第4話 君の胃の中まで観察したい
水仙についていくこと数分後。青々とした森を抜けると、小さな草原が広がっていた。その中央には、大きな古民家がひっそりと建っている。周りを見まわしても、他に人が住んでるような建物が無い。どうやらここは山の中のようだった。なぜか懐かしく感じてしまう風景に、チサは足を止めて見とれていた。
「さっさと家に入ってください。あなたの味方が待ってますよ」
水仙の
古民家の中に入ると、数日前に会った人物が立っていた。
「やあ、霧崎君。
キョーコが意味深な笑顔でチサと水仙を迎える。彼女は学校の制服を着ていた。
「あはは…息が苦しくなるぐらいは、楽しかったよ」
チサの答えに、キョーコが満面の笑みになった。反面、水仙の顔は何か言いたげに引きつっていた。
「菅山さん、こんにちは。色々聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
チサは改めて、キョーコに挨拶した。もう一度、自分の周りで何が起こってるのか。また、自分はこれからどうするべきかを彼女達から聞かなければならない。
「
キョーコに
大広間では、私服姿の男性2人が戸の方を向いて正座していた。チサ達が部屋に入ると、双方ともすっと立つ。
「霧崎さん!無事なようでなりよりだ。水仙、ご苦労だったな」
隼聖がほっとした顔をしてチサに近寄ってきた。きりりとした瞳に見つめられる。
「あ、ありがとうございます。隼聖さん」
チサはたじたじになりながら、礼を言った。
もう1人の短い黒髪をツンツンと立てた男性も近寄ってきた。赤い瞳でチサをじろじろと見る。背がチサより遥かに高く、少し圧倒されてしまう。
「えーと。初めましてだよね、とりあえずは。チサちゃん。元気そうで良かったよ。あ、俺は
「は、初めまして。炎龍さん」
2人の青年男性に一気に見られ、チサの顔が熱くなる。気恥ずかしさからチサは視線を斜め下に
キョーコの「くくっ」という笑い声が聞こえてくる。
「挨拶がすんだようだな。では、本題に行こうじゃないか」
彼女の一声で、場の空気が張り詰めた。
「まず。
チサは異世界で起きた事を再び聞くことになった。この間はまともに話を聞かなかったのでありがたかった。今回はキョーコが、以下の様にチサに説明した。
鈴国で魔女が襲ってきた。その
「そういえば菅山さん。どうやって異世界に行ったの?」
チサは疑問を口にする。異世界なんて、誰でも簡単に行けるものではない。そもそも異世界という存在すら、以前までチサの中では無いようなものであった。
キョーコが「ああ、それは」と何でもないような顔で答えた。
「僕が転移の能力を持ってたからだ。僕の意志で鈴国へと異世界転移した。観光のつもりで来たんだが…鈴国の伝承につかまってしまってな」
キョーコから見て右隣に座った隼聖が、言葉を付け加える。
「ありきたりかもしれないが…俺達の国には、危機が迫った時に救世主が現れると予言されていたんだ」
「転移したタイミングが最悪だったんだが…困ってる人をほっとくわけにもいかないしな。僕は伝承に付き合うことにしたんだ」
キョーコは話を続けた。魔女も転移の能力を持っていた。結界の中で力を封じ込めたはずが、チサ達の住む世界に魔女が来てしまった。魔女は異能により、世界中の天気を雨に変えた。
「じゃあ、ずっと雨が続いてたのって…」
「魔女の
チサの問いに、キョーコがうなずいた。洗濯が乾かなかったのも毎日生乾きの臭いがしたのもレンゲが星を見れなかったのも、魔女のせいだったとは。別の地域では
「まあ…魔女が居なくなって豪雨が止んだのは良かったよね」
「……。この世界が大災害に包まれなかったのは、嫌な言い方をすれば魔女が
キョーコがチサの「やることが魔女にしては…」という微妙な空気を感じ取ったのか、意味深な顔つきをした。
「どういうことなの?」
「僕らが住んでる世界も、少し不思議な世界なんだよ。霧崎君。この世界にも目では見えない者達がいて、彼らが魔女の力を妨害してたからな。誰だって、縄張りを勝手に荒らされて欲しくないものさ」
「ほ。ほほー」
自分の世界もびっくり世界だとは思い難いが、とりあえず今はキョーコの言うことを信じるしかない。
チサからやや右斜め前に座った炎龍が、悲し気な顔つきをして口を開いた。
