第155話 星空の夢

 十数年前、大戦の影響がまだ多く残る大陸の内部、悠久の国エールの軍事訓練場で、二人の騎士が剣を切り結んでいる。

 片方の女の着る白いローブは赤く縁取られ、胸には五つの角を持つ魔法陣が刺繍されていた。その上からかけられた首飾りの中央には、青き光を湛えたクリスタルが輝いている。


 シャリン、彼女を相手する男の手を見ると、深い銀色に輝く腕輪が右手首と左手首に三つずつ付けていた。

 指には七つのリングがはめられており、プラチナの台座に光り輝く赤、橙、黄、緑、青、藍、紫……七色の虹色の石。


 剣を交えるのはアナトの父で、大陸一の武辺者である剣聖アーク。

 そして最年少でエール騎士団の団長になったばかりのアイネ・クラウン。


 アイネは剣聖より先をとり攻撃を続ける、その切っ先には殺意が乗っている。

 剣聖はわざと受け身になり、アイネの実力を引きだしていく。


 剣聖がつぶやく。

「さすがだな、特に剣に殺意を込めて打ってくるところは」

 アイネが返す。

「殺す気でいかないと、かすりもしませんからね。それじゃ面白くないじゃないですか?」


 フフ、剣聖が笑い、右手に持った剣でアイネを弾き飛ばす、城塞の壁に叩きつけられたアイネ、だが、剣聖のパワーを華奢な両足で吸収して、一気に剣聖へ向かった。


『六翼剣打』

 アイネの二刀流の剣が、まるで天使の翼のように光を得て展開された。

 通り過ぎる二人の体、交差する剣。


「なるほど二刀流による六回同時の剣技か、なかなか面白い」


 剣聖の誉め言葉、だが、すれ違って剣聖の後ろに立つアイネは首を振る。

「これはあなたを驚かすものではなく、斬るために考えた技です。私としては珍しく鍛錬した技でした。それなのに……全部かわすとは。しかも剣で防ぐことさえしないなんて」

 フフ、再び剣聖は笑った。

「これでも一応、剣聖と呼ばれる身だからな。だが、今の技はよかったぞ。ただ、殺気が強すぎるな、こちらからはその殺気を感じて、身をかわせばいいだけだ」


 溜息をついたアイネ。

「殺気かあ―—私もまだまだということですね」

 アイネの言葉に首を振る剣聖。

「おまえはまだ12歳だろう? 十分すぎる強さだよ……俺の娘も、アイネくらい強くなればいいのだが」


 剣聖の言葉に剣を下げたアイネが答える。

「そういえば、剣聖に娘が生まれたんですよね。さぞかし強い勇者になるでしょうね」

 剣を鞘に納めた剣聖が首を振った。

「生まれたばかりじゃわからん。それに現代で甘やかされて育つ身だ。生まれながら戦場に身を置くアイネとは比較にはならん。だが、いずれは勇者として宿命が娘をこの世界に導くだろう、その時はアイネ、娘を……よろしく頼む」


 恥ずかし気に自分の娘の事を頼んだ剣聖に、表情を緩ましたアイネが答える。


「家族の事になると、からきし弱くなりますね。わかりました、未来のあなたの跡継ぎを待っています。その時、あなたとの決着がついてなければ、娘さんに立ち合いをお願いしますよ」


 おいおい、剣聖が笑い、つられてアイネも微笑をみせた。

 剣聖が独り言を呟く。

「この空のはるか上に、神人を上回る武の集団、光の十二翼がいると聞いた。本当にいるなら戦ってみたいものだ」


 二人の上空には星空が光始めた。

 光は流星のように力強い瞬きを見せ始めていた。



 どれくらいの時間が過ぎたのか、今でも天の神子の軍勢は巨大な船を星団レベルで保持して、次々と別種族を踏みつぶしていた十二次元上の宇宙で。


 六龍王との戦いもその一つとして、はるか彼方での戦いは忘れ去られていた。


「……なかなか、起きないが大丈夫なのか? 魂をロストしたとかないのか?」

 落ち着いた男の声が聞こえた。その声に答える若い女の声。

「大丈夫です。ただ、下の階層の世界で力を使い切ったので、帰還がおくれているだけです」


 男と女が見守る中、ベッドに寝ていた女が目を覚ました。


「うん?」

 目が覚めて、最初に見えたのは銀色の天井だった。

 横にいる見慣れた顔が声をかけてきた。


「お目覚めですか?」

 見慣れた少女は人形にようにきれいで少し無表情だった。

「うん」

 答えた起きたばかりの女も、負けないくらい均整で、やはりどこか無表情だったが、頬に少し赤みが現れ、ほんのりと興奮しているのが見て取れる。


「なかなか起きないので、少し心配しました」

 目覚めたばかりの女に、声をかけたてきた少女。

「そうか……長い夢を見ていたんだ」

「そうですか……どんな夢でした?」


「すごく楽しかったよ……私が王国を創り、好きな男と結婚して、子供を産んで……そしてまた戦いが……そしてすべてを失った」

 少女が少しだけ表情を曇らせた。

「それは悲しかったですね……マスティマ」

「いいや、楽しかったよ、凄くね……フッラ」

 ふふ、フッラが二コリと笑った。その笑みを見てマスティマも笑う。


 笑い合う二人に割り込む男の言葉。

「ようまた会える事が出来た。こっちの世界はまだ慣れないが、フッラと、そしておまえがいる。まあ、住めば都って事だな」

 マスティマが横の男を見て呆れたように、懐かしそうに声をかけた。


「何言っているの……アガレス。十二次元の階層を突き破って、ここまで来ちゃうなんて……しかも、あなた、グレンのダークナイト化に手助けしたでしょ?」


 ちょっと、怒ったようなマスティマの口調に、アガレスが首意を傾げた。


「十二次元とか言われても、俺にはわからん。ただ、死に際でマスティマ、おまえをもう一度抱きたくなった。ああ、グレンはちょっとだけ手伝ったよ……おまえは俺がここにいることが不満なのか?」

 上半身を起こしたマスティマがアガレスに抱き着く。

「バカね。そんなあなたが大好き。私のところに来てくれて、ありがとう。とっても嬉しいよ」



 光の河の中を光を越える速度で移動する、天の神子の艦隊が造り出す輝き。

 戦いの物語はマスティマが見た、ささやかな一つのビジョンだった。

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転生によりオレ勇者で母親は大魔王ついでに魔女の姉貴の俺への暗殺計画がヤバい こうえつ @pancoo

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