第4話 エラーは作成者が責任を持って回収します。

その日、悪夢にうなされて、朝っぱら大声を出してしまった。幸か不幸か、親はまだ寝ているようだが。緊急事態だったらどうするんだと理不尽なことを感じつつ、悪夢の内容を反芻する。突然見知らぬ女子に殺されるという何とも奇妙なもの。問題は今回が初めてではないという事にある。精神的に病んでいるという自覚はなく、また私生活にもトリガーたるストレスはない。では一体なぜなのか。もうひとつだけそれらの夢には共通点があった。


 何度も聞いて知っているはずなのに、毎度俺は知らないのである。どうやらSF用語らしいがいったいどこで俺は知ったのだろう。というのも、所詮は夢であるから、すべて俺の脳が見せた幻想であり、すべての物質・情報は俺の知りえる範囲に限られている。それが現実にある事柄なら尚更だ。似た概念を生み出すならまだしもジョンバール分岐点などという聞きなれない言葉を意味とセットで出現するということは、俺が知っているものであるべきなのだ。


 そんな死活問題であるにまったく有益でなかった時間を過ごし、登校する。いつも通り、美咲はこちらに笑顔で手を振る。そう、あの夢以外、俺の日常はなんら変わりを見せないのだ。

「おはよう。大丈夫?最近なんだか疲れてそう」

「近頃、変な夢をよく見るせいで寝不足なんだよ」

「へえ、ちなみにどんな夢なの?」

「美咲はさ、ジョンバール分岐点って知ってる?」

「なにそれ」

「いや、何でもない」

 周りの誰かが話していて、間接的に知っていたのかと疑ったが、どうやら間違いのようだ。そもそも美咲はSFはもちろん、本を読まないのだが。

「変なの」

「博己が変なのはいつものことだろ」

「なんだ進、今日は朝練なかったのか」

「進様と朝から一緒に過ごせて幸せだろ?」

「なあ、ジョンバール分岐点って知ってるか?」

「いきなりなんだよ」

「知ってるのか?」

「さあ?聞いたことねえけど。鉄オタにでも目覚めたのか」

「俺は根っからのインドアだよ」


 やはり進も知らないようだ。まさしく八方塞がり。迷宮入りを早くも迎えようとしており、警察はおろか探偵としても完全に三流だ。ひたすら思案しようとも、ヒントすらも得られない始末。そこで放課後、先人の知恵を有効活用するべく図書室へ向かう。周囲に漂う不気味さを理由にほとんどの生徒はここを避ける。さりとて過去に忌まわしき事件があったなどという類のうわさは耳にしないので、必要に迫られた今のような時にはそんなことなどお構いなしに利用する。所詮人間なんてそんなものだ。

 フロイト先生に診断を仰げば何か判明するかと思ったが、俺の理解力の低さがこんな所で発揮されて、結局、診断書を発行する事はできなかった。


「あれ、こんなルートあったっけ?」

 図書室に入ってきた生徒は突然奇妙な独り言をあたかもこちらに話しているような音量で放つ。それと同時に違和感と頭痛が俺を襲う。俺は素知らぬ顔で図書室を後にしようとするが、そうは問屋が卸さない。

「加藤博己君だよね、私同じ学年の西園寺薫。私のこと覚えてない?」

 2、3度廊下ですれ違ったのだろうか、そう言われれば何となく知っているような気もしなくはない。

「ごめん、あんまり覚えてないな」

「そうだよね、私もこんなの初めてだから」

「どんなの?」

「うんん、気にしないで。それより、図書室に誰かいるなんて思わなかったよ」

「ああ、俺も誰か来るなんて思わなかった」

「何かいけない事でもしてたの?」

「まさか、単なる調べものだよ」

「へえ、何調べてたの?」

「夢占い」

「博己君って案外女の子っぽい性格なんだね」

「違うって、ただ何か最近悪夢をよく見てさ」

「どんなの?」

 あって間もない女子に俺は何を話しているんだ。コミュ障だと思っていたが、どうやら誤認のようだ。

「西園寺さんはさ、ジョンバール分岐点って知ってる?」


 俺は本能でこの子は何かを知っていると分かった。ほかの二人とは全く異なり、仮にSFマニアだとすれば、それに話を持っていくはずだ。ではこの黒髪ロングの女生徒はと言うと、驚きに目を見開き、呆然とこちらを見つめる。あたかも長年死んだとされていた人間が幽霊としてではなく、生身の姿で現れたかの如き表情。

「知ってるよ」

 やはり彼女はようだ。

「詳しく話してくれないか」

「まずいな、飛び過ぎてバグが生じちゃった……」

「バグ?」

「ごめんね」

 どこから取り出したのか、彼女の手にはナイフがあったあった。それも他ならぬ俺の真っ赤な鮮血に染められた鋭利なナイフが。血液に濡れていない部分が夕焼けに照らされ、より恐怖を駆り立てる。

 彼女は迷わずナイフを突き刺す反面、とても複雑な表情をしていた。これがどうしてもしなくてはならない事であるかのように。意識が遠のいていく時、俺は夢に現れた殺人鬼が西園寺薫に瓜二つなのに気が付いた―――


END4 「うつし世はゆめ 夜の夢こそまこと」

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