第7話 コーヒーと人

「そもそも商店街ってどんなところなのか、理解できているかな」

 松永は俺を見た。

「買い物をするところ」

「そうだ。商店街は買い物をするところなんだ。でもさ、今や買い物はネットで簡単に済ますことができる。クリック一つで商品が届けられるんだ。それも実店舗で買うよりも格安で」

「確かにそうですね」中村は、いつの間にかメモを取っていた。

「じゃあ、買い物をするというだけならば、商店街、実店舗の持つ価値は、ネットショッピングよりも低いんじゃないか。近頃は、メタバースも随分と普及してきたので、現地に赴かずとも様々な体験を得ることもできるようになってきた」

「では、ネットよりも価値が低いのであれば、成功者は商店街に行くのですか。それこそ、ネットスーパーで注文して、時間の節約になる。俺は買い物のほとんどを、ネットを利用しています。そちらの方が安くつくからです」

 松永は、コーヒーカップを持ち上げた。器に残っている黒い液体が、照明を反射していた。

「僕は、そこに価値を見出していない。このコーヒーと一緒だ。コーヒーを飲もうと思ったら、自販機で買うこともできるし、コンビニの機械で淹れたてを飲むことができる。もちろんこのコーヒーと比べると、味は幾分落ちてしまうけれど」そう言いながら、松永は一口コーヒーを飲んだ。

「ただ、これはあくまでもコーヒーだ。自販機の缶コーヒーも、コンビニのコーヒーも、コーヒーだ。どれもコーヒーの範疇を出ていない。仮に出てしまうと、それはコーヒーとは言えない代物になるだろうけれど」

「確かにそうですね」

「だから、これに加算されるプラスアルファの価値が重要だと感じている。それは、なんだと思う。ずっとメモを真剣に取ってくれる君はどう」

「そうですね。店の雰囲気とかですか」

「それもあるだろうね。でも、僕が考えるものは、人だよ。このコーヒーをマスターが僕らのことを考えて、丁寧に一杯いっぱい入れてくれている。それを店員が運んでくれる。もちろんそれだけではない。コーヒーと人のつながりを考えたら、それは途方もないものになるだろう。コーヒーに人という価値がつくんだ」

 松永はそう言って、残りのコーヒーを飲みほした。

「商店街というのは、その人というものを最も身近に感じられる場所だと、僕は思っている。何か物を買うときに、コミュニケーションを取る必要があるだろう。ネットだと、そんなことはなくていい。クリックするだけだ。相手の顔なんて見なくていい。そもそもAIが多くの部分に採用されているから、人件費も減り、それが値段に反映されている。企業努力と言えば、企業努力だろうね」

 松永は空になったカップを手に持っていたままだった。俺は、それが滑稽だったが松永はそんなことを気にするようはなく、話を続けていた。

「そもそも、僕はなぜこのような格好でこの商店街に来ているのかだったね。さっき言ったように、商店街ではこれがTPOとしてふさわしいものだと思うから。さらに付け加えるとしたら、他の人から話しかけられやすいようにしているんだ。身なりは、それなりに人の印象を規定してしまう。考えてみたらいいよ。制服姿の警察官と休日で私服姿の警察官、どちらが話しかけやすいかな。明らかに私服姿だ」

 中村がうなずきながら、メモをする。

「スーツ姿でいるということは、それだけで周りに対して距離を置いているのではないかとそう感じているんだよ」

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金持ちしか手に入れることができないチケットを友人からもらったので、「あおぞら商店街」に行くことになった。 山脇正太郎 @moso1059

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