「星空」


 ずっと、泣いている少女がいる。

 同じ場所で大粒の涙を溢すその子はいつもそこにいる。

 ボロボロのテディベアを大事そうに抱えて、女の子は声を出して泣いている。

 迷子だろうかという印象は、せせら笑うような自嘲で一蹴される。

 ここに迷子などいない。ここには行くべき場所も帰るべき家もない。ずっとずっと行き止まり。

 だからあの女の子は迷子なんかじゃない。

 ただ、置かれた状況に対して嘆く元気があるだけだ。

 鳥籠。大人たちはここをそう呼んでいる。

 鳥というものが何を指すのかはわからないけれど、鎖のような閉塞感はいつもある。

 人類はとうの昔に絶滅し、残ったのはこ大地のみ。ボクらはかつて緑に覆われた地面に突き刺さる瓦礫。終わることもできずにゆっくりと体が風化していくのを待つしかない。

 その日、少女はまだ泣いていた。

 スポットライト浴びたように少女はその場を離れない。

 くる日もくる日もその光景は続いて——ある日、ボクは彼女に聞いた。

「ねぇ、いったい何がそんなん悲しいの」

 少女の目がぱっとボクを見る。途端、溢れていた涙はぱたりと止んで、嘘のように目を瞬かせている。

 変な子だ。まあ、いまさらだけどなんて感想を胸に抱きながら、ボクは睨めるように見つめ返す。

「なに?」

「—————あなたは悲しくないの?」

「生憎と泣くほどの余力は残ってないんだ」

 そんな感情はすでに褪せている。僕らは地球最後の子供チルドレン。機械仕掛けの体に無駄な容量は毒だ。

 だのに、少女は一瞬生きているように微笑んで、真っ暗な天井を指さした。

「空には先があるんだよ」

「宇宙だろ。知ってる」

 それがなんだっていうんだ。まったく初めて泣きやんだかと思えば、よくわからないことを言う。

 けれども少女はボクらが捨てた天井を、かつての神に敬うように手を合わせて切な気に目を落とした。

「まだ羽ばたける余地があるというのに、それが許されない。あなたはそれが悲しくないの?」

 ————ああ、そうか。

 君は重りにばかりしていた他の全てを否定して。まだ進む道を選ぶんだ。

 彼女の目は恋のように、どこまでも宇宙に焦がれている。

 ああ。きっとそれは——

 鳥のように、美しい。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お題箱 名▓し @nezumico

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