〝いせかいてんせいもの〟始めました。

鯉昇

〝いせかいてんせいもの〟始めました。

 彼らが来るようになったのは、もう何年前になるのだろうか。二十年前だろうか。三十年前だろうか。いつからなのか、もはや私達にも分からない。彼らが来るようになった事が、もはや日常の出来事になってしまった。だからいつもどこからかやってくる彼らが、一体何を求めてこの国に来るのか、私達にも少しずつだがようやく分かってきた。


 彼らは、自分たちの事を〝てんせいしゃ〟と名乗る。あるいは〝ぼうけんしゃ〟、〝ゆうしゃ〟、〝るろうしゃ〟などとも名乗る。これはつまり、私達の言葉に訳すと浮浪者である。


 そして彼らは決まって口々にこう言うのだ。

『私は〝べつのせかい〟から〝てんせい〟してきた。〝ちーとのうりょく〟を持っている。〝でんせつのぶき〟はどこだ? 倒すべき〝まもの〟や〝まおう〟はどこだ? 〝ひろいん〟はどこだ? 〝たびのなかま〟はどこだ?』などである。

 我々には聞きなれない言葉ばかりであり、学者達は彼らが、ここへ来る途中で頭を強打したか何かのショックで、気が触れてしまったに違いないというのだ。なんと哀れな人々であろうか。


 もちろん彼ら〝てんせいしゃ〟が何か私達に悪さをするようであれば、私達も彼らを追い出そうとするが、大抵の場合、彼ら〝てんせいしゃ〟はすぐに〝まもののもり〟や〝のろわれたどうくつ〟などの、聞きなれぬ場所を目指して〝たびだつ〟をしてしまう為、実際には私達への害は殆どと言って良いほど無い。


 しかし、その〝たびだつ〟をした〝てんせいしゃ〟が、道端で哀れにも力尽きている事案が彼らの来訪初期から多々あり、人道的にも公衆衛生的にも問題にはなっていた。そして近年増加の一途をたどる〝てんせいしゃ〟の来訪により、それらの問題は深刻化してきている。


 そこで私達はこの〝てんせいしゃ〟問題を解決すべく、議論百出し一つの解決策を見出した。

 その解決策とは、〝てんせいしゃ〟の言う〝いせかいてんせいもの〟を私達で演出し、哀れにも道端で力尽きない様にするというものである。勿論この解決策は多くの困難をはらんでいる事は私達にも分かっていた。まず私達は、彼らの使う〈聞きなれぬ言葉〉を一語一語書き留め、精彩に調査して翻訳していった。そして翻訳し、製本したものを〈聞きなれぬ言葉の翻訳書〉と言う題名で国中に無料配布した。


 次に私達は〝てんせいしゃ〟が現れる場所についても丹念に調査した。すると最初に現れる場所は私達の国の中の三か所の街や村に絞られた。〝てんせいしゃ〟は最初にそのうちの一つに現れ、件の〈聞きなれぬ言葉〉を話し、どこかへと〝たびだつ〟をする事が分かってきた。


 次に私達は〝てんせいしゃ〟の〝たびのもくてき〟なるものを彼らから聞き出し、統計化していった。面白い事に、この〝たびのもくてき〟なるものは〝てんせいしゃ〟によって違うものもあるが、大体似通っているという事だ。


 この〝たびのもくてき〟なるものは大抵の場合、〝てんせいしゃ〟は〝ぎるど〟なる場所で氏名や職業などの登録をして、〝たびだつ〟をし、〝まもののもり〟なる場所や、〝のろわれたどうくつ〟などに行き、〝まもの〟なるものを成敗し、〝ひろいん〟なる女性と出会い、〝さかば〟と言う場所で〝たびのなかま〟と呼ばれる者達を集め、〝でんせつのぶき〟と呼ばれるものを手に入れ、〝まおう〟と呼ばれる〝まもの〟達の王様を退治する……と言ったものだ。つまりこれらの事を〝てんせいしゃ〟の為に演出できれば良いのである。


 そこで私達は〝てんせいしゃ〟の言うこれらの事を再現するためにはどうすれば良いのか、再び議論を重ねた。


 三ヶ月にも及ぶ議論の末、私達は〝てんせいしゃ〟が最初に現れる三つの街や村が比較的隣接している事に着目した。


 まずこの隣接している三つの街と村から住人を退去させ、〝てんせいしゃ〟の言うような街や村に造り変えたのである。〝ぎるど〟、〝さかば〟、〝ぶきや〟、〝どうぐや〟などを建てたのである。そしてこれらの街と村を中心にした広大な面積の土地を〝いせかいてんせいもの〟特別指定地域として塀で囲い込んだのである。この特別指定地域内には、もちろん〝まもののもり〟や〝のろわれたどうくつ〟などを設置した。


