思いながらぼんやりと、世や身に揺れる青い炎を見ていた。
そうこうしているうちに、その青い花火もなくなって撤収になった。俺も含めて、酒を飲みながら花火していたやつも多い。千鳥足のやつに肩を貸しながら帰るはめになったのも何組かいたな。
その翌朝のことだ。何か忘れているような気がして二日酔いの頭を引きずりながら起きた。水でも飲もうと、皆で雑魚寝してた建物を出たときに思い出したんだ。バケツを忘れていた。
そうそう。クミの言うとおり、花火の時に使っていたバケツはサークルの備品だ。大学名とサークル名がバッチリ書いてある。ゴミと一緒にバケツが見つかり、大学に苦情でも入れば、最悪活動停止だ。一気に酔いが覚めて、慌てて昨晩の河原に向かった。
河原には、まだ朝靄が立ちこめていた。踏み入ったとき、何故か悪寒がした。両腕を埋め尽くした鳥肌を、肌寒いせいだって誤魔化して。俺はバケツを探した。
だから、靄の中に人影を見つけたときは腰を抜かしかけたよ。恐る恐る人影の背後から近づいて、それがサークルの部長だって気がついたときには心の底からほっとした。
部長は何かを見下ろしているようだった。さらに近寄ってみると部長の視線の先にあるものが分かった、例のバケツだ。部長もバケツを忘れたことに気づいて取りに来たのか、って思ったな。声をかけようとしたとき、部長の方から振り向いた。今まで見たことのない顔で。あの温厚な部長がこんな顔をするなんて今でも信じられない。それくらい険しい、凍り付いた表情だった。
「お前、昨日最後に花火を配ってたやつを覚えてるか?」
そう固い声で聞かれて、首を振った。闇の中、手元で揺れる花火だけが光源だ。おまけに酔いもあった。相手の顔なんて見てないし、覚えてもない。サークルの誰に聞いてもそう答えるんだろうなという直感があった。
それきり何も言わない部長の視線を追って。俺も部長の足下にあったバケツを覗き込んだ。
数十本の花火の燃えかすに混じって。焼け焦げた白い骨が幾本も、水に漬かっていたよ。
ああ、お前らが聞きたいことは分かってる。どうして骨だって分かったんだってことだろ。
……直感、としか言いようがない。ただ、骨だって分かってしまったんだ。焼け焦げた骨があるって。
その後は、部長と一緒に花火の残骸から骨を選り分けた。焦げた骨が手の中で崩れていく感触は思い出したくもない。全部の骨をバケツから取り出したら、河原に転がっていた昨夜のビール缶を拾って回った。自分たちがそこに居たって証拠を残さないように。そこに居たという事実自体を消してしまうかのように。
そうしてキャンプ場に帰ったら、部長はその日の予定もそこそこに旅行を解散にした。体調不良者が出たって適当な嘘で誤魔化してな。
……その嘘は、結局本当になった。皆が帰ったその日の夜から、次々とメンバーが原因不明の腹痛や発熱に見舞われたんだ。俺も四十度の高熱を出して三日間ぶっ倒れてた。食中毒を疑われたよ、病院に行った誰にも確たる診断は出なかったがな。その後は、まあ、辞める部員が続出だ。部員も食中毒を疑ったのか。あるいは、俺や部長以外にも何かに気づいたやつがいたのか。最終的にサークルは自主的に活動を停止し、自然消滅した。部長は……知らない。大学をなんとか卒業して、就職したと願っている。サークルの活動停止の報告以来、彼と一向に連絡がつかない。もし、この中で『昔、突然活動停止したテニスサークルの当時の部長』を知っているやつが居たら教えてくれ。……いないか。そうだよな。
その山は、今俺たちがいるまさにここじゃないかって? はは、そんなわけないだろ。どれだけ俺が怖い思いをしたと思ってる。だいたい、この山はすぐ裏に小さいとはいえ町があるし、麓には高速のインターだってある。だから妙な心配するなよ。現場の土地がどこだったかは勘弁してくれ、言いたくねえ。大学のある県は勿論、この中の誰の出身地とも被ってねえよ。
さて、次だ。お前もちゃんとやってくれよ、マイカ。
(男が未開封のビール缶を手に取り、立ち上がって画面の外へ歩いて行く)
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