第14話 最期のお願い

 僕はその場を動くことが出来なかった。


 あまりにも受け入れがたい現実。


 自分がノブチにした酷い仕打ち。


 後悔と悲しみだけが残った。


「ねえ奏」


 田淵さんが声を掛けてきた頃には、最終バスは無くなっていた。


 僕たちは歩いて駅まで向かった。


 道中一言も交わさなかった。


 話したくない気分だとかそう言うのじゃない。


 申し訳なくて話せなかったのだ。


 田淵さんは僕に、ノブチを助けてくれてありがとうと言った。


 でも僕はノブチを苦しめた。


 残りわずかな人生に、二つもの後悔を与えてしまった。


 僕は本当に最低だ。


 


 ——駅に着いた頃には、終電もなくなっていた。


 田舎の方だと終電がとても早いことを、失念していた。


 また僕は自分のことばかりで、田淵さんに迷惑をかけてしまった。


「奏、あそこ」


 幸い駅近に民宿があった。


 僕は母さんに電話で事情を説明し、民宿に泊めてもらえるようにお願いしてもらった。


 オーナーはよくある話だと笑い、快諾してくれた。


 田淵さんと野宿なんてことになったら、最悪の事態だった。


 それだけは回避できてよかった。


 でも……ひとつ問題が。


 この時期には珍しく団体客が宿泊しており、ひと部屋しか空いていなかったのだ。


 仲居さんに食事の準備をする間、温泉を勧められた。


 当然、温泉って気分ではないが、一緒の部屋に宿泊する田淵さんへの礼儀だと思い、勧められるがままに温泉に向かった。


 団体客が宿泊しているって聞いていたが、貸切状態だった。


 お湯で体か温められ、ようやく人心地がついた。


 温泉のお湯が、僕の心を洗い流してくれるなんてことはなかった。


 受け入れられなかったノブチの死を、受け入れられるようになっただけだった。


 だだ、誰に遠慮することなく、涙を流すことは出来た。


 そういう意味では、少しだけすっきりしたのかもしれない。



 ——部屋に戻ると食事が用意されていた。


 とてもじゃないけど食べる気分ではない。


 でも、空腹でぶっ倒れて、これ以上田淵さんに迷惑掛けたくなかったから、無理やり食べた。


 食事中も僕たちに会話らしい会話は、何もなかった。


 

 ——食事が終わり仲居さんが用意してくれた寝床はひと組の布団だけだった。


 カップルと思い気を使ったのだろうか。


 どうせ眠ることなんて出来ない、縁側で座っていればいいと思い、気にも止めなかった。

 

「ねえ奏、いつまでそうしてるつもり?」


 縁側で1人外を見ていた僕に、田淵さんが優しく声をかけてくれた。


「え、いつまでって」


「そんなところに座ってないで、こっちに来て」


 布団にいる田淵さんがその隣を叩いた。


 僕は何も考えずに田淵さんの隣に座った。


「奏、のぞみは本当にあなたに感謝していたわ……でも、あなががそんなに傷ついてしまったら私、希に合わせる顔がない」


「田淵さん……」


のぞみがあなたに会いたがっていたのは事実……あなたに会えなくて残念がっていたことも」


 そう、それは僕が傷付きたくなくて、礼を逸した行動をとった結果だ。


「でもね……それがのぞみの生きる希望になっていたの」


 田淵さんはやさしく微笑みかけてくれた。


「え」


 生きる希望……だって?


 僕に会うことが……生きる希望?


「希は最後まで諦めていなかった。あなたと会うことを」


 ノブチ……。


のぞみはあなたと会うまでは、死ねないって頑張ってた。だって……余命宣告よりも……随分長生きしたのよ」



 また涙が溢れてきた。



「私たち家族はみんな奏に感謝してる。最期までのぞみが頑張れたのはあなたのおかげだって」




 それでも、僕はノブチの願いを叶えられなかった。






「ありがとう奏」





 感謝される筋合いなんてない。




 でも……それでも僕は……少しだけ心が救われた気がした。




 うつむいて泣いている僕を、田淵さんは後ろから抱きしめてくれた。



「ずっと、伝えたかったの奏に『ありがとう』を」



 僕なんかに……ありがとうなんて……。







「だって、それがのぞみの最期のお願いだったから」






 結局一晩中泣いた。


 声をあげて泣いたかもしれない。


 田淵さんはそんな僕をずっと抱きしめていてくれた。


 この傷は一生背負っていこう。


 そう心に決めた夜だった。



 

 ————————


 【あとがき】


 まだしばらくは落ち込むでしょうね。


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恋愛経験のない陰キャな僕に三角関係は難しい 逢坂こひる @minaiosaka

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