 また、〝てんせいしゃ〟が楽しみにしていると言う、〝いべんと〟なる一種のお祭りを行う工夫も重ねた。この〝いべんと〟なるものは何種類もあり、毎日行われるものや、日替わり、隔週、隔月で行われるもの、一定の条件を満たした者だけが参加できるものなどがあり、一つ一つを考えて演出していくことは多大な労力と費用を要した。しかし私達はそれらを〝てんせいしゃ〟が少しでも楽しんでもらえれば良いと思い、日夜試行錯誤した。


 また私達は同時並行的に、〝てんせいしゃ〟の言う〝ぶき〟と〝ぼうぐ〟の発明と製作に取り掛かった。知っての通り、私達の国は長らく戦争をしていない。最後の戦争は古文書学者によると二八七三年前のものである。なので私達には〝ぶき〟や〝ぼうぐ〟と言えば発掘するか、研究者らが研究の為に保存している物かしかない。そこで、国中から腕の良い職人達を集め、〝ぶき〟と〝ぼうぐ〟を新たに発明、製作させた。私達の国の職人達の腕は良く、〝てんせいしゃ〟達は皆一様に満足した。


 だが、ここで私達は大きな問題にぶつかった。それは〝まもの〟と〝まおう〟そして〝ひろいん〟をどうするかである。これは難問中の難問であった。

 当初、私達はまず国中から公募した、勇気ある女性達にこの〝ひろいん〟を演じてもらった。しかし、〝てんせいしゃ〟の多くが〝ひろいん〟との〝ろまんす〟なるものを求めたのである。この〝ろまんす〟なるものは、私達の言葉に訳すと性交渉である。これは大きな問題となった。私達の勇気ある女性達の多くが精神的苦痛を訴え、大きな社会問題となったほどである。私達は事態を重く受け止め、この〝ひろいん〟問題を解決するべく特別委員会を創ったほどである。


 〝ひろいん〟問題解決委員会はこの難問をどう解決したのか。それは実に聡明な一人の委員によってなされたのである。それは次のような経緯である。


 この聡明な委員は〝てんせいしゃ〟の話を聞き、分析してある事に気が付いたのである。それは、〝てんせいしゃ〟の中には、どう見ても男性の体なのに女性と言い張るものがいる事である。そこでこの聡明な委員は閃いたのである。女性と言い張るどう見ても男性の〝てんせいしゃ〟を、言う通りの女性の〝てんせいしゃ〟にしてしまえば良いのだと。幸いにも私達の国は医療が発達している。早速女性と言い張る男性〝てんせいしゃ〟を保護して女性の体に手術し、〝ひろいん〟にさせたのである。これは大成功であった。〝てんせいしゃ〟も〝ひろいん〟も大喜びであった。これ以降私達は、男性の〝てんせいしゃ〟は〝ゆうしゃ〟、女性になった〝てんせいしゃ〟は〝ひろいん〟と呼ぶようになったのである。


 さて、〝ひろいん〟問題が解決はしたが、私達にはまだ大きな問題が残されていた。〝まもの〟及び〝まおう〟問題である。この問題もまた、大きな問題であった。まず〝てんせいしゃ〟の言う〝まもの〟と言うものが、私達には想像もつかないような生き物であるからだ。だが彼らは皆一様にその形態や生態を事細かに説明するので、私達はそのような生き物たちがいる〝てんせいしゃ〟の〝べつのせかい〟なる国が、どれほど恐ろしい場所であるのかと想像せずにはいられない。


 それはさておき、私達はまず私達の国に生息する動物達に改造手術を施す事で解決を図った。しかし、これは動物虐待にあたるとして、国民から大きな反対運動が巻き起こった。

 そこで私達は機械で〝まもの〟を製作してみた。しかし、機械で再現できる〝まもの〟の種類はごく僅かで、また十分な数を量産する事も困難を極めた。私達の計画は進退窮まったと言って良い。

 そんな時だった。あの〝ひろいん〟問題を解決した聡明な委員が、再び妙案を考え出したのである。


 きっかけは一人の〝てんせいしゃ〟と出会った事である。


委員「それでは次の〝てんせいしゃ〟の方、お名前と希望する〝しょくぎょう〟をどうぞ」


〝てんせいしゃ1〟「ふふ……。よくぞ聞いてくれた! 我が名は〝りりーす・ゔぁん・ぐるたにあ〟! 〝しんせいぐるたにあていこく〟〝だいろくこうひ〟が長子にして〝だいじゅうなないこういけいしょうしゃ〟! そしていずれ〝げんこうてい〟を倒し、〝こうてい〟となる男だ!」