「俺達の世界…鈴国では、土地を壊され地面さえ存在しなくなった地域もあるんだ。キョーコちゃんやチサちゃんの世界はラッキーだったと思うよ」
隼聖もやるせない顔つきをしている。炎龍から少し離れた所に座っていた水仙は、真顔のままであった。
彼らの世界のことを思うと、チサはなんだか申し訳なく感じた。
話も締めに入る。天候の異変に気付いた霧崎法師達と協力することになり、魔女を滅することに成功した。だが、魔女は復活の予言を残した。
星をまといし女―魂が”星”の匂いを持つチサと魔女の息子が結ばれることによって、復活すると。
「今朝、霧崎君を襲った車も、魔女の息子がおそらく関係してるだろう。君に大怪我が無くて本当に良かったよ」
キョーコの心底ほっとしたような顔を見て、チサはなんだか嬉しくなった。一方で、疑問が沸いてくる。
「でも…なんで殺されなきゃいけないんだろう。他の世界に移動する力があるのなら、そのまま連れてったり、
「もちろん、その方法もありうる。だから魔女の息子…今は魔王となるか。魔王に会わないよう、君には最大限気をつけてほしい」
隼聖がチサに頭を下げた。その裏で「魔王にとっては殺した方が得だと思いますけど」と、水仙の冷淡な声が聞こえた。とりあえず、キョーコ達に全力で協力するしかないとチサは感じた。平穏が大好きな自分にとって、危ない目には遭いたくない。
「わ、分かりましたから!隼聖さん、顔を上げてください。とりあえず、どう気をつけていけばいいですか?」
チサの問いに、キョーコがにっこり笑顔で答えた。
「まず君には。僕の親が経営する病院で健診をうけてもらおうか」
「…はい?」
キョーコが炎龍に顔を向ける。
「炎龍君。この間は霧崎君の体を観察したと言ってたな」
「ああ。たっぷり観察させてもらった!いやー勉強になったよ。キョーコちゃんは、なかなか怪我しなかったしなあ」
「え」
炎龍のキラキラとした顔つきと言葉に、チサは絶句した。それにこの間とは。
「その時に、
炎龍が「あちゃー」というような顔つきをした。
「あーごめんな。さすがに腫瘍の有無は確認しなかったなあ。あくまで骨折の治療第一だったし」
「ではやっぱり、霧崎君に一般健診と癌検診を受けてもらおうか」
「なんでそうなるの!?」
「魔王に殺されたり会ったりする前に、君が病死してしまっても困るんだ。君には長生きしてもらわないと、な」
「えええ…」
「胃や肺や腸も…。一応、乳もしておこうか。それと…」
キョーコの視線がチサのスカートの方を向いた。
「霧崎君。失礼なことを聞くが、経験は?」
「え」
何の経験?と思い、チサは自分のスカートに目を向けた。しばらくして彼女の言ってる意味が分かった途端、顔の温度が急上昇した。
「な、なななななな。な、なんで聞くの…?」
なぜ何人ものの前で性の経験を答えなければいけないのだ。完全なプライベートの侵害である。
「健診のためだよ、チサちゃん!ごめん、教えてくれないかな!」
炎龍が申し訳なさそうに手を合わせてチサに懇願した。隼聖も悲しい顔をしながら炎龍に続いて頭を下げていた。
なぜイケメンに頭を下げられてまで…と、チサは涙目になった。
「……。な……。無いです……」
チサは下を向き、赤面になりながら小さく答えた。
「それならそこの検診はやめておくか。答えてくれてありがとう」
キョーコにさらりと礼を言われたが、チサは泣き顔になるしかない。
「明後日には病院に予約を入れておく。それまでここに待機しておいてくれ。霧崎法師には私から話をしておこう。学校はとりあえず…1週間欠席してもらおうか。もし健診で異常が見つかっても、僕らの全力をかけて君を生かそう」
「俺も協力するよー、チサちゃん!」
炎龍がにこやかに答えた。
「すまない、霧崎君。これからよろしく頼む」
隼聖が申し訳なさげに深く頭を下げた。
「…。まあ。大人しく生き続けて下さいね。一応、護りはしますから」
水仙には適当に励まされた。
これからろくなことが起きそうにない予感に、チサは頭を抱えた。
異界から嫁どり 屋敷ドラ @yasiki-1011
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異界から嫁どりの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます