第5話 バタフライ・エフェクト

 物寂しく陰気な図書室にも夕焼けはわずかにうかがえ、俺たちに帰宅を促す。

「じゃ、じゃあ行こっか」


「やっぱりもう少し話そうよ?」

「でも……」

「ふ~ん、やっぱり駄目なんだ」

「駄目っていうか……」



 もはや俺の意向など無視してとうとう話し出した。

「さぁ?」

「でも、私、のこと、今でも大好きなんだよね~♡」

「!?」

 突然の告白?に心を弾ませたが、やはり違和感がある。

「その……」

「だ・か・ら、完璧な博己君になってもらうために、優秀なこの博己君に、私が教育してあげるね♡」

 魅力的な微笑みは何故だか今は狂気的に見えた。まっすぐにこちらを見つめる大きな瞳にはただ俺しか映っていないかのようだった。



「何するんだ!!」

「ッッ!!??」

 ハンカチで俺の顔を抑えて窒息させようとしたのか、あるいは催眠薬を香がそうとしたのをなんとか払いのける。

「ふ~ん、結構反抗的なんだね、この博己君……」

「いきなりそんな事されれば誰だってそうするさ」

「そんなことなかったけどなぁ」

 そういって彼女は、どこからか銃刀法の許す範囲を逸脱したナイフを握る。突然のことで理解が追い付かないが、ただならぬ状況であることは一目瞭然だった。殺される。冗談で形容に用いるのが関の山であるべきこの言葉が、今起きている非日常にはぴったりだった。

「さ、早く次に行かせてよ」

「簡単に死ねるかよ」

「駄目だよ、私たちの愛のために簡単に死んでもらわなきゃ」

 彼女は手慣れた動作で俺のみに焦点を当ててこちらに迫る。プロの手並みなど到底知る由もないが、彼女のそれは玄人並みだった。警戒を少しでも緩めれば殺られると断言できる。まったく物騒な世の中になったものだ。平々凡々たる一青年が突然ナイフを向けられるのだ。これを世紀末と言わずしてなんと表現できようか。

 広いといえども、防御要塞ではないこの図書室で生き残れるかは正直不安だ。見かけによらず相手には相当体力があり、それに反してこちらはインドアの猛者。それに本棚や机を不正に利用して、何とか傷ひとつ負ってはいないが、それすらも時間の問題だろう。まさしく必死である。こちらとしても意表を突かずして活路を見出せない。


「あああああ!!」

 一瞬の隙を狙ってぶ厚めの本を投げる。それに付け込んでナイフを奪おうと跳びかかる。攻撃は最大の防御理論の証明。

「ッッ!!おい!おとなしくしろ!!!!」

「離して!!そっちこそおとなしく!!」


「キャアアアア!!!!」

 ナイフを最後に手にしたのは俺だった。西園寺薫に突き刺してしまってからという最悪のタイミングで―――

「お、おい……嘘、だろ」

 先ほどまでの緊張が一気に解かれ、俺は全身の力が抜ける。膝が崩れ、ナイフを落とし、茫然自失の体現者だった。俺が人殺し……?

「まだ、死ぬわけには……はやく、分岐点に、戻らないと……」

 まだかろうじて息はあるようだが、もはや逃げる気力すら残っていなかった。

「いやだよ、博己君と、まだ博己君と私、結ばれてないよ………」




「酷い事件だったな。仏さんが高校生でなくとも、恋愛沙汰でこんな事件は俺も担当したことがねえな」

「あ、あの、刑事さん、博己は、博己は本当に死んじゃったんですか?」

「君は、確か友人の田村君だったかな?お気の毒だが確かにお亡くなりになられましたよ。女生徒の遺体が握りしめたナイフで下腹部をね。あ、いやすまんな」

「いえ、俺が聞いたんで」

「山谷美咲さんの体調は以後どうですか?」

「わかりません。相当ショックだったんでしょう。なにせ幼馴染ですからね。あれからずっと引きこもってます」


「お~い美咲ちゃん?学校のプリント持ってきたぞ」

「……」

「たまにはせめて部屋からだけでもでないか?悲しいのは俺だって一緒だけど」

 おもむろにドアが開き、真っ暗な部屋から変わり果てた美咲ちゃんが現れる。天真爛漫な明るい女子だったと説明して何人が信じるであろうか。

「……ありがとね、進君。もう大丈夫だよ」

「いきなり無理する必要はないぞ?」

「ううん、本当に大丈夫だから。心配かけてごめんね?」

「なら良いんだけど……」

「ところでさあ、


 


END5 「永劫回帰えいごうかいき

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黄昏に現れる彼女はジョンバール分岐点を知っている 綾波 宗水 @Ayanami4869

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