委員「……えーっと、〝りりーす〟さんね。〝こうてい〟という〝しょくぎょう〟は無いんですが、どうなされます?」


〝りりーす〟「なに……? そなた、私が〝こうてい〟になれないとでも申すのか? では似たような〝しょくぎょう〟は無いのか?」


委員「えーっと、そうですねぇ……。あっ、それでしたら、〝まおう〟という〝しょくぎょう〟なんていかがでしょう? 今この〝いせかいてんせいもの〟には〝まおう〟がいなくて困っているんですよ」


〝りりーす〟「何っ? 〝いせかいてんせいもの〟なのに〝まおう〟がいないと申すのか? それはいかん! よしっ! この私がこの〝いせかいてんせいもの〟の〝まおう〟となってやろう!」


委員「本当ですかっ? いや~、良かった~。あなたはまさにこの〝せかい〟の〝きゅうせいしゅ〟だ! それでは、お呼びするまで一旦あちらでお待ちください」


委員「次の方、お名前と希望する〝しょくぎょう〟をどうぞ」


〝てんせいしゃ2〟「ふっふっふ……。我が名は〝ざざざざーん〟。〝まおうぐん〟〝ろくだいしょうぐん〟が一人、〝じゅうおうむじんしょうぐん〟、〝まてんろうかくのざざざざーん〟とは私の事だ!」


委員「えーっと、〝ざざざざーん〟さんっと。それじゃあ、あちらにお座りの〝まおう〟様のお隣でお待ちください……次の方、どうぞ」


〝てんせいしゃ3〟「おーっほっほっほ! 私は〝まおうぐん〟〝ろくだいしょうぐん〟が一人にして〝こういってん〟の〝せんぺんばんかしょうぐん〟、〝ひゃっかりょうらんのきーる・みべいべ〟よ!」


委員「……はい。ではあちらのお二人とお待ちください……次の方」


〝てんせいしゃ4〟「ふふふ……。私は〝まおうぐん〟〝ろくだいしょうぐん〟の〝こういってん〟……」


委員「あっ、〝こういってん〟はもういらっしゃるので、それはもう使えないです。それか、あちらの〝こういってん〟の方とご相談ください」


〝てんせいしゃ4〟「……承知した」


委員「えーっ、次の方」


〝てんせいしゃ5〟「はーっはっはっは! 俺は〝まおうぐん〟〝ろくだい(以下省略)」


〝てんせいしゃ6〟「なあなあ、〝かいぞくおう〟は無いのかよ? 俺は名前に〝でぃー〟が付いてるんだけど?」


委員「……あちらの〝まおう〟様とご相談ください」


〝てんせいしゃ7〟「私は〝まおうぐん〟〝しれいかん〟の(以下略)」


委員「……あちらの〝まおう〟様とご相談ください」


〝てんせいしゃ8〟「私は〝まおうぐん〟〝だいととく〟の(以下略)」


委員「……あちらの〝まおう〟様とご相談ください」


〝てんせいしゃ9〟「私は〝まおうぐん〟〝かげのさんだいしょうぐん〟の一人(以下略)」


委員「……あちらの〝まおう〟様とご相談ください」


〝てんせいしゃ10〟「〝まおうぐん〟の〝ろくだいしょうぐん〟ってまだ空きあるのかな?」


委員「……あちらの〝まおう〟様とご相談ください」


〝てんせいしゃ11〟「私は〝まおうぐん〟〝うらぼす〟の(以下略)」


委員「……あちらの〝まおう〟様とご相談ください」


委員「…………〝まおうぐん〟出来たんじゃね?」


 その後も〝まおうぐん〟に志願する〝てんせいしゃ〟が多数おり、私達の〝いせかいてんせいもの〟は〝まもの〟の数は少ないが、〝まおうぐん〟の〝かんぶ〟を名乗るものはやたらと沢山いる〝せかい〟となった。


 ちなみにあの〝まおう〟様は〝かりすますきる〟なるものが〝かんすと〟しているらしく、〝まおうぐん〟はこの〝いせかいてんせいもの〟の為にみな粉骨砕身して私達を手伝ってくれる。


 数々の困難を乗り越え、こうして私達は〝てんせいしゃ〟達の為の〝いせかいてんせいもの〟を創り上げたのであった。


 願わくばこの〝いせかいてんせいもの〟が、沢山の〝てんせいしゃ〟が楽しんでくれる〝せかい〟となる事を願うばかりである。


終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

〝いせかいてんせいもの〟始めました。 鯉昇 @koi-nobori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る