「事実は小説よりも奇なり」という言葉があります。これ、「事実は小説よりも不条理なり」ともいえるとおもいます。
現実って不条理で不公平、混沌としているものなんです。助けはいつでも間にあうわけじゃないし、愛しあったふたりが一年後に愛し続けているとはかぎらない。現実は思いどおりになんかならないし、報われないものはどんだけ努力しても報われないし、期待は大抵が最悪のかたちで裏切られるし。
この小説に登場する未来香もそう。ことごとく、現実に裏切られます。
彼女は夜な夜な公園に現れるというヘッドフォンをつけたおばけの噂を聞き、その真偽を確かめにいきます。
そこにいたのはおばけではなく、ヘッドフォンをつけて踊りくるうサラリーマン。声もあげずにシャウトする彼のすがたに思わず、黙って通報する未来香。けれどその後、ヘッドフォンをしていないおばけの中身とすれ違い――……
未来香の恋愛感情と友人関係、ヘッドフォンのおばけが巧みに絡みあって、他の小説とはひと味違った青春模様を描きだしています。軽妙な語り口。人間のなかの人間を浮き彫りにするような描写の数々。随所に著者さんの一風変わった着眼がぴりりと利いています。それでいて誰もが胸のうちに抱えているものがざわりと動きだすような共感性があり、ほんとうに素晴らしい短編です。
是非とも一度、冬の夜長に読んでみてください。読み終えたときにはきっと、あなたもヘッドフォンで夜を飛びたくなっているはずですから。