二人旅

浩美さん

二人旅

二人旅


 高校に上がってからよく日帰りで京都に行くようになった。

 地図もろくに見ず行きたい方へふらふらとする自由気ままな一人旅である。けれど一度だけ友人と二人で行ったことがある。去年の夏休み、今年と同じくうだるような暑さだったけれど何かしら思い出のある分少しばかり綺麗に思い出してしまう、そんな夏のできごとでる。

 思い出の美化は時に人を惑わせる、それでも美しく残った思い出は日常に惑い疲れた人のこころを慰める。


 きっかけは部活動の大会でその友人と偶然再会したことである。同じ名古屋の高校に通っているもののこっちは南、向こうは北の地区で大会でもあまり見かけることはなかったのだが、その日の大会はどちらからも参加のある少し大きめの大会だった。久しぶりに顔を合わせると自然と話が弾んだ。いつも通りの憎まれ口から始まって、前の大会でも一回戦で負けたとか、あの作家の新作はもう読んだのかとか、そうやって話しているうちに私が日帰りで京都に行った話になった。

 彼は、彼の好きな、私も好きな作家の小説の舞台が京都で一度自由にまわってみたかったらしく次に行くのは夏休みだという話に食いついて最終的にその時は一緒に行こうという話になった。

 一人以外の旅は久しぶりだったので少しだけそわそわした。


 学生が京都に行くときは青春18きっぷが欠かせない。京都は 名古屋駅から電車で二時間と少しで着く身近な観光地の一つである。けれど普通に行こうとすると片道でだいたい二千五百円もかかって、行き帰りだけでお財布が空っぽになってしまう。

そんな時に便利なのが青春18きっぷである。これを使うとなんとJR が一日乗り放題になるのだ。五回セットで一万二千円くらいなので日帰りで使えばほぼ半値である。私はそんなにあちこち行く訳ではないので金券ショップで必要な分だけ買って使っている。この話を友人にしたときは結構驚いていた。きっぷの名前は聞いたことがあったけれどどういう物かまでは知らなかったらしい。

 彼は大人が付いてこない遠出はあまりする機会がなかったらしく、すごく楽しみにしていた。私もせっかく二人で行くのだからと、当日何をしようか色々考えながら楽しみに待っていた。

 一人で行った時は着いてから考えようとか言って適当にふらふらするのを楽しんでいたけれどこういうのも悪くないと思った。


 昔どこかで人は一人では生きていけないという言葉に対して、生きていくだけなら一人でも十分だと言うのを聞いた。私はそんなことはないと言いたい訳ではない。確かに私も生きていくだけなら一人でも支障はないと思っている。それでも人は他と関わりを持とうとする。それは生きるために必要だからという理由ではなくて、もっと温かい願いのようなものがその底にあるんじゃないかと思う。だって二人は一人より温かい。

 少しロマンが過ぎたかもしれない。


 いよいよ当日、二人とも待ち合わせよりずいぶん早く駅に来てしまっていたので、楽しみにしていたのがバレバレになって二人して恥ずかしがって目を逸らした。

 名古屋からJRの東海道本線で米原まで行ってそこから琵琶湖線に乗り換えて京都に着く。着いたのはだいたい十時くらいでおおむね予定通りだった。

 その後も何事もなく時間が進んでいった。行きたがっていた古本市、書いてあった通りの商店街に鴨川デルタ。楽しい時間というのはどうも短く感じてしまっていけない。日々の繰り返しから外れて、少し前までその日々の繰り返しを一緒にしていた友人と久しぶりに過ごすのはとても懐かしくて新鮮だった。この頃の私は高校生活のことで少し気が滅入っていて、これがいつまでも続けばなんて思って頭の中の日常を遠ざけた。


 帰りは駅でお土産を沢山買った。友人は家が四人家族というのもあって私よりも少し多めに買っていた。彼は帰りの電車で食べられるような小さめの八つ橋も買ってきてくれていて、その日のことを話しながら一緒に食べた。彼の趣味で変わった味のが多かったけれど最後の一つを賭けたじゃんけんに負けてしまったのが惜しいくらいには美味しかった。


 帰りの電車、会話に区切りがついた後いつの間にか私は眠ってしまっていたようで、気が付くと友人は陽気におはようと言った。慣れない二人旅で気付かないうちに気を遣って疲れていたのを、今度は逆に二人でいることに気が緩んで眠ってしまったのだろう。彼の方はずっと起きていたらしく、少し悪い気がした。十時頃に名古屋駅に戻ってきて夕飯を食べるべく、すいている店を探して駅にあるラーメン屋の一つに入った。ラーメンを待っているとこんな写真が撮れたんだよ、と言って写真を見せられた。

 何だか嬉しそうに見せるもんだから、どれどれとのぞいて見てみると、電車で寝ていた時の私の寝顔だったのでさっきの悪い気はすっかりうせた。 不公平なので私にも撮らせなさい、と言って写真を撮り合った。

そしてやっぱりそんな時間が続いて欲しかった。

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二人旅 浩美さん @Tanaka-hiromi

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